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丸耳エルフとねこドラゴン  作者: 晩夏ノ空
西方編

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153.祖父と孫の確執

 宿の部屋は、今まで泊まったことのないくらい高級そうな造りだった。

 とはいえ、特別室とかそういうランクではない。この宿自体が高級なのだ。

 貴族が使うことを想定しているらしく、居間と主寝室の他に、従者用らしき狭い寝室がついている。


 イリスは、その狭い方の部屋に居た。


《広い方に居れば良いのに》

「…こっちの方が落ち着く」


 羽毛布団を頭から被ったイリスが、くぐもった声で呟く。


 明かりも点けずに何をやっているのかと思ったら、布団を被って丸くなっていた。まるで亀のようだ。


《とりあえず、グラジオラスには『イリスは母親に殺されそうになったから里を出たんだ』って説明してきたけど…言って良かった?》

「…うん。ありがと」


 もぞり、イリスが顔だけ出す。


「……まさかあんな勘違いが起きてるなんて思わなかった」


 げっそりと呟く。


 そのせいで、話をする気も失せた。気持ちは分かる。


《グラジオラスは、後から話を聞いたんだね。誰がついた嘘かは分からないけど、随分都合の良い話を考えたもんだよ》


 ベッドに飛び乗り、布団越しにイリスの隣に座る。


《イリスさん、その…》


 ベッドの枠に留まったネロは、躊躇いがちだ。


 イリスが苦笑した。


「そういや、ネロには話してなかったね。実は私、エルフでさ──」


 子どもの頃、魔法が使えないと判定されて、半狂乱になった母親に殺されかけたこと。

 命の危険を感じて逃げ出して、森の中でじいちゃん──ケットシーの姿をしたトパーズに保護され、その後、剣の師匠に預けられたこと。

 イリスの記憶では確かに母親が自分を殺そうとしていたのだが、何故かグラジオラスは『魔法を使えないと知ったイリスがショックで家出した』と認識していること。


 イリスが掻い摘んで事情を説明すると、ネロは頭頂部の羽毛を逆立てた。


《なんですか、それ…! 理不尽過ぎますよ!》

《本当だよね。何考えてんだろ》


 ラズライトも思い切り顔を顰めて同意する。


 イリスは乾いた笑いを浮かべた。


「本人が言ってた通り、ただ単に、里に戻って来て欲しいだけだよ。…まあ今日はまだマシな言い方だったかな」

《マシな言い方?》


「…私、里ではグラジオラスに1回くらいしか会ってなくてさ。その後再会したのは、一人旅を始めてすぐの頃だったんだけど。その時は、『お前ももういい歳なんだから、いい加減里に帰って結婚して子どもを産め』って言われたんだよね」


《ええ!?》

《はあ!?》


「うんまあそういう反応になるよねぇ。ひっさびさに再会した実の祖父がその言い草でしょ? 元々里に戻るつもりなんてこれっぽっちも無かったけどさ、もう無理だよね。無理無理」


《…むしろ今日正面からグーで殴りに行かなかったのが驚きだよ。事情を知らなかったって言っても、一発くらい殴ってもバチは当たらないんじゃないの?》

《そうですよ! ひどすぎます!》


 ラズライトとネロがヒートアップするのに対し、イリスはへらりと笑って布団をかき寄せた。


「なーんか殴る気も失せちゃってねー…。連中にとっては、『若い女はさっさと結婚して子どもを産む』のが正解で、私は『勝手に里を出て行った我儘娘』で、『それを許容してやってる俺たちは偉い』んじゃないかな」


 心からそう信じているから、イリスの言葉に耳を傾けようとはしない。

 そしてイリスもそれを分かっているから、もはや説明しようとも思わないのだろう。


 トパーズ老は、イリスと母親の仲を取り持って欲しいと言っていたが──


(これは無理…というか、僕が許せそうにない…)


 イリスはラズライトの相棒で、家族との仲を修復するきっかけをくれた恩人で、今はもうなくてはならない存在なのだ。

 そのイリスを蔑ろにする相手は、自分の敵。

 上から目線で『家出娘は頭を下げて帰って来るのが当たり前』などと(のたま)う連中は、こちらから願い下げだ。


《どうしようもない連中だね…頭上にネズミの臓物撒いてやりたい》

《ネズミの臓物、ですか?》


 ネズミの臓物は、ケットシーが心から相手を軽蔑した時にぶちまけるアイテムだ。


 …自分はケットシーではなくドラゴンだが、ケットシーの姿をしているのでやっても構わないだろう。


 そう説明したら、イリスとネロは同時に噴き出した。


《良いですね、それ!》

「ケットシーってそんな文化あるの!?」

《ネズミの臓物は代表例。あとは、相手が嫌いなものを相手が踏む位置に置くとか、『洗ってあげる』って親切なふりして相手を水攻めにするとか、そういう地味な嫌がらせが多いかな》

