160.再びの姉弟子と兄弟子
ゴーレムにあった結晶部分──ダイヤモンドが殆ど消えて無くなっているのだ。
…ダイヤモンドの成分は、炭と同じ。
炭が高圧に晒されて、透明になったのがダイヤモンド。
つまり──一定以上の熱に晒されると炭に変化し、さらに加熱すると燃えて無くなる。
イリスから教わった無駄知識が、こんな所で役に立つとは。
「ナイス相転移!」
ラズライトが少々遠い目をしていると、快哉を叫んだイリスがひょろ長ゴーレムに飛び掛かり、コアにハンマーとタガネを叩き付けた。
バキャン!とあっけない音を立て、コアが砕け散る。
「あっ」
「な──!?!?」
あれ、コアもダイヤモンドだったの?と呟くイリスと、目を剥いて叫ぶ男。
《…ダイヤモンドは削れにくいけど衝撃に弱いんでしょ。そのハンマー使ったら割れるに決まってるじゃない》
「そうでした」
間抜けな会話の後、イリスは崩れ落ちるゴーレムの上から軽やかに飛び降りる。
そのまま、男に向かって駆け出した。
そして。
「くそ…! 何なんだお前ら!」
護身用らしい短剣を振り回して叫ぶゴーレム使いに、
「通りすがりの採取屋だ!」
助走付きの右ストレートが見事に決まった。
大部屋の男たちをざっくり縛り上げ、イリスとラズライトは鉄格子の扉を開け放った。
「…!」
子どもたちが恐怖の表情を浮かべて後退る。見知らぬ大人の姿を警戒しているのだろう。
…さっきまでの暴れっぷりで危険人物認定されたわけではないと思いたい。
「………え?」
その子どもたちを庇うように前に出た紫の髪の女性が、イリスをじっと見て呆けた声を上げた。
「……アイ、リス?」
「お久しぶり、ビオラ。…今はもうその名前じゃないんだ。『イリス』って呼んで」
イリスが、笑っているのか泣いているのかよく分からない表情で言う。
ビオラは一瞬痛ましげに目を伏せた後、無理に笑顔を作って顔を上げた。
「──久しぶり、イリス。また会えて嬉しいわ。助けてくれて、ありがとう」
「どういたしまして。怪我とかしてない?」
「ええ、大丈夫よ」
親し気に言葉を交わす2人を、子どもたちが不思議そうに見上げている。
全員、まだ銀髪金目の幼い子どもだ。
だからこそ狙われたのだろう──考えて嫌な気分になる。
「ビオラ! みんなも無事か!?」
ようやくグラジオラスが追い付いた。
見知った顔に、子どもたちの表情が緩む。
「グラおじちゃん!」
グラジオラスに駆け寄り、一斉に抱き付く子どもたちの背中を見て、イリスがぼそりと一言。
「……グラじいちゃん、では」
ビオラがブフッと噴き出した。
とりあえず大部屋に居た3人の男を引きずって洞穴の外に出ると、上空を大きな影が通り過ぎた。
直後、
「イリス──!」
声と共に、2つの影が降って来る。
軽々と着地したのは、ラズライトも知る2人だった。
子どもたちとビオラが身を硬くし、グラジオラスが前に出るのをよそに、イリスがぱあっと顔を輝かせる。
「ラフィ姉、レオ兄!」
《早かったね》
…というかこの2人、今、空から降って来たように見えたのだが…一体何に乗って来たのだろうか。
「丁度、移動手段の伝手があってね。タイミングが良かったわ」
「後でアンガーミュラーの家には礼をしなければな」
(アンガーミュラーって、『西の魔窟』………いやいやいや)
何か危険な単語を聞いた気がするが、気のせいだ。
多分。きっと。
ラフェットはラズライトたちが運んでいる男たちを見て、でも、と続けた。
「ちょっと遅かったかしら。制圧は終わったんでしょう?」
「ううん、丁度良かった。まだこの中にあと8人居るからさ。運び出すの、手伝って」
イリスが頼むと、2人は笑って頷いた。
「ええ、勿論」
「任せておけ」
「…イリス、その2人は…」
グラジオラスが恐る恐る声を掛けて来る。
「冒険者の、ラフェットとレオン。私と同じ剣の師匠に師事した、姉弟子と兄弟子」
くるりと振り返り、
「ラフィ姉、レオ兄。こっちはグラジオラス。一応、私の祖父」
『一応』を強調して紹介する。
ラフェットがグラジオラスに笑顔を向けた。
「ああ、貴方が。イリスから色々聞いてるわ」
よろしくねと言うわりに、目が笑っていない。イリスから本当に色々と聞いているのだろう。
「あ、ああ、よろしく…」
グラジオラスの目が泳いでいる。
全く同情出来ずに眺めていると、上空から白い影と黒い影が近付いて来た。
《イリスさん、ラズライトさん!》
《終わったかー?》
ネロは必死に、ノラはのんびりと地面に降りる。
「ネロ、ラフィ姉とレオ兄を呼んで来てくれてありがとう」
《助かったよ、ネロ》
《は、はい!》
イリスとラズライトが礼を言うと、ネロはぱあっと笑顔になった。
「ノラもありがとね」
《お礼は干し肉で良いぜー》
《ちゃっかりしてるよ》
ネロはラフェットとレオンに事情を説明した後、彼らを先導してトンボ返りして来たのだという。
かなりのハードワークだと思うのだが、疲れは見えない。
と言うか、何だか目が輝いている気がする。
《すごかったです》
「まあ、『アレ』と一緒に飛ぶ機会なんてなかなか無いわよね」
「そうだな」
ラフェットとレオンをここまで連れて来てくれた『何か』は、かなりのレアものだったらしい。
…深くは聞くまい。
そんなネロは、勢い余ってここを通り過ぎてしまったため、ノラが迎えに行ったそうだ。
《減速はまだまだ要練習だなー》
《頑張る》
「…ところでイリス、攫われたエルフたちは救出できたのよね?」
ラフェットがきょろきょろと周囲を見渡すが、見える範囲にビオラたちの姿は無い。
あー…とイリスが頬を掻いた。
「…知らない人が来たから、びっくりして隠れちゃったみたい。ほら、あっち」
「…あ」
イリスが視線で示す先、大きな岩の陰から半分だけ顔を出したビオラが、びくっと反応する。
人見知りもいいところだが、外との交流が断絶している里の住民ではこんなものか。
「ビオラー、この人たちは信頼できるよ」
イリスが呼び掛けるが、ビオラと子どもたちが出て来るのには少し──いや、かなりの時間が必要だった。




