172.再びの崖壁都市
その後数日掛けて南下し、ラズライトたちは崖壁都市メランジに到着した。
「──着いたー!」
石壁の外側で、イリスが諸手を挙げる。
去年と同じテンション、去年と同じポーズ。
違うのは、ネロが一緒に居ることと──新しい街道が出来ていることだ。
「…こんな道あったっけ?」
真新しい石畳を見詰め、イリスが首を傾げる。
その道が向かっているのは、街の北側の山岳地帯。ラズライトはすぐにピンときた。
《これ多分、採掘作業のための道だよ。ほら君、去年金鉱床見付けてハドリーたちに開発の権利とか全部ぶん投げたじゃない》
「あ」
行き交う人は結構多い。
念話の対象をイリスとネロだけに絞って指摘すると、イリスがぽんと手を打った。
「忘れてた。そっか、それか」
新しい街道には、既に轍が出来ている。今は遠くから乗合馬車のようなものが近付いて来ているだけだが、普段は大きな荷馬車が行き交っているのだろう。
気を取り直して、街の中に入る。
相変わらず賑やかな都市だ。冒険者の数が多く、道行く人々の表情も明るい。
しかし──
「……ドワーフってこんなに居たっけ…?」
街の入口付近、やたらドワーフが目につく。
確か去年までは、この街に住むドワーフは武具工房を営むタッカーだけだったはずだ。
ドワーフは基本的に鉱山地帯にある集落に住み、他の街に出歩いたりしない。
それなのに、パッと見ただけで5、6人のドワーフが、当たり前の顔でヒューマンと談笑したり買い物したりしている。
「仕掛け人が何言ってるのよ」
「うわっ!?」
突然真後ろから声を掛けられ、イリスがびくっと飛び上がる。
振り返ると、紫色の髪に青い瞳の美丈夫──もとい、おネエさんが立っていた。
《ヴィクトリア!》
イリスもラズライトも、背後に『彼女』が居るとは気付かなかった。自分たちが思っている以上に気が緩んでいたらしい。
「ハァイ、お久しぶり」
相変わらず、フリルのブラウスがとても良く似合っている。
華やかな笑みを浮かべたヴィクトリアは、ネロへと視線を移した。
「そっちは初めて見る顔ね。全身銀色の伝令カラスなんて初めて見たわ」
《あ、えっと、ネロ…です。イリスさんとラズライトさんと一緒に旅をしています。初めまして》
注視されるのにもそれなりに慣れたネロが姿勢を正して挨拶すると、ヴィクトリアは相好を崩す。
「あら、ご丁寧にありがと。私はヴィクトリア。この街の冒険者ギルドの治癒室で働いてるわ」
どうやら、今日は非番らしい。ギルドで見た白衣ではなく、ロングカーディガンを羽織っている。
「ヴィクトリア、私たちが仕掛け人…って?」
イリスが首を傾げると、ヴィクトリアは肩を竦めた。
「この辺に居るドワーフは、みんな北の鉱床の採掘技師よ。あっちはまだ寝泊まりする設備が整ってないから、こっちから通いで働いてるの。…意味、分かった?」
「あ、ハイ」
イリスが神妙な顔で頷く。
つまり彼らは、イリスが見付けた金鉱床の採掘のため、専門技術者としてわざわざドワーフの集落からやって来たということか。
…どう考えてもイリスのせいだ。
「まあそんな感じで、去年とは大分雰囲気が違うと思うわ。まあでも、それほど気にすることでもないわね」
ぱちりと片目を瞑るヴィクトリアは、何だかとても楽しそうに見える。
というか──
「…ヴィクトリア、何か良いことあった?」
「え?」
「何か…うーん、表情が明るいって言うか…美人になってる」
《だね。雰囲気が違う》
有り体に言えば、浮ついている。
イリスとラズライトが指摘すると、ヴィクトリアは目を見開いて硬直し──数秒後、ぱあっと表情を輝かせた。
「──そうなのよ!」
あ、これもしかして地雷か。ある意味で。
遠い目になるラズライトをよそに、ヴィクトリアが胸の前で手を組んだ。
「実は…結婚が決まったの!」
(え)
相手は男か女か、それとも──
一瞬浮かんだ疑問を、頭の中で振り払う。
訊くだけ野暮だ、そういうのは。
「そうなんだ! おめでとう!」
イリスは笑顔で祝福を述べる。
多分何も考えずに言っているのだろうが、対応にそつがない。
「ありがと。…って、まだ口にすると照れるわね。相手方の家に挨拶しに行ったばっかりだし」
ヴィクトリアの頬が赤い。
「挨拶…何だか大変そうだね」
「そうなのよ。アタシの場合、相手がここから馬車で2週間以上掛かる西の果てに住んでてね。移動だけで腰がいかれるかと思ったわ。まあそのうちそっちに引っ越すから良いんだけど」
(…西の果て?)
何だか最近、似たような単語を聞いた気がするが…
「あれ、じゃあヴィクトリア、ここのギルド辞めるの?」
イリスが軽く目を見張ると、ヴィクトリアは頷いた。
「そうなるわね。あっちで回復術師の仕事を続けるかどうかも微妙なところだわ。家業で忙しくなるだろうし…」
どうやら、相手の家に入る形になるらしい。
既に挨拶を済ませて来たということは、もう相手方の家族には受け入れられているということだろう。良き理解者が居て何よりだ。
とはいえ、
《じゃあ、こっちの治癒室は?》
「ああ、それは心配ないわ。後任を育ててるところだから。…ちなみに、『カラスの羽休め亭』のジーンも今、治癒室で働いてるわよ」
「ジーンが?」
「あの年ですごくしっかりしてるし、ガタイのいい冒険者にも物怖じしないしね。あと半年くらい鍛えれば、十分治癒室で活躍できるんじゃないかしら」
「すごいなあ、ジーン…」
イリスが感心している。
春にこの街を発った時は、ジーンに随分と引き留められた。またこの街に来た時は『カラスの羽休め亭』に泊まると約束したから、冒険者ギルドに顔を出したらそちらに向かうべきだろう。
そんな話をしながら歩いていると、すぐ冒険者ギルドに着いた。
「たーのもー!」
イリスがとても楽しそうに、バーンと扉を開ける。
ギョッとした顔でこちらを見ている受付の職員たちの中に、見知った顔があった。
「──イリスさん、ラズライトさん!?」
「ジュリアさん、お久しぶりです!」
イリスがビシッと手を挙げると、見開かれていたジュリアの目が──ギラリと輝いた。
「…ええ、ええ、本当に待っていましたよイリスさん。晩秋に来るという話だったのに、もう初冬ですもの…」
何だか背中に黒いものが見える。
《…じゅ、ジュリア?》
「あーらら…」
ラズライトがドン引きしていると、後から入って来たヴィクトリアが口元に手を当てた。
「そういえばジュリア、最近イリス絡みの仕事が多すぎて、色々といっぱいいっぱいになってたのよね」
これはひと嵐来るかしら。
「うえっ!?」
イリスが顔を引きつらせるが、時既に遅し。
カツカツカツと足音を立てて近付いて来たジュリアが、がしっとイリスの両肩を掴む。
「──イリスさん。ちょっと会議室までお越しください」
「………ハイ……」
イリスはガチガチの態度で頷き、ラズライトはそっと天を仰いだ。




