156.船内探訪
ダゴンたちは折角だからと言って、船の中を案内してくれた。
《この船変わった形だけど、クロスラムナの船ってこんな感じなの?》
「いや、この船はわしらが東方の国から買い取ったんじゃよ。この国の南の海岸で座礁しておったのを引き取って、修理するついでに、の」
「半年も一緒に居ったら船乗りたちとも仲良くなるでな。全員この国に籍を移したいと言っておったんで、ついでに引き取ってな」
「あっちは狭い海峡が多いんで、こっちの方が楽らしいぞい」
人はそれを『引き抜き』と言う。
道理で、ダゴンたちの船というわりに東方風の顔立ちの船乗りばかりなわけだ。船を乗組員ごと買い取ったということだろう。
…元の持ち主には『お気の毒に』と言うよりほかない。
しかし先程、東方の『国から』買い取ったと言ったような気がするが……いや、気のせいだ、きっと。
(豪商って怖い…)
内心で呟きながら廊下を進む。
すれ違う船乗りたちの表情は明るく、ダゴンたちにきちんと目礼して歩いて行く。
船乗りには荒くれ者が多いイメージだったが、この船にはそういう人種は居ないらしい。
操舵室、監視やぐら、船員たちの居住区に食堂、船長室。物は全て収納に入れられるかフックに掛けられていて、床も壁も年季は入っているが清潔感がある。
《すごく片付いてるね》
「外海は荒れることも多いでな。適当に物を置いとると、自分が痛い目を見るんじゃよ」
なるほど、切実な理由があるのか。
印象的だったのは、船員たちの部屋の前の廊下。
壁にいくつもの絵が飾られている。どれも写実的なタッチで、高原の花畑や平原に佇む巨木、雄大な滝にどこかの山から見た朝日など、様々な風景が描かれている。
「綺麗だね…」
イリスが巨木の絵を見上げ、感嘆の声を上げる。
クラークが胸を張った。
「わしの趣味でな。船に乗っておると陸が恋しくなると言うんで、厳選して飾っておるんじゃ」
ちなみに定期的に新作と入れ替えるらしい。
主に国内の風景を描いているが、過去に訪れた異国の風景を思い出しながら描くこともあるという。
改めて順番に見て行くと、確かに見覚えのある景色があった。
「これ、ハルンフェルスから見た北の霊峰?」
《こっちはメランジの街から見た南の半島だね》
《じゃあこれは、この街と運河ですか?》
「お前さんたち、よく分かるのう」
行ったことがあるのかと問われ、イリスは頷く。
「夏はハルンフェルス、冬はメランジって感じで旅してるから」
「ほう。…ということは、これからメランジに行くのかの?」
ダゴンの目がきらりと光った。
「うん、そのつもり」
本格的に寒くなる前に南へ行くのだとイリスが答える。
ふむふむと頷いたダゴンは、ならばと続けた。
「もし良ければ、南の半島で珍しい物を集めて、来年ここに持って来てくれんか。わしらも1年掛けて、面白い物を集めておくでな」
また来年も物々交換をしようという誘いだ。
クラークとオクトも身を乗り出した。
「わしは南の半島の魔物から採れる素材が欲しい」
「勿論翡翠でも大歓迎じゃ!」
老人たちの目がギラギラしている。
勢いに気圧されたイリスは、分かった、と頷いた。
「約束じゃぞ!」
「待っとるからな!」
本当に手ぐすね引いて待っていそうだ。
ダゴンがわざとらしく咳払いする。
「ならば、イリスにラズライトにネロ。お前さんたちの方からわしらにリクエストはあるかの?」
「リクエスト?」
「わしらの欲しい物を持って来てもらうんじゃ。わしらもお前さんたちの欲しい物を用意するのがスジじゃろ」
なるほど、確かに。
イリスは迷わず手を挙げた。
「じゃあ昨日泊まった宿に来年も泊まらせて!」
「おお。気に入ったか?」
「うん。ご飯すっごく美味しかった。でもレストランだと緊張するから、部屋で食べたい」
「それくらいはお安い御用じゃ。来年のこの時期、いつ来ても良いように一部屋空けておこう」
《あ、それはしなくて大丈夫だよ。到着日の見通しが立ったらネロに知らせてもらうから。ね? ネロ》
《お仕事ですね。任せてください!》
「おお、頼もしいのう」
「お前さんの色なら間違えようがないの。宿の者に伝えておくとしよう」
思わぬところでネロの体色が役に立ちそうだ。
ところで、とダゴンがイリスを見遣る。
「お前さんたちが迷惑を被ったあの男じゃが。必要ならあの宿を出禁にするぞい」
「えっ」
「街を出禁にしても良いぞ」
「左様。取引相手の邪魔をする者はすなわち我らの敵。つまりこの街の敵じゃ」
グラジオラスの情報はしっかり伝わっていたらしい。が、理論が飛躍し過ぎてはいないか。
この老人たちにとって、イリスはそれくらい価値のある相手なのだろう。
「えっと…出禁まではしなくていいよ」
迷いながら、でも、とイリスは続けた。
「来年私たちがこの街に来た時、同じ宿には泊めないでくれると嬉しい…かな」
「何じゃ、その程度で良いのか」
「一応、曲がりなりにも、身内っぽい何かなんで」
会いたくはないが、会わない限りはどこで何をしていようが構わない。
ものすごく嫌そうな顔でイリスが説明すると、分かるぞ、とダゴンが深く頷いた。
「他人だということにして見なかった事にしたい身内も居るものじゃ。…まあウチは無視出来なくなったんじゃが」
《そういえば、孫の取り巻きって言ってた連中、どうなったの?》
「外洋に漁に出る船に叩き込んで来たわい。わしの息子と孫も一緒にな。最低でも3ヶ月は帰って来んじゃろ」
まさかの『マグロ漁船行き』だった。
この世界にもあるのか。
《え、それって大丈夫なの?》
孫はともかく、息子はこの街の実質的なトップだったのではあるまいか。
ラズライトが訊くと、なに、とクラークが肩を竦めた。
「あやつらの取引なぞ、わしらでも片手間に進められるわい。何せあっちは1人、こっちは3人じゃからの」
「堅っ苦しい服を着るのがチョイと面倒じゃが、なに、昔振るった木剣というやつじゃな」
「取引先も顔見知りだしのう」
何と、親とその兄弟から引き継いだ繋がりを、そのまま使っていたらしい。
なーんにも問題無いわいと言うダゴンの目に、隠し切れない呆れが滲んでいる。
(親の七光りとか、『二世』とか、所謂そういう…)
漁船で性根を根本から叩き直されることを、そっと祈っておく。
──ちなみに。
3か月間の船上生活を乗り越えたダゴンの身内は──
孫の取り巻きは見事に漁師に染まってそのまま就職し、孫は操船に目覚めて自分の船を持ちたいと働き始め、息子は海産物に価値を見出して新しい商売を始めたという。
人生、何が幸いするか分からないものである。




