18.冒険者のススメ
「……………はあ……」
冒険者ギルドの2階にある応接室で、ジュリアと名乗った買取担当の女性が溜息をついた。
ガラステーブルの上には、買い取ってもらった鉄鉱石と、武器屋で渡された買取の控え、つい先程ギルドの受付で発行された買取伝票。
同じ物を売ったはずなのに、単価が10倍以上違う書類二つを見比べて、ジュリアがまた眉間にしわを寄せる。
事情を話すうち、その眉間のしわはものすごい勢いで深さを増して行ったのだが──その状態で固定されないか少々心配になる。
「──これは、商業ギルド長へ話を通すべきですね」
「え」
予想より大変な話になってしまった。
イリスとラズライトがぽかんとしている間に、ジュリアは扉の外に立つ警備員に言伝を頼み、商業ギルド長を呼ぶよう手配する。
冒険者ギルドの買取カウンターは、実質的には商業ギルドの出張所のような扱いだ。
担当者は商業ギルドの職員で、冒険者ギルドに出向する形で業務を行っている。
「イリスさん、商業ギルド長が来る前に、簡単に説明しておきますね」
眉間のしわを指で押しながら、ジュリアは買取伝票とは別の紙を差し出した。
非常に細かい字で書かれた表には、代表的な鉱物の品質ランクの目安と重さ当たりの買取価格がずらりと並んでいる。
「これは、冒険者登録をしている方が鉱石を持ち込んだ場合の買取価格です。冒険者ではない方の場合、ここから1割差し引いた金額が適正買取価格になります」
一定以上の量を一度に持ち込んだ場合の割り増しなど、例外的なルールはあるが、基本的にはここに書かれた金額を元に取引が行われる。
なおこの表は、流通量の変動に応じて適宜改訂されるらしい。
流通が少なくて需要が大きいものの単価は上がり、流通が多くて需要が少ないものの単価は下がる。
この辺りは『あちらの世界』とさほど変わらない。
「問題は、この価格が最低ラインと定められていて、商業ギルドに登録されている店では、この価格以下での買取は禁止されているという事なんです」
「え?」
《そうなの?》
安く買い叩かれたのはイリスの自業自得だと思っていたが、どうやら商業ギルドのルールを無視した違反行為だったらしい。
あの武器屋は、当然、商業ギルドに登録されている。
一体どういうつもりであんな査定を出したのか。
「この書類自体は、品質がEランクと表記されていますから違反ではありません。ですが──この鉄鉱石と同じ品質の物を持ち込んだんですよね?」
「はい。同じ場所で採った物ですし」
「でしたら、査定のミス、もしくは意図的な査定結果の虚偽記載の可能性が高いと思います」
あの店員の態度を見る限り、後者の可能性が高い。
その場に居合わせたわけではないジュリアもラズライトと同じ推測をしているらしく、その表情は険しいままだ。
本来のルールを無視した取引は、場合によっては店の、ひいては商業ギルドの信用に関わる大問題となる。
それを、あの店の役職持ちであるあの男が認識していないとは思えないが。
「………私の苦労は一体………」
「…あの、イリスさん」
ずーん…と目に見えて落ち込んでいるイリスに、ジュリアがためらいがちに声を掛けた。
「差し出がましいかもしれませんが、イリスさんは冒険者登録した方が良いと思いますよ」
「?」
ラズライトに続いて、ジュリアにも冒険者登録を勧められ、イリスがきょとんと首を傾げる。
「冒険者として登録していれば、最低でも商業ギルドが決めた本来の価格で買い取ってもらえますし、冒険者だと申告すれば今回のような詐欺まがいの行為を防止する事ができます。冒険者と店との取引でトラブルが発生した場合、冒険者ギルドが店と直接交渉する事になっていますから」
普通、冒険者ギルドという一大組織と事を構えたがる店は無い。
なお、冒険者ギルドは全面的に冒険者の味方をするわけではなく、冒険者側に過失が認められる場合、容赦無く罰金や登録抹消などの懲罰を課す。
冒険者をサポートすると同時に、手綱を握る組織でもあるのだ。
「うーん…」
ジュリアの丁寧な説明にイリスが考える表情になると、ノックの音が響き、警備員が顔を出した。
「ジュリアさん、商業ギルド長がお着きになりました」
「分かりました。…イリスさん、ラズライトさん、少々お待ちいただけますか?」
「はい」
《分かった》
ギルド職員に呼び出されたジュリアが書類と鉄鉱石を手に出て行った後も、その顔のまま唸っている。
《イリス、顔がひどい事になってるよ》
「失敬な」
ラズライトが指摘すると一瞬顔を上げるが、すぐにまた眉間にしわを寄せて考え始める。
《迷ってる?》
「…今日だけで2回も冒険者を勧められたので、正直心が揺れておりマス」
大変素直に頷いたので、情報を追加してみる。
《ちなみに、冒険者登録には登録料が掛かるけど、手持ちの資金が無い場合は後払いにもできる》
「む」
《あと、ギルドに在庫があればだけど、冒険者登録後1年間に限り、格安で圧縮バッグがレンタルできる。気に入ればお金が貯まったタイミングで買い取れるし、気に入らなければ別のバッグを試すこともできる。…採取物をたくさん持ち込んだ方が買取単価が上がるみたいだから、容量の大きい圧縮バッグを持てば相当有利になるよね》
「むむ」
《加えて、冒険者ギルドと提携してる宿だったら、一般価格の3割引きから5割引きくらいの値段で泊まれることが多い。そういう場所は、大抵長期滞在可能で、必要に応じて格安で食事も付けられる》
「……」
完全に沈黙したイリスは、数秒後、べったりとガラステーブルに突っ伏した。
「………なんでもっと早く教えてくれなかったのー……」
《無茶言わないでよ》
イリスと出会ったのは昨日で、冒険者になった方が良いと判断したのは今日だ。
(…そうか、まだ1日しか経ってないんだ)
出会ってからの時間が色々と濃すぎて、既に1ヶ月くらい一緒に居るような気になっている。
「ラズライト、そもそも何でそんなに詳しいの?」
《一応、君より長く生きてるからね。あと、ちょくちょくこの姿で街に入ってるから》
厳密には、今生だけでなく前の前の生、それよりさらに前の生での知識もあるが。
記憶を持ったまま転生を繰り返す分、知識量だけは無駄に自信がある。
「ヤダ、頼りになるぅ。……今後一般常識全般、全面的に任せるってことで良い?」
《ダメに決まってるでしょ。僕だって知らない事はあるし、知っててもそれが今の常識に合ってるかどうか分からないんだから。どの情報が一番新しくて正確なのかは、自分で確認しなきゃダメ》
「うええ…」
《大体、1人の意見を鵜呑みにして正しいかどうか確認しなかったせいで、鉱石を何回も何回も安く買い叩かれてたんじゃない》
「………ぐうの音も出ないとはこのことか」
ぐだぐだ話していると、ノックの音が響いた。
「イリスさん、ラズライトさん、お待たせしました。商業ギルド長がいらっしゃいましたので、隣の会議室にいらしていただけますか?」




