12.貸し、一つ。
《え、ちょっと待って。ツインヘッドの瘤だよ? それ》
ツインヘッドの尾の先端パーツを持ち、ぐいぐいとカイトに迫るイリスに、ラズライトは声を上げる。
カイトたちが必要としているのは、コカトリスの尾、サラマンダーの牙、サンドコブラの神経節、アオツメクサの露、虫入り紅琥珀。
間違ってもツインヘッドではない。
だがイリスは、そう指摘しても頑固に首を横に振る。
「錬金術師の腕にもよるけど、サンドコブラの神経節だったら、ツインヘッドの神経節で代用できるはず。──ツインヘッドは、サンドコブラの上位種だから」
《あ》
言われて初めて、その可能性に思い至った。
上位種の方が希少なため、代用品として使われることはまず無いが、確かに錬金薬の作成にはそういった裏技が存在する。
逆に下位種の素材でも、量を確保して幾重にも精製すれば、上位種の素材の代わりにできるという話も聞く。
確かに、ツインヘッドはサンドコブラの上位種だ。
そして神経節とは、サンドコブラの仲間が持つ尾部の瘤の中にある、神経の集合体のこと。
正しく、今イリスが持っているあの瘤の中身だ。
《確かに…使えるかも》
ラズライトが呟くと、カイトたちの目の色が変わった。
しかしそれでもまだ、迷いがある。
「いや、でも」
「迷ってる暇があるならさっさと行く!」
言い淀んだカイトに、イリスは強引にツインヘッドの瘤を押し付けた。
「神経節は新鮮さ命なの。今この瞬間にも鮮度が落ちてるの。変質し切ったら使えないし、私たちが持っててもしょうがないの」
使えるうちに使え、という事らしい。
瘤を両手で抱えたカイトは、イリスが畳み掛けるのを目を白黒させて聞いていたが、一度視線を手元に落とし、すぐに顔を上げた。
「…すまん、素材の買い取り代金は後で必ず払う」
「いや、要らないよ。倒したの私じゃないし」
カイトの申し出を、イリスはすっぱりと断る。
あと、と背負っていたリュックを下ろし、唐突に中をガサゴソと漁り出す。
ごつごつとリュックの中にあるまじき音がしていたが、程無く奥の方から朱色と黒の塊を引っ張り出した。
「ついでに、これ」
取り出された物を見て、カイトたちが目を剥いた。
「なっ…」
「…!」
「──紅琥珀!?」
イリスの手に乗っているのは、握りこぶし大の石。
大部分は黒や茶色の不純物だが、所々に見える紅茶色の輝きは、紅琥珀に間違い無い。
「不純物が多すぎて、売り物にもならないやつなんだけど。中に結構虫も入ってるから、錬金薬の材料としてなら使えると思う」
《うっわあ…》
つまり宝石にはできないという意味なのだろうが、虫入りの紅琥珀は恐ろしく希少な石だ。
一体どこで手に入れたのか。
「こんなの、どうやって…?」
「私、旅をしながらあっちこっちで鉱石拾い集めて暮らしてて。これは確か2、3年前に、南の半島で採ったやつだね」
イリスは採取屋だったらしい。
南の半島は、特殊な地質と生態系を持つ地域だ。
確かにあの場所なら、希少鉱物がごろごろしている。
しかし同時に、非常に危険な場所でもあるのだが…あの体力と剣の腕があれば、単身でも何とかなるのだろうか。
ラズライトが悶々と考えている間に、イリスは紅琥珀もカイトたちに押し付けた。
「ほら、さっさと行って。ついでにこのツインヘッドの死体も何とか回収してってね」
邪魔だから。
非常に雑な物言いに、カイトたちは戸惑いながらも頷く。
「わ、分かった…」
《え、持って帰れるの?》
「一応、ガレージバッグを持ってるからな」
圧縮バッグより大容量の特殊アイテムを持っているらしい。
ならば、トカゲと蛇、両方回収できるだろう。
どちらも討伐困難な大型魔物。
表皮は防具の材料として高値で取引されているし、肉は食材、牙や鉤爪などのその他の部位も、錬金術の素材など様々な用途に使える。
少しは治療費の足しになるはずだ。
魔物の死体をバッグに押し込んだ冒険者たちは、街に戻る前にもう一度ラズライトたちに頭を下げた。
「本当に、何から何まですまん。この恩は必ず──」
《気にしなくていいよ。好きでやってるだけだし》
みなまで言わせず、ラズライトは小首を傾げて応じた。
素敵ポーズごちそうさまです、とイリスが横で拝んでいるが、無視する。
「…しかし何の礼もしないのでは、我々の気が済まん」
ギアが真面目な顔で言う。
大した手間ではなかったし、本当に気にしないで良いのだが、どう言えば伝わるのか──
ラズライトが考えあぐねていると、じゃあ、とイリスが人差し指を立てた。
「1個、貸しってことで」
《貸し?》
「今後、私かラズライトが困った時に、カイトたちが助けてくれればそれでチャラ。…ってことでどう?」
にっ、と不敵に笑う。
カイトたちはぽかんと口を開けてイリスを見ていたが、数秒もしないうちに破顔した。
「ああ! 約束する。困った事があれば、すぐに言ってくれ。俺たちにできる事なら何でも協力する」
「ラズライトもそれで良い?」
《良いよ》
実際、カイトたちを頼る事はほぼ無いだろうが、それで彼らが納得してくれるなら何よりだ。
ラズライトが頷くと、カイトたちはイリスと固く握手を交わし、薄暗くなった街道を去って行った。
《…ところでイリス》
「なに?」
《君、誰か名のある剣士に師事してたとか、そういうことない?》
尋ねると、イリスはあっさりと首を縦に振った。
「有名かどうかは知らないけど、剣は化け物みたいなじーちゃんに教わったよ」
まあ、免許皆伝を目前にして破門になったけど。
《え、何で?》
「だって──」
イリスは握りこぶしを作り、力一杯叫んだ。
「奥義継承の修行にかこつけて、ケットシーとグレイハウンドと半年間一切触れ合っちゃいけないとか言うんだよ!? こっちから三行半叩き付けるに決まってるじゃん!」
《バカなの!?》
馬鹿だった。




