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丸耳エルフとねこドラゴン  作者: 晩夏ノ空
北方編

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138.そいつのたてがみ、毟り取る。


 アッパーカット1発でジェイドを伸したイリスである。

 その回し蹴りを喰らったドラゴンは、数メートルばかり横に吹っ飛んでそのまま倒れた。


 尻尾の先がピクピクしている。

 気絶しているようだ。


「よーし」

《よし、じゃない!!》


 気絶したドラゴンに嬉々として馬乗りになろうとするイリスの襟首を咥え、慌てて引き離す。


《何やってんの? 何やってんの!?》

「おかえりラズライト」

《ああうんただいま──じゃなくて!》


 イリスを降ろすと、ラズライトはずいっとイリスに詰め寄った。


《大人しくしててって言ったよね?》

「言ったね」

《じゃあ何でこんな事になってるの》


 倒れ伏すドラゴンは、どうやら火の氏族の若いオス──火の氏族長の息子のようだ。


 他のドラゴンたちは、遠巻きにこちらの様子を窺っている。

 と言うか──大部分はドン引きしている。そりゃあそうだろう。


 事の経緯について問いただすと、イリスはキリッとした顔で胸を張った。


「ラズライトのこと馬鹿にした奴のたてがみは、(むし)り取るって言ったでしょ?」

《待って。毟り取るのにまず回し蹴りで倒すの?》

「大人しくしててもらえないと安全に毟れないから」


 安全とは。


 ラズライトが絶句していると、イリスはさらに爆弾を落とした。



「それにジェイドがやって良いって言ったし」


《はあ!?》



 慌てて父の姿を探すと、他のドラゴンたちから一歩退いたところで、ジェイドが深々と頷いていた。


 ──どうやら、今は族長たちの会議は休憩中らしい。


《うむ。私が許可した》

《なんで!?》

《言動が少々目に余ったのでな。──ああ、火の氏族長も承知の上でのことだ。心配しなくて良い》


 それは自分の息子が負けるとは思っていなかったからではあるまいか。


 火の氏族長らしき大柄なドラゴンは、群衆の中でぽかんと口を開けて硬直していた。


 …大変気の毒だが、イリスに目を付けられたのが運の尽き。

 たてがみ数本で収められるなら安いものだと思ってもらうしかない。


「じゃあ改めまして」

《待って待って待って。何でハサミ出してるの》

「グレンに、『毟り取ると生えて来なくなる可能性があるから、せめて丸刈りか悪戯カットで許してやれ』って言われてたなーと思って」


 確かに言ってた。


 言ってたが、明らかに切れ味の良さそうなハサミまで渡しているとは聞いてない。



「大丈夫! 総ミスリルのすっごい丈夫なハサミだから綺麗に切れるよ!」


《そういう問題じゃない!》



 必死に突っ込んでいると、火の氏族長の隣に居るメスのドラゴンがにっこりと笑みを浮かべた。


《構いませんよ。丸刈りなり何なり、好きにしてください》

《んな!?》

《あら、何を驚くのですか旦那様。私たちの息子ながら、考え無しに行動するのは悪い癖です。反省する良い機会でしょう》

《う…》


 どうやら、メスのドラゴンは火の氏族長の妻──イリスに喧嘩を売ったドラゴンの母親だったらしい。愕然とする火の氏族長の横で、それはそれはイイ笑顔で許可を出す。


 イリスの行動は速かった。


「じゃあ遠慮無く」


 気絶しているドラゴンの首に跨ると、後頭部、それも丁度正面からは見えない位置のたてがみをザクザクとカットして行く。


 しかも、ただカットするだけではない。


「ここをこうして…」


 縦30センチ、横15センチほどの範囲を、中央部を除いて丁寧に五分刈りくらいに整える。

 中央部の長いたてがみは細かくハサミで形を整え、周囲より一段長めに長さを揃えると──浮かび上がったのは、とても可愛らしい、ケットシーのシルエット。


「できた!」


 やり切った感のある笑顔でイリスが言うと、気絶したままのドラゴンの後頭部を覗き込んだ水の氏族の若者が爆笑した。


《マジか!》

《えっ? …うわ》

《き、器用…》

《すげえ!》


 笑っている者、ドン引きしている者、苦笑いしている者。

 反応は様々だが、イリスに対する警戒感はいつの間にか消えていた。


 当のドラゴンはまだ気絶している。

 起きて自分の状況に気付いた時、どうなるか──少々不安がよぎったが、火の氏族長の妻のとてもイイ笑顔を思い出して考え直す。


(…うん、大丈夫だ。多分…)


