136.トパーズ
他氏族のドラゴンたちの注目を集めながら進み出ると、老ドラゴン──トパーズは一つ頷き、こちらだ、と奥の方へ歩き始めた。
広間を抜け、通路をいくつか曲がり、さらに奥へ。
恐らく地の氏族の棲み処だと思うのだが、他のドラゴンとすれ違う事も無かった。皆、広間に居るのだろう。
そうして進んだ先、岩の衝立の向こう側に入ると、柔らかそうな枯草のベッドがあった。
どうやら、トパーズの自室らしい。
トパーズはベッドに乗り、こちらに向いた。
深い琥珀色の目が、優しげに細められる。
《さて……大きくなったのう、イリス》
《…え!?》
ラズライトは驚いてイリスを見遣る。
親しげに呼び掛けられたイリスは、じっとトパーズを見詰めていた。
「その『声』に名前…やっぱり、じいちゃん?」
《うむ、正解じゃ》
トパーズが魔力を解き放つ。
覚えのある魔力の動きに、ラズライトは目を見開いた。
(これ…僕がケットシーの姿になる時と同じ)
老ドラゴンの身体がするすると縮み、ウロコはふさふさの毛皮に、角は三角形の耳に、鋭い爪は細い爪になって手の中に仕舞われ、ピンクの肉球が現れる。
そうして魔力が消えた時には──目の前に、愛らしい茶白の長毛ケットシーが佇んでいた。
「トパーズじいちゃん!」
イリスがケットシーの姿になったトパーズに抱き付く。
抱き付かれた方は嫌がる素振りも無く、寛容に笑った。
《元気そうで何よりじゃ》
《えーっと………どういうこと?》
何となく釈然としない思いで訊くと、イリスはトパーズを解放し、嬉しそうに笑った。
「ほら、前に話した、里を飛び出した私を拾ってくれたじいちゃん」
《……え? 待って。それって人間のおじいさんじゃなかったの!?》
「いや、ケットシーのじいちゃんだよ。まさか正体がドラゴンだとは思わなかったけど」
《ほっほっ。あの時はこの姿で出会ったからの。お前さんもこの姿を気に入っておったし、うちの若い連中に『長老がケットシーに変身して勝手に棲み処を出て散歩している』なんてバレたら大変じゃから、普通のケットシーのふりをしておったんじゃよ》
──確かに思い返してみれば、イリスは自分を救ってくれた『じいちゃん』のことを『人』だとは一度も言っていない。
親しげに『じいちゃん』と呼ぶから、てっきり相手は人間だと思っていた。
《…すっごい騙された気分…》
「えーと、ごめん?」
《まさかとは思うけど、剣の師匠も人間じゃないとか言わないよね?》
「師匠は人間………人間かなあ……?」
《そこで首傾げるの!?》
元気じゃのう、とトパーズが笑う。
《あやつは大地の精霊じゃよ。実体化してあらゆる武術を極めようとしておる変わり者じゃがの》
「あ、そーなんだ」
《反応が軽すぎる!》
保護者は地のドラゴンの長老。
剣の師匠は武を極めんとする地の精霊。
イリスを守り育み導いた大人が、まさか両方とも人外だったとは。
そこまで考えて、ラズライトは気付いた。
《…イリスがやたら鉱物とか鉱石に詳しいのって、トパーズ老と剣の師匠が教えたから?》
「大体トパーズじいちゃんのお陰かなあ。私が師匠に預けられてからも結構頻繁に遊びに来て、色々教えてくれたから」
《ほっほっほ。預けたは良いが、色々と心配だったんじゃよ。爺心というやつじゃな》
様子を見に行くついでに、イリスに実物を交えて鉱石に関する講義をしていたらしい。
たまに兄弟弟子のラフェットやレオンも参加して教わっていたそうだ。
地の氏族のドラゴン、それも長老に教わったのだから、知識量がおかしいのも頷ける。その知識が大変偏っているのは置いといて。
《さて──》
トパーズは話題を変えた。
《ハイランドエルフの件じゃが。イリスが先祖返りなのは恐らく間違いなかろうて》
「やっぱり…?」
《何じゃ、嫌そうじゃな》
トパーズが片目を大きく開けると、イリスは慌てて首を横に振る。
「嫌って言うか…何か実感湧かなくて。実際魔法は使えてるわけだけど」
《まあ、すぐには受け入れられんじゃろうが…魔法と外見以外にも、証拠はあるんじゃよ》
「え?」
《体力に瞬発力。常人より高いと思った事はないかの?》
「…え? 普通だよね?」
《ええ!?》
思わず念話が大きくなった。
《まさか、自覚無かったの? 君の身体能力、全体的におかしいからね!?》
「ええ…? でも私、ラフィ姉にもレオ兄にも勝ったこと無いよ?」
《…うむまあ、あの2人も大概じゃからの…》
《…やっぱりそうなんだ……》
トパーズと溜息が重なった。
常識外れしか近くに居なかったのなら、自分がおかしいと認識できないのも仕方ないのかも知れない。
それにしたって、気付いてもいいと思うのだが。
《…とにかく、ヒューマンや他種族より高い身体能力を持つのも、ハイランドエルフの特徴なんじゃよ》
《なるほどね…》
《それから、寿命はエルフより長い。エルフは精々500年程度じゃが、ハイランドエルフは800年を超えるのも珍しくなかったそうじゃ》
「え、そんなに?」
《まあイリスは先祖返りじゃから、どうなるかは分らんがの》
「長かったら、800年かあ…ずーっとラズライトと一緒に居られるのは嬉しいけど」
想像つかないや、とイリスが遠い目をする。
ラズライトだって、ドラゴンなどという長命な種族になったのは初めてだ。
生まれてまだ100年経っていないのに、数千年先、自分が年老いた後の未来は想像できない。
《ほっほっほ、若いのう》
ラズライトにとっての『数千年先の未来』の立ち位置に居るトパーズは、色々と悟っているように笑う。
《心配することは無い。なるようになるものじゃ。日々を楽しく過ごしておればそれで良い》
「あ、そういうのは得意」
《すぐ調子に乗らないの》
イリスがぱっと表情を輝かせるので、ついいつもの調子で突っ込んでしまう。
《仲が良いのう。だから、儀式無しでも縁が結べたんじゃな》
《儀式?》
ラズライトが首を傾げると、トパーズは意外そうな顔をした。
《何じゃ、知らんのか? ──ああいや、知らなくて当たり前じゃの。わしでさえ、実際に目にしたことは無いからの》
自己完結して、トパーズ老は簡単に説明してくれる。
伝承によると、ハイランドエルフが他種族と縁を結ぶ時は、魔法を使った儀式を行っていたそうだ。
縁を結ぶハイランドエルフ本人はその時点では魔法が使えないから、儀式は既に縁を結んだ相手の居る別のハイランドエルフが執り行った。
そうして第三者が執り行う儀式を経ることで、初めて縁が結べたのだ。
《…という話なんじゃが…お前さんたち、儀式みたいなこと、したかの?》
《いや…?》
「一緒に崖から落ちてる最中にブチ切れただけだよね、私が」
《…色々と聞きたい事があるが、まあ今は置いておこうかの》
イリスがちょっとアレな発言をしたせいで、一瞬トパーズが半眼になった。
こほん、咳払いをして、改めて笑みを浮かべる。
《──儀式無しで縁を結ぶのは本当に珍しかったそうじゃ。そういう意味でも、お前さんたちはレアモノじゃの。お互いを大事にするんじゃぞ》
《はい》
「うん!」
ラズライトとイリスは同時に頷いた。




