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丸耳エルフとねこドラゴン  作者: 晩夏ノ空
北方編

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129.ドラゴンの棲み処

 泊めてもらうお礼にと、イリスとラズライトはノラたちに干し肉を使ったスープを振る舞った。


 結果、ヒナたちに大変懐かれ、とても体温の高い羽毛に埋もれるようにして一晩を過ごす事になった。



 そして。



 翌朝早く、ノラたちの巣を出て、イリスとラズライトは登山を再開した。


 まだ日の出前。

 周囲は薄暗く、ノラが言っていた通り、霊峰の山頂付近には濃い霧が掛かっている。


 今ラズライトたちが居る標高は視界良好だが、もう少し登ったらろくに前が見えなくなりそうだ。


 朝霧で濡れた岩肌を、ラズライトを圧縮バッグに乗せたイリスはすいすいと登って行く。


《イリス、大丈夫?》

「平気平気」


 この登山ルートは、冒険者たちが作ったであろう細道ではなく、ノラが教えてくれた道だ。

 『人間でも登りやすいと思うぜー、多分』という大変無責任な台詞が少々引っ掛かるが、確かに今のところ、問題無く進んでいる。


 既に周囲からは植物が消え、砂利もほぼ無い岩肌ばかりの景観になっている。

 一歩間違えれば滑落は免れない。



 そんな道を登ること、小一時間。



 朝日が昇る頃、イリスとラズライトは山頂手前の平坦な部分に到達した。


 濃霧のせいで殆ど見えないが、もう少し先へ進むと、そこは山の急斜面にテーブル状に張り出した岩盤の上。


 ドラゴンの棲み処──人間の侵入を拒む聖域だ。


 ラズライトがごくりと生唾を呑むと、イリスがぽんぽんと背中を叩いて来た。


「嫌だったら、引き返すよ?」

《まさか》


 反射的に言い返し、気合いを入れて地面に飛び降りる。


 魔力を巡らせてドラゴンの姿に戻ると、イリスを見下ろして囁いた。


《後ろからついて来て。先に族長たちに君の事を説明するから》

「分かった」


 首をもたげると、上層は少し霧が薄かった。

 足元を確認しながら進んだ先、目の前に魔力が渦巻く。


《兄上―!》


 魔力を纏って飛んで来た明るい緑色のドラゴンが、金色の目をキラキラさせてラズライトを見上げた。


《スフェーン》

《おかえりなさい、兄上!》


 笑顔が胸に刺さる。


 帰って来たわけではないと言えなくて、ラズライトは視線を巡らせた。


 弟のスフェーンは随分大きくなった。

 もう自分とそれほど変わらないのではないだろうか。


 自分がここを出てから10年以上経っているのだから当たり前か──そう思って奥の方を見遣り、ラズライトはぎくりと身体を強張らせた。


《──帰ったか》


《父上…》


 この霊峰に棲むドラゴンの族長、ジェイド。

 深い翡翠色のウロコも、底の見えない黒い目も、記憶にある姿と寸分違わない。


 霧の中の静かな佇まいに、ラズライトはたてがみが逆立つのを感じた。


《今まで何をしていた》


 その言葉に思い浮かんだのは、独りで各地を放浪していた時の事ではなく、イリスと共に過ごしたここ半年ほどの日々だった。


 いきなり『触って良い!?』と迫られた、衝撃的過ぎる出会い。

 ケットシーの姿になったらもみくちゃにされたこと。

 『上弦の月』のカイトたちと共にビッグ・マウスとツインヘッドを討伐した後、イリスに『一緒に行こう』と誘われたこと。


 崖壁都市メランジの賑やかさ。

 一緒に食べた鶏肉やスープの味。

 スピネルやロクイチたち、オルニトミムスの背に乗って浴びた、強い風。

 ミスリル原鉱を目にした時の、タッカーの目の輝き。

 冒険者ギルドと商業ギルドを巻き込んだ、様々な出来事。

 ロゼ、ジーン、ターニャ、ジェフ、ヴィクトリア──出会った多くの人々の、様々な笑み。

 それぞれの存在には『きっと意味がある』と言った、サラマンダーの長老の深い眼差し。


 仲間を心配していたブラウニーとトレントたち。

 温泉街マイロで出会った、シロとアオ、ラフェットとレオン。


 何をしていた、などと言われても、簡単に説明できるものではなかった。


《えっと、その…》


 ノラたち伝令カラスは、伝言や手紙などを運びはするが、相手の居場所や状況を依頼人に教えることはない。


 そのルールは、ドラゴンの族長であろうと適用されるらしい。

 ジェイドはラズライトがここを出てからの動向を知らないようだ。


 …父もまさか、息子がケットシーの姿になって各地を放浪していたとは思うまい。


《…まあいい。今年は大事な用がある。お前にも来てもらうぞ》

《え…》


 ラズライトは慌てて声を上げた。


《待ってよ! 僕は顔を見せに来ただけで、帰って来た訳じゃない!》


 言ってから気付く。


 ここでイリスと別れ、ドラゴンの群れに戻るという選択肢は、最初から自分の中に存在していなかった。


 まだ出会ってから1年も経っていないのに、イリスの隣に居ることが『当たり前』になっているのだ。


 自分自身に動揺していると、ジェイドはギラリとこちらを睨んだ。


《何を(たわ)けた事を言っている。我らドラゴンは、本来棲み処を出てはならぬのだ。一体何が──》



 その時、風が吹いた。


 強風で霧が吹き散らされ、ジェイドが大きく目を見開いた。


 その視線の先には──



「…あ」



 ぽかんとした顔でこちらを見る、イリス。



《……お前か》



 瞬間、ジェイドの巨躯からゆらりと魔力が立ち昇った。



《父上、落ち着いて! 彼女は僕の》


《俺の息子を誑かしたのは、お前か──!!》



 ラズライトの言葉を聞かず、怒声を放つ。


 魔力が膨れ上がり、一瞬で暴風と化した。


 あまりの風に身体が浮き上がり、ラズライトは咄嗟に翼を畳む。




 ──そんな風に、イリスが耐えられるはずもなく。




「え──!?」




 振り向いた先、外套を大きくはためかせ、たたらを踏むイリス。


 1歩、2歩と後退り──3歩目に踏んだ崖の縁は、ガラリと音を立てて崩れた。




《──!?》




 目を見開いたまま落ちて行くイリスが、やけにゆっくりに見える。


 ラズライトの全身から血の気が引いた。




《イリス──!!》




 考える時間など無かった。


 ラズライトは全力で地面を蹴り、迷う事無く跳び出した。




 イリスを追い、テーブル状に張り出した岩盤の上から──崖下へ。






《兄上!?》



 背後から、弟の悲鳴が聞こえた気がした。





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