「地味って言うか、すっごい的確」


 イリスが笑いを漏らす。


 ひとしきり笑った後、イリスは布団を剥いでベッドを降りた。


「──何かスッキリした。ラズライト、ネロ。何かご飯食べた気しないから、外に出て屋台のご飯食べない? デザート付きで」

《良いですね!》

《うん、行こう》





 街へ繰り出すと、グラジオラスと遭遇するのを警戒して裏通りに入る。


 裏と言ってもそれなりに道幅は広く、露店も出ている。

 イリスはその中から、串焼きとシンプルな薄焼きパンを買った。


 パンと言うよりチャパタやトルティーヤに近いそれに串焼きの肉を挟み、一気に串を引き抜けば即席のサンドイッチの完成だ。


 具材は肉のみという大変ジャンキーなサンドイッチを頬張り、イリスが相好を崩す。


「やっぱりこういうやつのが気楽で良いかな」

《だろうね》


 高級レストランでマナーに気を遣いながら食べるより、屋外で好きに飲み食いする方がイリスらしい。


 塩も香辛料も使われていない焼肉を咀嚼しながら、ラズライトは深く頷く。

 ネロも小さな一切れを口に入れた。


《これも美味しいですね》


 先程ネロは高級ブドウを丸々1房平らげたが、やはり緊張で食べた気がしなかったらしい。今の方が生き生きしている。


 さらに別の店で柿のような果物を干したものを買い、全員で平らげる。


「うわこれすっごい甘い」

《ねっとりするね》

《こんなの初めて食べました…》


 ご当地モノの食べ歩きは醍醐味だよねー、とイリスが笑う。その顔に、先程までの翳りは見えない。


 ラズライトはそっと安堵の溜息をついた。





 その後宿へ戻ると、何故か部屋に来客があった。


 グラジオラスかと身構えたが、やって来た老齢の男性は、この宿の支配人だと名乗った。


「おくつろぎのところ申し訳ありません。お食事の際、難しい顔をしていらしたのが気になりまして…何か従業員が粗相をいたしましたでしょうか?」


 色々と気付かれていたらしい。

 イリスが慌てて首を横に振った。


「いえ、そんなことないです! 食事も美味しかったですし」

「では、何か気掛かりなことでも…?」

「えっと…」

《会いたくない人に会っちゃって、ちょっと困ってただけ。この宿の人たちのせいじゃないよ》


 ラズライトが答えると、支配人は少し考える素振りをして、


「…もしや、一緒に食事をしていらした方ですか?」


 元々グラジオラスは別テーブルに案内されたのに、『知り合いだから一緒に食べたい』と従業員を押し切ってこちらの個室に入って来た。その辺りの事情も把握しているのだろう。


《そうだよ》

「左様でしたか」


 支配人は納得の表情を浮かべ、では、と続ける。


「よろしければ、宿の出入りにはこの奥から行ける階段をお使いください。他のお客様と接触せずに直接外へ出られます。明日の朝食はこちらの部屋にお持ちしますので、ここでお召し上がりください」

「え、良いんですか?」

「お客様に快適に過ごしていただくことが最優先ですので」


 支配人はにっこりと笑みを浮かべた。


「チェックアウトの際は、こちらの札を廊下側のドアノブに掛け、そのまま奥の階段から出ていただいて構いません。朝食の食器もそのまま置いておいてください。それから、滞在中何かお困りのことがありましたら、こちらの紐を強く引いてください。従業員がすぐに参ります」


 支配人が慣れた様子で説明してくれる。

 この宿は上流階級向けのようだから、色々と訳有りの客も来るのだろう。


 イリスがホッとした顔になった。


「ありがとうございます」

「いえいえ。──では、どうぞごゆるりとお過ごしくださいませ」


 支配人が丁寧に一礼して退出して行く。


 ドアが閉まると、イリスはずるずるとソファに凭れ掛かった。


「…びっくりした……」


 食事中の表情一つで支配人が召喚されるとは、高級宿とは恐ろしい。


《…まあ僕らは、露店の店主──街の偉い人の紹介で来た客だからね。宿代も向こう持ちだし、粗相があったらいけないって、従業員も緊張してるんじゃないの?》

「そんなに気を遣わなくて良いのに…むしろ放っといてくれて良いのに…」


 まあ別の出口とか教えてくれたのはすごく有難いけど、と呟いて、イリスは立ち上がった。


「出口ってこっち?」

《そうだね。その奥みたい》


 主寝室の扉の隣に、カーテンで覆われた部分がある。


 カーテンを開けると、室内扉とは違う作りの扉があった。


「何かこれもすっごい凝ってるんだけど」

《上流階級用だからね》


 扉を開けると階段室だった。窓は無いが、等間隔に照明が配置されていてそれなりに明るい。


「…折角だから行ってみる?」

《良いけど、今から外に出る用事、ある?》

「…無いかな」


 イリスはそっと扉を閉めた。





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