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丸耳エルフとねこドラゴン  作者: 晩夏ノ空
西方編

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169.報酬と餞別

 ガジュマルはラフェットたちへと向き直り、頭を下げる。


「済まぬ。里の者たちが迷惑を掛けた」

『!?』


 驚愕するエルフたちをよそに、ラフェットはひらひらと手を振った。


「気にしないで、大したことなかったし」


 言い草がさり気なくひどい。


「が、ガジュマル様! 何故謝るのですか!」


 本気で自分が悪いとは思っていないらしい。

 ヒイラギが立ち上がって叫ぶと、倒れていた他のエルフたちも次々立ち上がり、不服そうな目をガジュマルに向ける。


 なお、周囲のエルフたちの目には隠しようのない呆れが浮かんでいた。

 ビオラとアイビーに至っては、一周回って遠い目をしている。


《…あのさ》


 ラズライトが念話で話し始めると、ヒイラギがギッとこちらを睨んで来た。

 が、よく見ると腰が引けている。イリスがとてもイイ笑顔で腕組みしているせいだろう。


《里の中に入って欲しくないのはまあ100歩譲って分からなくもないけど、ちゃんと用件を伝えてただ外で待ってるだけの人を攻撃するのは意味が分からないよ?》


 隣人の家のドアをノックしたら背後から槍が飛んで来るようなものだ。

 迷惑どころか、理不尽極まりない。


 そりゃあガジュマルも謝罪するだろう。


 ラズライトが淡々と指摘すると、ヒイラギたちは言葉に詰まった。


「だ、だが、こいつらは外の人間で」

「ラフィ姉とレオ兄は、私の()()だけど」

『!?』


 イリスがスパッと言い放つと、ヒイラギたちがびくっと肩を揺らす。


「…み、身内?」

「同じ剣の師匠に師事した、私の姉弟子と兄弟子。生きて行くのに必要なことも教わった。家族みたいなもん。…確かそういう相手って、エルフも大事にするんじゃなかったっけ?」


