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丸耳エルフとねこドラゴン  作者: 晩夏ノ空
北方編

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139.ドラゴンの心石

 2日後。


 ようやく全ての会議が終わり、ドラゴンたちは再び広間に集結した。


 話し合いはこれで終了だが、大事な儀式が残っている。


《──では、『心石』を前へ》


 トパーズの号令で、各氏族長たちが前へ出た。

 それぞれの傍らには、色とりどりの鉱石が浮かんでいる。


 ドラゴンの『心石』──ドラゴンが死んだ後に残る、特別な石だ。


 普通の生き物は、死ぬと他の生き物に喰われたり、微生物に分解されたりして、ゆっくりと大地に還って行く。

 しかしドラゴンは、死ぬと直接、魔素に還る。肉体が蒸発するように消えてしまうのだ。


 ドラゴンのウロコや牙が武器防具の素材として使えない理由がそこにある。

 死んだら素材が回収できないし、生きた状態のドラゴンからウロコを剥ぎ取って防具に加工しても、そのドラゴンが死んでしまったら防具が壊れて終わりなのだ。


 使うとしたら、錬金術師が作る特殊な薬など、消耗品の材料にするくらい。

 それも自然に抜け落ちたウロコなどを拾えば何とかなるので、冒険者たちも素材としてドラゴンを狙う事はまず無い。

 腕試しの一環として、向こう見ずが挑むくらいだ。


 ──閑話休題。


 そうやって死んだドラゴンが魔素に還った後、最後に残るのが『心石』だ。


 多くは生前のドラゴンと同じ名を持つ鉱石で、その形は様々。原石もあれば、磨かれているもの、人間の宝飾品に使われるような美しい形状のものもある。


 ドラゴンは、仲間が死ぬとその心石を棲み処の奥に安置し、200年に一度、族長会議の際に持ち寄って、広間の奥にある祭壇に改めて安置する。


 この祭壇こそが、ドラゴンの『墓』とも言える。


 ジェイドの隣にも、つるりと磨かれたような白っぽい石が浮いていた。

 角度によって虹色の光が見えるその石は、オパール──ジェイドの祖母、ラズライトの曾祖母の心石だ。


 ラズライトが幼い頃に亡くなった曾祖母は、ラズライトとスフェーンにとって厳しくも優しい、自慢の曾祖母だった。


 美しく輝くオパールは、他の氏族の長たちが携える心石と共に祭壇へと祀られる。


 山と積まれた、色とりどりの心石たち。その一つ一つが、長命なドラゴンたちの亡骸なのだ。

 どれだけの長い時間、ドラゴンたちはこの営みを繰り返して来たのか──想像すると気が遠くなる。


「…」


 流石にこの状況ではしゃぐ気は無いのか、イリスも神妙な顔で長たちを眺めている。


 先程ジェイドが丁寧に説明していたので、いくら珍しい鉱石の山が目の前にあると言っても、自重すべきだと理解しているのだろう。


 ──が。


「…あの…」


 各氏族の長たちが心石を安置した後、おずおずとイリスが手を挙げた。


《なんじゃ?》


 トパーズが首を傾げると、イリスは前に進み出て、圧縮バッグから小さな石を取り出した。


「…もしかしてこれも、心石なんじゃないかと思うんだけど…」


 イリスの握りこぶしよりずっと小さい、濃い灰色に見える石。

 角度によって独特の色に輝く、珍しい色合いの鉱石だ。


 トパーズはそれを覗き込み、目を見開いた。


《──アノーサイト。居るかの?》


 トパーズが周囲を見渡すと、遠巻きに様子を見守っていた族長の血族ではない地の氏族の中から、一頭が走り出て来た。


《アノーサイト、参りました。何かございましたでしょうか?》

《これを見てくれ》


 アノーサイトと名乗ったドラゴンは、イリスの手の中の鉱石を見遣り──数秒固まった後、その目にみるみるうちに涙が溢れた。



《…ラブラドライト……!》



 崩れ落ちるアノーサイトの背後、地の氏族のドラゴンたちの間にどよめきが広がる。


《ラブラドライト? アノーサイトの息子の?》

《嵐で行方不明になったと──》

《では…あれは本当に…》


 どうやら、地の氏族のドラゴン、それも幼ドラゴンの心石で間違いないらしい。


 目の前でドラゴンが泣き崩れ、イリスは心石を差し出したままオロオロと周囲を見回している。


「あ、あの、ごめんなさい。こんなつもりじゃ…」

《いえ…いえ、申し訳ありません。それは私の息子、ラブラドライトの心石で間違いありません》


 アノーサイトはイリスから心石をそっと受け取り、大事そうに前脚で抱き締めた。


