162.エルフの里へ
その後、ラフェットとレオンは『また明日ね』と人攫いたちを連行して行った。
北の街まで結構な距離がありそうだ。明日にエルフの里に着けるのか、かなり疑問だが…あの2人なら何とかしてしまいそうな気がする。
問題はこちらだ。
少し休んだとはいえ、子どもが5人に大人しそうな女性が1人。
何より、里への道を案内するのはグラジオラスである。
飛んで来る時、案内は無理だと言っていた。多分、今どこに居るのか分かっていないはずだ。
案内など出来るのだろうか。
子どもたちとビオラを手助けしながら岩場を越え、森に入ると、グラジオラスは1本の木に触れて意識を集中し始めた。
数秒後、
「わあっ…!」
眠たげに目を擦っていた子どもたちが、驚きの表情で歓声を上げる。
木々が幹を傾け、枝を寄せ──目の前に道が出現していた。
「エルフ固有の、森の小道って魔法だ」
グラジオラスが得意気に振り返る。
「ここを抜ければ、1時間も掛からずにエルフの里に着く」
どうやら道を作るだけではなく、空間も捻じ曲げる魔法らしい。
到着する場所がエルフの里1択だというので、たとえ使えたとしても、イリスが使うことはなさそうだが。
「道から外れないように気を付けろよ。──さあ、行くぞ」
グラジオラスの先導で、子どもたちとビオラが道に入る。一瞬躊躇った後、イリスも続いた。
ラズライトが振り返ると、すぐ後ろで音も無く枝が戻っていく。一方通行らしい。
木々が枝葉を寄せ合い、左右に緑の壁を作っている。
深い森の中特有の匂いがして、つい先程まで岩場に居たのを忘れそうだ。
途中、疲れたという子どもたちを交代で抱き上げたり背負ったりしながら、ひたすらに木々の間を歩いて行くと、不意に視界が拓けた。
「…」
先端を尖らせた丸太が隙間無く立ち並ぶ、独特の壁。どうやら、エルフの里の外壁らしい。
その一部が跳ね上げられ、中に入れる造りになっているところに、背の高い人影が2つ。
「──グラジオラス!」
そのうちの一人が声を上げ、もう一人が中に向かって手を振ると、複数の影が飛び出して来た。
「帰って来たぞ! 子どもたちも一緒だ!」
「ビオラは!?」
「怪我は無いか!?」
子どもたちが一斉に駆け出す。
門のところに居る者のうち数人が、その子どもたちを抱き留めた。
「良かった…!」
口々に喜びと安堵の言葉を零すエルフたちを見て、イリスがじり、と後退りする。今更気後れしているらしい。
《イリス、しっかり》
ぽんと首筋をしっぽで叩く。
子どもたちは、すぐに里の中へ連れられて行った。多分、集団で暮らしているという建物に帰ったのだろう。
ビオラがイリスに笑い掛け、門へ近付く。
すぐに男性が駆け寄って来て、ビオラを抱き締めた。
「ビオラ…!」
「アイビー…ただいま」
ビオラのパートナーだ、とイリスが呟いた。
エルフは、婚姻を結んだ相手か極めて近しい血縁者でないと、抱き合ったりしない。
「よく無事で…」
「イリスが助けてくれたの」
ビオラはすぐに身を離し、こちらを振り返った。
つられてこちらを見た男性が、一瞬不思議そうな顔をして──目を見開く。
「アイリス…っだあ!?」
ビオラが勢いよく男性の後頭部を叩いた。スパーンととてもイイ音がする。
「イリス、ね」
「……お、おう…」
ビオラの笑顔が何だか怖い。
男性が気圧された顔で頷き、咳払いしてからこちらに近付いて来た。
「その…久しぶりだな、イリス。覚えてるか? アイビーだ」
「同年代の中で一番早く髪の色が変わってすっごく自慢してたのに目の色まで変わるのはビオラに先越されて凹んでたアイビー?」
「何でそんなこと覚えてるんだよ!?」
「一番印象に残ってたから」
イリスが真顔で答えると、ああくそ、とアイビーの口調が崩れた。
「昔は多少なりとも可愛げがあったのに、スレ過ぎだろお前」
「色っ々あったからねー」
軽い口調で応じる。
気安く話し掛けてくれたお陰で、多少緊張が解けたようだ。
イリスは視線でラズライトとネロを示した。
「紹介させて。私の相棒のラズライトと、伝令カラスのネロ。ビオラと子どもたちの救出で大活躍してくれた」
《よろしく》
《よ、よろしくお願いします》
ラズライトに続いて、ネロも緊張気味に挨拶する。
アイビーはラズライトとネロと交互に見て、感心したように声を上げた。
「ケットシーと伝令カラスか。本物に会うのは初めてだが、伝令カラスってのは見事な銀色なんだな」
《あ、えっと、僕が変なんです。本当は黒いんです…》
《変なんじゃなくて、特別、ね》
「そうそう。特別」
自分で言っておいてしょんぼりと肩を落とすネロに、イリスと共にすかさずフォローを入れる。
アイビーが笑った。
「特別か! 良いな!」
その背後で、門から小柄な人影が出て来る。
「お前たち、そんなところで話し込んでいないで入りなさい」
「はい」
ビオラが頷き、こちらを振り返る。
「行きましょ、イリス、ラズライト、ネロ」
「…良いの?」
エルフの里は、ケットシーも伝令カラスも本来侵入禁止だ。
一悶着あるかと思っていたのだが、エルフたちは当たり前の顔でラズライトたちを招いている。
「心配すんな。子どもたちとビオラの恩人を無碍にするほど、長老連中も石頭じゃねぇよ」
「石頭はむしろ他に居るわよね…」
ビオラが不穏な台詞を口にする。
こちらの視線に気付き、はっと表情を笑みに変えた。
「何でもないわ。みんなきっと待ってるから、ほら」
ぐいぐいとイリスの背中を押す。
先に門の中に入ったアイビーが、中に向かって何事か話しているが──よく聞こえない。どうやら、防音結界が張られているようだ。
イリスが中に入った途端、
『おかえり、そしてようこそ、イリス、ラズライト、ネロ!』
門のすぐ近くに集まった若いエルフたちの、満面の笑み。
イリスがぽかんと口を開けた。