 イリスがビオラに目を向けると、ビオラも深く頷いた。


「ええ。師匠や弟子、兄弟弟子は、時として家族に勝るって言うわね」

「…」


 青くなるヒイラギたちに、ガジュマルが溜息をつく。


「イリスの身内であろうとなかろうと、わしが事前に通達した客人に礼儀を知らぬ振る舞いは許さぬ。──連れて行け」

「が、ガジュマル様! 私は貴方の護衛役です!」


 門番がヒイラギの手を掴もうとすると、ヒイラギは抗議の声を上げる。

 が、長老は厳しい目でヒイラギを見遣った。



「わしの護衛であればこそ、客人には礼を尽くさねばならぬ。それが分からぬのなら、お前に護衛役は荷が重いということじゃな」


「…!!」



 事実上の解任宣言に、ヒイラギが真っ青な顔で絶句した。


 外の世界ならいざ知らず、閉鎖的なエルフの里の中では、未来を断たれたも同然だろう。

 同情の余地は無いが。


 そうして大人しくなったヒイラギたちは、そのまま門番に連行されて行った。


 深く溜息をついたガジュマルが、改めてラフェットたちへと向き直る。


「さて──時間を取らせて済まなんだな。改めて名乗ろう。わしはこの里の長老、ガジュマルという」

「ご丁寧にどうも。私はラフェット。こっちは、相棒のレオン。イリスの姉弟子と兄弟子で、今は冒険者をやってるわ」

「よろしく頼む」

「うむ、こちらこそな」


 ガジュマルが里の中へと視線を走らせると、小さな革袋を手にした男性が進み出て、それをラフェットに手渡した。


 じゃらりと音がする。


「これ…」

「ビオラとアイビーの護衛、道案内、信頼できる相手への紹介──諸々の依頼料じゃ。お前さん方『双頭龍』への依頼には足りぬかも知れんが…」

「──いいえ、十分よ。エルフの里からの依頼として、確かに引き受けるわ」


 中をちらりと確認したラフェットが、笑顔で頷く。

 イリスの頼みで無償で引き受けてくれていたが、正規の依頼として受けられるならその方が良いだろう。


 それにしても、ガジュマルが『双頭龍』の二つ名を知っているとは。

 恐らくグラジオラスのような『巡りの者』からの情報だろうが、予想以上の知名度だ。


 ラズライトが感心していると、



「──間に合った!」



 里の中からカトレアたちが走り出て来た。


 イリスの前で立ち止まった幼馴染たちは、3つの革袋を差し出す。


「これ、持って行って。私たちからの餞別」


 少し大きな袋が1つと、小さな袋が2つ。

 大きな方からは少し不思議な気配がした。普通の革袋ではなく、魔法道具か何かだろうか。


 受け取ったイリスが小さい方の袋を開けて中身を確認すると、片方は数枚の金貨、そしてもう片方は──



《…干し魔タタビ!?》



 ラズライトの尻尾の毛がぶわっと広がった。


 濃密な魔力の気配と、干されてより濃くなった独特の香気。

 見ているだけで涎が口いっぱいに広がる。


「ラズライト、ラズライト、顔」

《あっ》


 イリスに囁かれ、前のめりになっていた姿勢を慌てて戻す。


 気を取り直して、イリスが残る大きな袋を開ける。


 中に入っていたのは山ブドウだった。

 房のままの状態で、今しがた採って来たように艶々と輝いている。


「その袋、状態保存の魔法が掛かってる特別製なの」


 生ものが革袋に入っているのに驚いていると、カトレアが得意気に笑う。


「少し前に『巡りの者』の1人が持ち帰って来たらしいんだけど、里では使いようがないから。持って行って」

「中の山ブドウは、今朝採って来たものだ」

「これならネロも食べられますよね?」


 どうやら、伝令カラスも楽しめるようにと気を遣ってくれたらしい。

 ネロが嬉しそうに目を輝かせた。


「ありがとう! 有難くいただくよ」

《ありがとう》

《ありがとうございます!》


 イリスと共に笑顔で礼を述べると、カトレアたちも笑顔で応えてくれる。


「こちらこそ、子どもたちとビオラを助けてくれてありがとう」

「会えて嬉しかったですよ」

「元気でな」

「またいつか、外で会おうぜ!」

「うん!」


 イリスが幼馴染たちと固く握手を交わす。


 ガジュマルがそっとイリスに近付いて来た。


「…イリスや。本当にありがとうの」

「あ…」

「子どもたちを助けてくれたこと、顔を見せに来てくれたこと…わしらは忘れぬ」


 穏やかな声で言った後、ガジュマルの目に強い光が宿った。



「──これから先、エルフの里は大きく変わるじゃろう。無論、一筋縄ではいかぬじゃろうし、ヒューマンの変化の速さから比べたら、その変化も微々たるものかも知れぬが…」



 その宣言に、様子を見守っていた周囲のエルフたちがざわりとした。

 衆目のある中で長老が口にする言葉には、それだけの重みがある。


「またここに来いとは言わぬ。じゃが、もし気が向いたら、外で会う『巡りの者』たちとも交流を持ってくれると嬉しい。──どうか、元気での」

「…はい」



 ガジュマルが差し出した手を、イリスはしっかりと握り返した。






 里を発ったイリスたちの後姿が見えなくなるまで、カトレアはじっとその場で見守っていた。

 そうして十分距離が離れてから、ふう、と息を吐く。


「…良かったのか、言わなくて」


 クレソンの問い掛けに、苦笑で応じる。


「言ってどうにかなるものでもないじゃない。──あの袋は、()()()()()()()()()()()()()()だ、なんて」


 状態保存の魔法が掛かった、特別な革袋。

 それはかつて、アヤメの夫──イリスの父が外の世界から持ち帰ったものだという。


 当時、『巡りの者』になる条件は今より緩く、イリスの父はアヤメがイリスを身籠ってすぐ、『巡りの者』に就任した。

 出産直前に帰って来た時の土産が、その袋だったらしい。

 そしてアヤメの出産に立ち会い、暫くしてまた『巡りの者』として外に出て──そのまま帰って来なかった。


 今、生きているのか死んでいるのかさえ分からない。


 アヤメは夫がいつ帰って来ても良いようにと必要以上に気を張って、それが歪んだ形で固着してしまったのだという。

 だからと言ってイリスにした仕打ちは許されるものではないが…少々思うところはある。



 ──昨日の宴の後、餞別とお礼を渡そうという話になり、イリスたちに好意的な仲間にも声を掛けて、金銭と干し魔タタビをかき集めた。


 元々、エルフの里で暮らす分には金銭は不要だ。

 現役、あるいは引退した『巡りの者』がお守りのように持っていた金貨を提供してくれ、それ以外の家もお酒を仕込むのに取っておいた干し魔タタビを持ち寄ってくれた。


 ネロはブドウを気に入っていたので、伝令カラスには新鮮な山ブドウはどうだろうかという話になったのだが、如何せん、生鮮食品は持ち歩くのが難しい。

 頭を悩ませていたところに、グラジオラスが特殊な革袋を持って現れた。


 ──『私にはもう不要だから』と、アヤメに渡されたと言って。


 それがどういう意味なのか、カトレアには分からない。

 けれど多分、アヤメにも何か思うところがあったのだろう。

 それが良い方向に向かうのを願うばかりだ。



「──さ、私たちも戻りましょ」



 ぱん、と手を打って、カトレアは里の入口を見上げる。



 この門戸が、外に向けて常に開け放たれる日を願い──そんな未来を創るのだと、静かに決意して。






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