13.旅の道連れ
(さて…)
冒険者たちの背中を見送った後、ラズライトは森に戻ろうと足を踏み出した。
とたん、
「あれ? どこ行くの、ラズライト」
《帰る》
イリスの声に端的に答えると、何故かええー…と不満そうな呻きが返って来る。
《何? まだ何か用があるの?》
「用と言うか…」
と、ひょいとラズライトを抱き上げ、
「ねえラズライト、良かったら、私と一緒に行かない?」
《え》
間近で見上げる青緑の目は、思いのほか真剣だった。
《おっ、良いじゃねーか》
ノラが目線の高さまで降りて来て、賛成の声を上げる。
《どーせあの森に居ても、今日みたいに冒険者どもに見付かっちまえば逃げなきゃいけなくなるしな。ケットシーの姿で人間にくっ付いてりゃ、良い隠れ蓑になるだろ》
《本音は?》
《お前がこいつと一緒に行ってくれれば、オレがお前んトコの族長殿に『あいつ人間の相棒ができたみたいですよ』って報告できる》
《…》
全く取り繕うつもりの無い物言いに、思わず沈黙する。
《──まあオレの都合は置いといて、だ。実際お前ら、良いコンビだと思うぜ?》
確かに、先程のツインヘッドとの戦いでは、前線に立つイリスと魔法を駆使する自分とで、驚くほど連携が取れていた。
それに──大変認めたくないが、こうしてイリスに抱かれていても、嫌悪感や居心地の悪さは、無い。
ただ──
《…イリス》
「何?」
問題は、自分がドラゴンとして半人前ですらないという事。
《僕はドラゴンだけど、一切飛べない。もし飛行能力をアテにしてるなら、期待外れもいいところだよ》
自虐的なラズライトの言葉に、イリスは目を見開いた。
やはり、それ目当てか──内心落胆していると、イリスはきょとんと首を傾げる。
「え、それ何か問題なの?」
《……は?》
ラズライトが唖然として口を開けると、イリスは首を傾げたまま言葉を続ける。
「別に飛べなくたって困らないでしょ? 基本的に歩いて移動するし、街に入る時にはケットシーの姿にならなきゃいけないんだし。むしろ四六時中ケットシーの姿で居てくれた方が嬉しいし」
本音が駄々洩れだ。
「それに、魔法があれだけ使えるんだもん。旅をするには何も困らないよね?」
《それは……そうかもしれないけど》
ドラゴンとしての能力ではなく、旅をする上で必要かどうかという基準で話が進む。
飛べないという事実について、同情も侮蔑も無く、ここまであっさり問題ないと言われたのは初めてだ。
胸の奥に、不思議と温かいものが湧いて来る。
「じゃあ良いじゃない。一緒に行こう?」
もう一度言われ、しかしイリスの本心が読めず、ラズライトは疑わし気に問い掛けた。
《…君、どうしてそんなに僕と一緒に行きたいの?》
「ん?」
《普通、飛べないドラゴンなんて訳アリ物件、欲しがる人は居ないと思うけど。ただでさえ、ドラゴンだってバレたら大問題になるのに》
明らかに、トラブルを運んで来る匂いしかしない。
そう指摘すると、イリスはにやっと笑った。
「まあ、下心が無いわけじゃない」
《下心》
「まず、ケットシーの姿が大変私好み」
《真っ先に自分の欲望丸出しにして来たな》
「人間の常識に詳しそうだから、街に行った時とかに頼りになりそう」
《普通お前の方が詳しいはずだよな》
「まあ私、アウトドア派だから」
ノラの茶々入れを適当に笑って流しつつ、最後に、と、真剣な顔を作る。
「魔法が使えるっていうのが、すごく心強い。──私、エルフだけど、『出来損ない』だから。魔法使えないんだよね」
《………はあ!?》
本日最大級の爆弾発言に、2匹は同時に叫んだ。
──エルフ。
『こちらの世界』において、『人間』に分類される種族の一つ。
魔法の扱いに長け、非常に有名な種族だが、目にする機会はさほど多くない。
元々の絶対数が少ない上、森の奥に点在する集落から他の街に出る者はほとんど居ないからだ。
尖った耳と、彫りの深い顔立ち。髪と目の色は、緑、赤、白、青、茶、茶色掛かった金といった、植物を連想させるもの。
その美的感覚も独特で、彫りが深くまつ毛の長い華やかな顔、女性ならメリハリの利いた体つき、男性なら細身の筋肉質が『美人』の基準とされており、実際そういった特徴を持つ者が多い。
──イリスは、そのどれにも当てはまらない。
「言いたい事は分かるよ」
絶句してイリスを凝視するラズライトとノラに、彼女は訳知り顔で頷く。
「どー見たってエルフのエの字も連想しないもん、この見た目」
青銀の髪も青緑の瞳も、植物と言うよりは鉱物の色。
顔立ちはどちらかと言うとすっきりしていて、華やかさは無い。
体格は細身ですらりとしているが、メリハリは無い。
何より、エルフの最大の特徴、尖っているはずの耳は、ヒューマンとさほど変わらない丸い形をしている。
この上魔法が使えないとなれば、イリスがエルフだと言っても、誰も信じてはくれないだろう。
だがそんな事より、
《…君、魔法が使えないのに今までよく無事だったね…》
ラズライトが心底驚いて呟くと、イリスは意外そうな顔をした。
「あれ、疑わないの? エルフじゃなくてヒューマンだろって」
そう言われる事が多かったのか、イリスの声は自虐的な響きを帯びていた。
だが、これに関しては自信を持って言える。
《君、今の僕の姿を前にして嘘をつけるほど器用じゃないでしょ》
「良く分かっていらっしゃる」
あれだけ本能の赴くままに行動する姿を見ていれば、嫌でも理解できる。
半分嫌味のつもりだったが、イリスは実に楽しそうだった。
その顔を見て──心を決める。
《…良いよ。君と一緒に行く》
「ホント!?」
ぱあっと、花が咲くように彼女が笑った。
「ありがとう! よろしくね、ラズライト!」
《よろしく、イリス》
──同情などしていない、と言えば嘘になる。
けれど、飛べない自分と、魔法が使えないイリス。
1人と1匹なら、今までと何かが変わりそうな気がするのだ。
そんな『はじまり』を、伝令カラスだけが見届けていた。
なおこの後、想像の斜め上を行く丸耳エルフの非常識っぷりに、ねこドラゴンは頭を抱える事になるのだが──
今はまだ、お互いあずかり知らぬ事である。
というわけで、出会い編、終了。
1人と1匹になった丸耳エルフとねこドラゴンの旅、ようやく始まります。