 …少々可哀想ではあるが。





 ──そんなこんなで、休憩を挟みつつ族長会議は続き。


 その間、イリスとラズライトは、スフェーンとサファイアと共に、サファイアの実家である水の氏族のドラゴンと交流を深めていた。


《初めまして、ね、ラズライト。私はサファイアの姉のラピス=ラズリ。会えて嬉しいわ》


 親し気に笑ったのは、サファイアよりさらに深い紺碧のウロコが印象的なメスのドラゴン。


 水の氏族のドラゴンは、一見風の氏族とそれほど変わらない見た目をしているが、手や脚の先、指と指の間に水かきがある。

 細身の者が多いのは、水の抵抗を受けにくい身体に変化した結果だろう。


 各々挨拶を交わすが、話題の中心はやはり、先程のイリスのことだ。


《まさかあいつを一撃で伸せる人間が居るとはなあ!》


 ラピス=ラズリの息子、ラズライトの従兄弟にあたるアイオライトが、大変楽しそうに笑う。


 あの火の氏族長の息子とは、前回の族長会議で初めて顔を合わせ、結構な暴言を吐かれたらしい。

 火の氏族は戦闘能力が高いためか喧嘩っ早い者が多いらしいが、それにしても大変失礼な言動だったそうだ。


《今回はちょっとは成長してるかと思ったら、全然変わってなくてな。むしろ暴言の種類が増えてダメな方向に成長してたっつーか。んで、イリスに絡んでったんだが…》


 何だか親しみやすいと思ったら、口調が伝令カラスのノラに似ている。


 オチが想像でき過ぎて場違いな感想を抱いていると、アイオライトはにやりと笑った。


《すげーよな。一歩も退かない、怯まない、むしろ全力で受けて立って返り討ちだもんな。ジェイド叔父貴も止めるどころかブチ切れて全力で背中押してるし》

《ブチ切れ? 父上が?》


 族長たちはまた会議を始めたので、ここには居ない。


 ラズライトが首を傾げると、水の氏族のドラゴンたちもサファイアたちも、笑いながら頷いた。


《確か、『やってしまえ、責任は取る』だったかしら》

《人間がドラゴンに勝てるわけないって、火の氏族は笑ってたけど》

《まさかああなるとはねえ…》


 ドラゴンたちの視線が、ラズライトの背中に集中する。


「…ん?」


 ラズライトの背に抱き付きたてがみに顔を埋めていたイリスが反応した。

 周囲をきょろきょろと見渡し、いやあそれほどでも、と照れ笑い。


 別に褒められているわけではないと思うのだが、突っ込まないでおく。


 なおイリスにノックアウトされた火の氏族の若者はつい先程意識を取り戻し、たてがみの事を仲間に指摘されて激昂、再度イリスに突っ掛かろうとしたのだが──


 ──『あ、またやる? 良いよ、じゃあ今度は魔法有りで』


 ラズライトの背に右手を添えたイリスが、笑顔で『焔槍(ファイア・ジャベリン)』の魔法を展開。

 空中に浮かんだ炎の槍が赤熱を通り越して青白く輝いているのを見て、礼儀知らずな火のドラゴンは一瞬で戦意を失っていた。


 その後イイ笑顔の母親に連行されて控え室に引っ込んだきり、帰って来ない。

 多分ぎちぎちに絞られているのだと思う。


 それにしても、あんな『焔槍(ファイア・ジャベリン)』、ラズライトは見た事が無い。


 イリス曰く、威嚇しようと思って思い切り魔力を込めたらしいのだが…つくづく規格外の能力だ。


《でも良いよなー。外に行けて》


 アイオライトが溜息をついた。


《ジェイド叔父貴公認だろ? 俺も色んなトコに行ってみたいぜ》

《まあ公認は公認だけど…大変だよ? イリスの相手》


 棲み処の外に出られるのは、イリスとセット扱いだからだ。


 初対面でウロコやたてがみを触らせろとグイグイ来る、変に世間知らずな旅人とセットなのだ。


《あと、ドラゴンだってバレたら大変な事になるからね。変身か偽装の魔法をずっと使い続けていられないと》

《いや無理だろそれ》


 外に出るにあたっての必要条件を説明したらドン引きされた。

 お前も大概おかしいわ、と、イリスと同列に扱われ始める。


 何故だ。


「まあラズライトはすっごい可愛いケットシーの姿になれるもんねー。外に出るなら最低でもそれくらいは出来ないといけないよねー」


 ラズライトのたてがみをモフりながらイリスが言う。

 隣でサファイヤとスフェーンも深々と頷いた。


《ええ、とても可愛らしかったわ》

《ふかふかでした》


 待て、同意するところがおかしい。


 その後、水の氏族の親戚たちに『ケットシーになった姿が見たい』とねだられ、変身してみた結果──



《…イイ……》

《ふかふか…モフモフ……》

《ケットシーは正義…》



 水の氏族だけではなく、他の氏族のドラゴンたちにまでもみくちゃにされ、多数のドラゴンに変な性癖を目覚めさせてしまったのだが──それはここだけの話。






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