158.初めての2人乗り
「ノラ!」
イリスが名を呼ぶと、黒い伝令カラスは優雅に舞い降り、近くの木の枝に留まった。
《よう。ジェイドからラズライトに伝言だ。『来年はいつ帰って来る予定だ?』だとさ》
《…あとで『日付はその時にならないと分からない』って伝えといて》
気の早すぎる父の言葉に、ラズライトは思い切り脱力する。
だが──このタイミングでノラが来たのは、天の采配というやつか。
《ノラ、お願いがあるんだけど》
《お、仕事か? そういやお前こんなトコで元の姿に戻ってるとか、トラブルの匂いがプンプンするな》
そこの派手男は見ない顔だしな、とノラは軽口を叩く。
「派手男…」
ショックを受けている場合ではないと思うのだが。
《ええと、イリスの幼馴染の、ビオラってエルフのところに行きたいんだ。案内してくれないかな?》
《なぬ? エルフ? そりゃお前、エルフの里に居──居ねぇなオイ》
ノラが頭を斜めにする。エルフの里は伝令カラスも侵入禁止だが、場所はしっかり把握しているらしい。
《あー…、こりゃアレだな。犯罪のニオイだな》
《当たり。人攫いに遭ったらしいんだ。エルフの子どもも一緒みたい》
《なるほどなー。良いぜ、案内してやる。お代は後払いな》
ノラの判断は早かった。
グラジオラスに案内してもらうのなら、エルフの里に行って情報を集め、地道に追跡するしかないが──ノラの伝令カラスとしての能力を使えば、ビオラの元に直接行ける。
《場所はこっから南西、隣国との国境付近だな。国外に逃げられたら厄介だろ? 急ぐぜー》
《よろしく。──イリス、グラジオラス、乗って》
「うん」
「お、おう…?」
イリスは即座に、グラジオラスはおっかなびっくりラズライトによじ登る。
2人乗せて飛ぶのは初めてだが、練習している暇は無い。
何とかなる──いや、何とかするのだと自分に言い聞かせて、ラズライトは翼を広げた。
「グラジオラス、しっかり掴まって。落ちても助けないよ」
「わっ、分かった!」
イリスが手厳しい。まあ助けられないのは事実だが。
《グラジオラス、隠蔽魔法を》
ラズライトが促すとすぐに魔力が展開され、自分の姿が見えなくなる。
《イリス!》
「うん!」
見えなくとも、やることは変わらない。
イリスとラズライトの魔力が同時に渦を巻く。
《先導するぜ! 俺にはお前らが見えんから、はぐれるなよ!》
《分かった!》
飛び立つノラを追い、ラズライトも地面を蹴る。
ふわりと身体が浮き上がり、一気に樹冠の上に出た。
「うわっ!?」
グラジオラスの悲鳴じみた声。
「い、イリス、お前今魔法」
「喋ると舌噛むよ」
十分な高度に達すると、ラズライトはぐんと加速する。
ぐえっと変な声がして、グラジオラスが静かになった。イリスの警告は少し遅かったようだ。
ノラは全速力で飛んでいるようで、かなり速い。
離されまいと風魔法を強め、ラズライトはノラについて行く。
──1時間ほど飛んだだろうか。
《減速すんぞ!》
ノラの念話に、ラズライトはばさりと翼を打つ。
《分かった!》
速度を落としながら少しずつ地上へ近付き、やがてノラの先導で着地したのは、森林地帯に程近い岩場だった。
《ここなら人間には見付からないだろ。姿を隠さなくても良いと思うぜー》
《そうだね。…グラジオラス?》
「………お…おう……」
返事なのかうなされているのか分からない声の後、隠蔽魔法が解けた。
フラフラと地面に降り立ったグラジオラスは、塩揉みされた青菜のようにしおしおになっている。
平然としているイリスとは対照的だ。
《なんだ、一気にジジイになったな》
《まあこの人、イリスの祖父らしいから》
《年相応になっただけか》
「………お前ら……」
地を這うようなおどろおどろしい声がするが、本人の足がぷるぷるしているので迫力は無い。
ラズライトは再びケットシーの姿になると、イリスの肩に飛び乗った。
《ノラ、ビオラの居場所はここから近いの?》
《おう。この先の岩山の中だ。洞穴か何かがあるんじゃないか?》
それなら、ラズライトが探査した方が早い。
『振動探査』の魔法で反応を探ると、確かに少し離れた岩山の中に複数の反応があった。
洞穴の入口はぐるっと回り込んだ先、窪地に隠れるようにして開いているようだ。
入口付近に人間の反応が2つ。
洞穴の中はいくつかの部屋に分かれていて、それぞれに人間の反応と、人間ではないものの反応も複数。
《…うん、居た。人間は全部で17人くらいかな。──グラジオラス、エルフの里から攫われたのは全部で何人?》
フラフラしていたグラジオラスが、頭を振って表情を引き締める。
「…情報が確かなら、6人だ。ビオラと、子どもが5人」
《なら、犯人どもは11人ってとこか。大所帯じゃねーの》
《それから、人間以外の反応もある。探査魔法じゃはっきりとは分からなかったけど、魔物を使役してるか、ゴーレムか何かだと思う》
《マジか。厄介だな》
ノラは顔を顰めるが、
「魔物だったらどうにでもなるし、ゴーレムだったらコレがあるよ」
イリスが圧縮バッグから取り出したハンマーを真顔で構える。
メランジ在住のドワーフ、タッカー作のミスリル製ハンマー。
打面にオリハルコンが混ぜ込まれていて、砕けないと評判の翡翠すら軽々砕く逸品である。
確かにこのハンマーをイリスが振るえば、どんなゴーレムが相手だろうと鼻歌混じりに粉砕できるだろう。
…厳密には武器ではなく採取道具なのだが、細かいことは気にしてはいけない。
《グラジオラス、戦いの経験はある?》
見た目、派手な楽師にしか見えないグラジオラスを戦力に数えて良いのかどうか。
訊くと、彼は一瞬言葉に詰まった。
「…正直、冒険者と比べると自信は無いが、自分の身くらい自分で守るさ」
ついて来る気満々だ。
深くは突っ込まず、ラズライトはイリスを見上げた。
《僕らが先行しよう。犯人たちは僕が出来るだけ魔法で麻痺させるから、イリスは攫われたエルフたちを探すのを優先して》
「分かった」
《グラジオラスは後からついて来て、麻痺した犯人を拘束していって》
「お、おう」
《ノラ。ネロがラフェットとレオンっていう冒険者の2人組を連れて来るはずなんだ。一応この辺りを見張っておいて、こっちに来たら案内してもらえないかな?》
《良いぜー。任せとけ》
簡単な打ち合わせを済ませると、ラズライトはイリスと共に立ち上がった。
《行こう、イリス》
「うん!」




