147.挨拶回り
翌日、イリスとラズライトは霊峰のドラゴンの棲み処を訪れた。
そろそろ旅立つと伝えると、ジェイドは一瞬動きを止めた後、そうか…と頷く。
《南へ向かうのか?》
《うん。イリス、冬はメランジっていう街で過ごすから》
《そう…寂しくなるわね》
言いつつも、両親は一定の理解を示してくれる。
弟のスフェーンは、頬を膨らませていた。
《兄上。どうしても行かなきゃダメですか?》
《えっと…》
別に絶対ではない。
ただ、イリスの中に冬をハルンフェルスで過ごすという選択肢は無く、必然的にラズライトも南に向かうことになる。
…イリスが夏にしかハルンフェルスを訪れないのは、その昔、春先に吹雪に遭い、街で遭難してグレンに掘り出された経験のせいだろう。
「私が寒いの苦手だからね。まあ暑いのも苦手なんだけど」
雪が積もるような気温は絶えられません、とイリスが苦笑いする。
スフェーンが驚いた顔をした。
《え? 長距離飛行は平気なのにですか?》
ドラゴンの族長会議に参加した時のように超々高度を飛ぶ場合、気温は普通に氷点下だ。それに耐えられるのに地上の冬を耐えられないのが理解できないのだろう。
「あれはほら、一種のお祭りだから」
楽しいから平気だと言いたいらしい。
つまりその場のノリとテンションの高さで乗り切るのだろう。ずっと住むのとはわけが違う。
《また夏になったらこっちに来るし、その時は顔を見せるよ》
《約束ですよ! その時までに変身魔法、出来るようになっておきますから!》
《楽しみにしてる》
ラズライトが頷くと、スフェーンは嬉しそうに笑った。
族長会議から帰って来て以来、スフェーンは変身魔法をマスターしようと頑張っていた。
普通、最初は自分がイメージしやすい身近な姿から練習し始めるのだが、スフェーンはどうしてもケットシーになりたいらしく、ひたすらその姿を練習している。
…スフェーンの知る『ケットシー』はラズライトが変身した姿なので、少々アレだが。
一応今のところ、四つ足の動物っぽい姿になれるようにはなった。
ただ、身体のバランスがおかしかったり、色が不自然だったりとなかなか苦労している。
次の夏にどれくらいの再現度になっているか、楽しみだ。
《イリス》
微笑ましく兄弟のやり取りを見守っていたジェイドが、イリスに何かを差し出した。
《これを渡しておこう》
「…ペンダント?」
受け取ったイリスが首を傾げる。
何かの繊維を編み込んだ紐の先に、木の葉のようなパーツが3つ。
一番大きいのは翡翠色、残りの2つはそれぞれ深い青と、明るい緑色。
ふわりと立ち昇る魔力は、馴染みのあるものだった。
《これ…みんなのたてがみと、ウロコ?》
紐は風の氏族みんなのたてがみを編んで作ったもの。
木の葉の形のパーツは、ジェイド、サファイア、スフェーンのウロコ。
ラズライトが言うと、サファイアが頷いた。
《ええ、そうよ》
《我ら風の氏族との友好の証だ。これがあれば、他の氏族のドラゴンに会っても揉め事になることはないだろう》
《お守りです!》
家族だけではなく、周囲の仲間たちもにこにこと頷いている。
普通、ドラゴンのウロコやたてがみは人間の装身具には使わないのだが、これは防具ではなく、ドラゴンだけに通じる身分証のようなものらしい。
多分ジェイドたちは、イリスが火の氏族の若者と揉めたのを心配しているのだろう。
イリスはペンダントを首に掛け、笑顔を浮かべた。
「ありがとう! 大事にするよ」
《うむ》
「あと、ちゃんと毎年ラズライト連れて帰って来るようにするから」
《…うむ》
後半の方がジェイドの頷きが大きかったのは見なかったことにする。
(そんなに信用無いかな、僕…)