《…もしよろしければ聞かせてください。貴女は、この石をどこで…?》

「えっと…数年前に、河原で拾って。不思議な気配がしたんで、ずっと持ってたんです」

《その河原というのは、どの辺りですか?》

「王国の南西の…」


 イリスが地名を口にすると、トパーズが頷いた。


《その川なら、源流がこの近くを流れておる。恐らく誤って川に落ちた後、心石となって下流に流れ着いたんじゃろうな》


《ああ…》


 呻くアノーサイトの念話は、深い悲しみと──安堵に満ちていた。


《…ありがとうございます。これでようやく、きちんと弔ってやれる…》


 イリスに深く深く頭を下げたアノーサイトは、トパーズに促され、祭壇にラブラドライトの心石をそっと置いた。


 光の加減か、祭壇の心石が一斉に輝いたように見えた。





 再び広間に戻ったドラゴンたちの前で、壇上のトパーズが皆を見渡し、一つ頷く。


《──皆、ご苦労だった。これで今回の族長会議は終了となる。それぞれの棲み処に戻り、今回の取り決めを各氏族で共有して欲しい。会議では話があったと思うが、これから数年、少々厳しい状況になるやも知れぬ。心しておいてくれ。それから──》


 トパーズは一拍置いて続けた。


《今回の会議で私は地の氏族の長老を引退する。次の長老は私の弟、タンザナイトが務める》


 ざわり、動揺が広がった。


 長老とはその名の通り、氏族の中で最高齢の者の称号だ。その役を降りるという事は──


「……」


 咄嗟にイリスを見遣ると、イリスは不自然なくらい静かな目をしていた。


 トパーズの念話は穏やかに、広間に響く。


《随分と長く、この会議の進行役を務めさせてもらった。平和裏に役目を終えることが出来るのは、皆のお陰だ。本当に感謝している》


 ドラゴンたち一頭一頭を順に見詰め、イリスを見てほんの少しだけ優し気な目になり、トパーズは一度目を閉じた。



《──氏族を率いる者、それを支える者、次代を担う者、そして、新たな関係を築いた稀有なる者たちに、大地の祝福があらんことを》



 その言葉に呼応するように、魔蛍石が一際強い光を放つ。


 年かさのドラゴンたちが一斉に首を垂れ、ラズライトたち若いドラゴンも、イリスもそれに続いた。



《《終わりの旅路が、心穏やかなものでありますよう》》



 誰に言われたわけでもないのに、自然と言葉が重なった。


 ──それは、ドラゴンが命を終える仲間に向ける、別れの言葉。


 ありがとうの、と頷くトパーズは、とても自然な笑顔で。

 ラズライトの隣で同じように首を垂れるイリスは、きつくきつく目を閉じていた。






 会議を終えたドラゴンたちは、氏族ごとに分かれて帰還の途に就く。

 火の氏族は溶岩の中を泳いで行き、水の氏族は地下水脈を辿るそうだ。


 火の氏族と水の氏族を見送った後、ラズライトたち風の氏族も、飛び立とうと火口の真下に向かう。


《では、達者での》


 死出の別れの挨拶を済ませたら、引きずらないのがドラゴンの流儀だ。


 分かってはいるが、明るく笑うトパーズの姿に胸が詰まる。


「……」


 イリスは何とも言えない顔をして──何かを振り切るように頭を振り、トパーズに駆け寄った。


 驚くドラゴンたちを尻目に、首に思い切り抱き付く。



「──会えて嬉しかった!」



 多分、声が震えないように我慢しているのだろう。いつもより強い声だった。


 トパーズは一瞬目を見開いて、その後優しく目を細め、イリスの肩に首を乗せる。


《…うむ。わしもじゃよ、イリス。最期にお前さんに会えて良かった》


 多分、他のドラゴンたちには、『この会議で初めて会って、色々とアドバイスをくれた長老に対してお礼を言っているのだ』と認識されているだろう。


 だが、ラズライトには分かる。


 会えて嬉しかった──それは、幼い頃、自分を保護してくれたこと、色々な事を教えてくれたこと、今また会えたこと──全部ひっくるめての感謝の言葉だと。


 言わないと伝わらないこともあるけれど、全てを言わなくても、伝わることもきっとある。


 トパーズの表情を見ると、そう思えた。






 ──半年後、地の氏族の先々代の族長、トパーズは、8000年を超える長い長い生涯を終えた。


 残された心石は、透明感の高い、淡い夕焼け色の黄玉(トパーズ)


 繊細なカットが施されたその形は、ケットシーのシルエットのようにも見えたという。





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