149.交易都市クロスラムナ
そうしてのんびりと街道を行くこと、20日ほど。
途中、農村で害獣駆除を手伝ったり、川で魚を獲りまくったり、鉱石を採取したりしながら、ラズライトたちはようやく西の交易都市クロスラムナへ到着した。
《広いですね…!》
すっかり定位置になった止まり木の上で、ネロが目を輝かせる。
『交易都市』を名乗るだけあって、クロスラムナはかなり大きな街だ。
平原地帯のど真ん中、南北と東西を結ぶ街道が交わる場所。
それだけならそれほど珍しくないが、クロスラムナのすぐ東側には大河が流れ、そこに大きな港がある。
海を越えてやって来た商船は、川を遡上してこの港に入り、王都や主要都市向けの荷を降ろす。
そして、この国の輸出品を積み込んで海へと出て行く。
必然的にこの街には陸路・海路を問わず様々な地方の特産品が集まり、活発に取引されている、というわけだ。
人口も多いが、それ以上に特徴的なのは人種の多さだろう。
様々な国の様々な種族の者が、ここには集まる。
他国にしか居ないような珍しい生き物を目にする機会も多い。
そうネロに説明していたら、イリスが感心したように呟いた。
「流石ラズライト、詳しいね」
《君も来たことあるんじゃないの?》
「あるにはあるけど、お金持ってなかったからお買い物とは無縁だったし街の由来とか特に関係無かったし」
《ちょっとは興味持とうよ》
「ラズライトが教えてくれるなら頑張る」
《君ねえ…》
珍しい生き物を見慣れているせいか、ネロをじろじろ見る者も少ない。
途中立ち寄った農村などで経験を積み多少は耐性がついたとはいえ、まだまだ他人の視線が怖いネロには良い環境だ。
そのネロは、街に入ってからずっと熱心に周囲を見渡している。
ネロが首を動かすたびにイリスの左頬が羽毛に埋まっているのだが、やられる本人は見事に笑み崩れていた。
何という役得、とか呟いている。
《イリス、羽毛にうつつを抜かしてコケないでよ》
「ハイハイ」
中央の大通りは大きな商店が立ち並ぶ。
その奥の広場には、たくさんの露店がひしめいていた。
整然とした商店と混沌とした露店の集まり。そのギャップが凄まじい。
「えっと…必要なのは…」
イリスが歩きながらポーチを漁り、グレンから渡されたメモの束を確認する。
「東方産の紅睡蓮の種と…あと辰砂か」
《しんしゃ?》
首を傾げるネロに、イリスは頷く。
「きれいな朱色──黄色味のある赤色の鉱物だよ。水銀を含んでるからあんまり良いもんじゃないけど」
使い方によっては毒物の原料になる鉱物である。
辰砂自体は、素手で持っても、何だったら飲み込んでも基本的に問題は無い。そのままの状態では身体に吸収されにくいからだ。
しかし500℃以上に加熱すると、有害な水銀蒸気が発生する。
すり潰すと鮮やかな朱色の粉末になるため、大昔から壁画や絵画の染料として使われている。
東方の『漆器』と呼ばれる器には、今でも材料に辰砂が使われていることがあるそうだ。
「辰砂はこの辺じゃ採れなくてさ。東方だとそれなりに採れるみたいだから、紅睡蓮の種と合わせて、そっち系の店を回ってみようかと」
《なるほど》
街に関してはからきしなのに、鉱石に関する知識はやたら広くて深い。やはり興味の差だろうか。
《ちなみに辰砂って、グレンは何に使うの?》
「辰砂から水銀を精製して、色んな用途に使うらしいよ。材料の材料って扱いみたい」
…グレンがその水銀を何に使うのかは、聞かない方が良い気がする。
気を取り直して露店をぐるりと巡ると、東方系の店は3軒あった。
そのうち、朱色の粉末に『辰砂』と書いて売っているのは2軒。
露店から少し離れて、イリスが難しい顔をする。
「…無いな…」
《え? あったんじゃ…》
「いや、あれどっちもニセモノ」
《え》
「多分赤鉄鉱と別の鉱物を混ぜたものじゃないかな…色が違うし質感も違う」
近くで見たわけでもないのに、そこまで分かるらしい。
染料として使うならあれでも良いかも知れないけど、とイリスはブツブツ呟く。
「グレンが欲しがってるのは、ちゃんと成分として水銀が入ってるやつだからなあ…」
《じゃあ、どうする? 大通りのちゃんとしたお店も回ってみる?》
「うーん…まずは…」
イリスは3軒の店のうち、店頭に『辰砂』を置いていなかった店に向かった。
「こんにちは」
「いらっしゃい。何かお探しかい?」
「えっと…辰砂を探してるんだけど」
外見のわりにきびきびとした動作の老人──恐らく店主──の耳元で告げると、老人はちょっと目を見開いた。
「辰砂なら別の店にあったろう?」
「いや、あれじゃなくて、ちゃんとしたやつが欲しくて」
あれ別の鉱物でしょ?とイリスが言った途端、店主は目を剥いた。
「こりゃ驚いた。まさかあれを見抜くとは」
「一応、採取屋やってるから」
「なるほどなるほど。…で、唯一『あれ』を出してないわしの店に来てみたと」
「うん」
「…そうさな…」
店主は顎に手を当て、イリスの頭の先から爪先までゆっくりと見遣った。
「結論から言うと、現状、売れる辰砂は無い」
《えっ》
「まあ焦るな。──今は東方からの辰砂の入荷が少なくての。そのくせ最近、王都からの辰砂の引き合いが多くてなあ。店頭に置く分は確保出来なんだ」
《…つまり、露店には無いけど在庫自体はある、ってこと?》
「そういうことじゃ」
店主がにやりと笑う。
「ちっとやそっとでは売れんが…そうさな、辰砂の代金の他に、ここらじゃ採れんような珍しい鉱石を付けてくれれば売ってやらんこともない」
つまり、『買う権利』を珍しい鉱物で買えと。
明らかにぼったくりの発言だが、
「ちなみに、他の店へ行っても同じことを言われるぞい。東方の品を扱う3つの露店は、わしら兄弟が経営しとるからの」
「なるほど、道理で店主の顔が似てるわけだ」
イリスが笑った。
「良いよ。ただ、お眼鏡に適うような良い鉱石が出せるかどうかは分かんないけど」
「いくつか積んでも良いぞ」
ちゃっかりしている。
じゃあ、とイリスが圧縮バッグを地面に下ろす。
ネロとラズライトが地面に降りて見守っていると、イリスはまず鉄鈍色の鉱石を取り出した。
「ドワーフ御用達、チタン鉄鉱」
「ここらじゃ需要が無いのう」
「金色の線が良い感じに入ったルチルインクオーツ」
「むっ……いやいや、近くの鉱床で採れるのう」
鉱石というより宝石っぽいものを出したら、店主はあからさまに反応した。
イリスがにやりと笑う。
「じゃあ本命。南の半島で採れたラベンダー翡翠」
「なにっ!?」
店主が椅子を蹴立てて立ち上がる。
中腰で翡翠に手を伸ばし、はっとして途中で動きを止めた。
「…い、いやいや。冗談はいかんぞ。南の半島で翡翠が採れたことはなかったはずじゃ」
「半年くらい前に初めて採れたからね。これはその時採れたやつのうちの一つ」
冒険者ギルドに記録があると思うよ、と、イリスが悪い笑みを浮かべる。
「ちなみに今なら同時に採れた緑色のやつも付けるけど」
「その話乗ったあ!!」
店主が老人とは思えない勢いで叫んだ。




