173.エピローグ 傍に
その後ジュリアの業務だか愚痴だか分からない仕事に付き合い、『カラスの羽休め亭』に着く頃には完全に日が暮れていた。
幸い、ヴィクトリアがジーンにイリスたちの到着を知らせてくれたので、宿の部屋も食事もばっちり準備済みだった。
イリスとラズライトとネロの疲労困憊の姿を見て、『カラスの羽休め亭』のターニャとジェフは苦笑していたが。
ターニャ自慢の煮込み料理とジェフのハーブティーを堪能し、お風呂も入らせてもらい、イリスは早々に部屋に戻る。
「…久しぶりのベッドだぁ…」
ボフン、と顔面からシーツに飛び込み、羽毛布団を被った数秒後には寝息が聞こえ始めた。
相変わらず寝つきが良い。
(…まあ、着いてすぐにアレじゃあね…)
例のお屋敷の改装完了報告に、公衆浴場その他諸々の開業とこれまでの収支報告。
タッカーからの指名依頼の内容確認とスケジューリング。
その他、希少鉱物や希少薬草など、イリスにしか出来なさそうな依頼の説明。
さらには、金鉱床の開発進捗報告──これは『私関係ないじゃん!?』と悲鳴を上げていたが。
最後に、『他の街でも随分ご活躍だったようで』とおどろおどろしい顔で言われ、4等級から3等級へのランクアップが告げられた。
…イリスは、このメランジ以外では殆ど冒険者ギルドに立ち寄っていない。
しかし、ラフェットとレオンが『温泉街マイロでの違法魔物取引業者の摘発』や『エルフ誘拐事件の解決、人身売買組織構成員の捕縛』などをご丁寧に、かつ速やかにイリスの功績として報告してくれていたらしく、『イリスという冒険者がギルドに立ち寄ったら、速やかにランクアップ手続きを取るように』と本部から通達があったのだそうだ。
ここ数日、ジュリアは『イリス』ってあのイリスさんよね、と胃がキリキリする毎日を送っていたらしい。
流石に謝り倒すしかなかった。
(…今度から気を付けよう…)
ネロもサイドテーブルの上の籠の中で穏やかな寝息を立てている。
ラズライトは音を立てないようにベッドに飛び乗り、イリスの枕元で丸くなった。
「…うに」
イリスがすぐに寝返りを打ち、こちらに近付いて来る。
寝ているはずなのに、毎回毎回どうして察知するのだろうか。
イリスは額をラズライトに押し付け、にへらー…と笑み崩れた。
ゆるゆるだ。
──しかしここ数日で、分かったことが一つ。
「……」
むにゃむにゃと、イリスが寝言を呟く。
「… 、…」
その中に、ラズライトの前世──かつて『あちらの世界』のネコだった頃の名前が、含まれていた。
それを認識した時、ラズライトは驚くと同時に、心の底から納得した。
──初めて会った時、ひどく懐かしい匂いを感じたこと。
出会ってそれほど経っていないのに、もう随分長いこと一緒に居るような気がしていること。
儀式も無く、『縁』を繋げられたこと。
もしもイリスが『あちらの世界』で自分を愛してくれた人間の魂を持っているなら、全て辻褄が合う。
確証はない。
──確かめる必要もない。
自分が分かっていれば──胸に秘めておけば、それで良い。
(イリスは、イリスだから)
自分もかつてのネコとは違う。
ドラゴンである自分は、きっと今生こそは、愛する者を見送る立場になれるだろう。
──それが、かつての自分の願いだったのだ。
(だから、イリス)
イリスの額に自分の額を押し付けて、ラズライトは願う。
──ずっと、傍に居させてね。
──この世界は、ほんの少しだけ不公平に出来ている。
『ネコ』を優先する世界。
『ネコ』の願いを叶える世界。
ただしそれは、必ずしもその『ネコ』が願った通りになるとは限らない。
例えば、炎に巻かれ『もう焼かれたくない』と願って死んだネコは、『絶対に焼けることのない』サラマンダーや火精霊に転生し。
例えば、『今度は大切な相手を見送る側になりたい』と願ったネコは、何千年と生きるドラゴンとなる。
その行く先は気紛れで、曖昧で、極端で、願いが叶ったとしても幸せになれるとは限らない。
──それでも、ネコたちは生きて行く。
『あちらの世界』の人間たちがネコに魅了されるのは、きっと──
ひたむきに歩み続けるその生き方が、人間にはあまりにも眩しいからだ。
──というわけで、作者的には最長の連載となりました『丸耳エルフとねこドラゴン』、これにて終幕となります。
ネコを愛する皆さま、お楽しみいただけましたでしょうか。
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
作品の完結記念として、『その後エルフの里はどうなるのか』を、ちょっとばかり拙作『スーパー派遣令嬢は王宮を見限ったようです ~無能上司に『お前はもう不要だ』と言われたので、私は故郷に帰ります~』の方に掲載しております。
Q:何で別作品に? → A:あのお方が出て来るからです。ハイ。
↓以下、読まなくても良い呟きです。
この作品のプロローグでトラウマを刺激された方も居るのではないでしょうか。
ぶっちゃけ私もその一人です。ホントすみません…。
でも、書かずにはいられませんでした。
この作品は、私の大事な『あの子』への思いを昇華するために書き始めた作品でもあります。
後悔とか、懺悔とか、当時は色々、本当に色々ありました。
もう何年も経つのに、未だに自分で書いたプロローグをまともに見れないくらいです。
気持ちの整理の仕方は人それぞれ。私の場合は、こうして小説の中に描くことでした。
書いていくうちに、『あの子』を投影していたはずの主人公は、苦労性でパートナーに振り回され続ける、全く別の生き物に変貌していきましたが(笑)
きっと、それで良いんだろうな、と今は思っています。
物語はこれでいったん終了となりますが、丸耳エルフとねこドラゴンの旅は、まだまだ続きます。
その情景が浮かんだら、また続きを書きたいなと思っています。
その時は、お付き合いいただけますと幸いです。
最後に。
世界中のネコと、ネコを愛する皆さまに、たくさんの幸せがありますように!