家出の前科があるので、強く抗議できないが。
その後暫く話し込み、山を下りる時、ジェイドたちは揃って見送ってくれた。
《《いってらっしゃい!》》
重なった念話に、ラズライトも大きめの念話で応える。
《いってきます!》
こんなやり取りが出来るのは、きっと幸せなことなのだろう。
ケットシーの姿でイリスに抱かれながら、ラズライトは心からそう思った。
山を下りる道すがら、ノラたちの巣に立ち寄る。
気付いたノラが、すぐに飛んで来た。
《よう、イリスにラズライト。今日はどしたー?》
《もうすぐ街を出るから、挨拶に来たよ》
《あー…それかー…》
ノラが何故かそっと目を逸らす。
「何かあったの?」
《まあうん、ちょいとな。お前ら、これから時間あるか?》
《今日はあとノラたちの所だけだから、あるといえばあるよ》
《じゃあちょっと来てくれよ》
促されるまま洞窟の中に入ると、困ったように小首を傾げているティアの向こう、奥の方に白い物体がうずくまっているのが見えた。
「…ネロ?」
イリスが首を傾げる。
ネロはびくっと反応したが、振り返ってはくれない。
(…何か既視感…)
岩の隙間に引き籠っていた時よりマシだろうか。
ラズライトが考えていると、ノラが首を横に振って地面に降りた。
《昨日っからこの調子でなー。お前らが居なくなっちまうのが相当ショックだったらしい》
《あー…》
なるほど、と呻く。
昨日、気落ちした様子だったので気になってはいた。
どうやら、落ち込んだまま一晩過ごしてしまったらしい。
イリスの肩から飛び降り、ネロに近付く。
顔を覗き込むと、ネロはしょぼくれた目でこちらを見た。
《ラズライトさん…》
《ネロ、元気出して》
《…でも、ラズライトさんたちは居なくなっちゃうんですよね…?》
《それは…そうだけど》
事実は事実だ。否定は出来ない。
ラズライトが言葉に詰まっていると、隣にイリスがしゃがみ込んだ。
「ネロは、私たちが居なくなっちゃうのが嫌なの?」
《…はい》
そっか、と頷いたイリスは、次の瞬間思いもよらぬことを言い出した。
「じゃあ、一緒に来る?」
《えっ?》
《え!?》
ぽかんと口を開けるネロと、目を見開く両親。
ラズライトはそれほど驚かなかった。
意外は意外だが、まあイリスだからなあ…と妙に納得してしまう。
「別に伝令カラスって、誰かと専属契約しちゃいけないわけじゃないでしょ? それにほら、私たちは定期的に伝令カラスに伝言をお願いすることになると思うし」
《え? なんで?》
「ジェイドたちにラズライトの近況をご報告しないと」
訊いたら真顔で返された。
《ええ…要らないよそんなの。どうせ年に一度は帰って来るんだし》
「10日でそわそわし出す父親が居るのにそういう薄情なこと言わないの」
《う》
この夏の一連の出来事を思い返し、反論できないでいると、ネロが期待を込めた目でこちらを見上げて来た。
《…一緒に行って、良いんですか?》
《…ネロこそ、ノラたちと離れて良いの? 伝令カラスって、親の近くで暮らす場合もあるよね?》
実際兄弟のうち何羽かは、この巣の近くに拠点を設けて住んでいると聞いている。
ラズライトたちと一緒に行くなら、当然親から遠く離れて暮らす事になる。
それどころか、本来持つべき拠点──『巣』を持たずに、旅暮らしだ。
それは伝令カラス本来の生き方ではない。
ラズライトが指摘すると、ネロは少し考え、首を横に振った。
《僕は、ラズライトさんたちと一緒に行きたいです。それに、夏にはこっちに来るんでしょう? だったら、寂しくないです》
《ネロ…》
決意は固いようだ。
ラズライトは頷いた。
《分かった。それじゃあ、一緒に行こう》
ネロの目がぱあっと輝いた。
《はい!》




