128.伝令カラスの巣
《おう! あれだ、いつものやつ》
ラズライトの問いに、ノラは軽い口調で答えた。
《いつものやつって…》
《お前んトコの族長からお前に、『帰って来い』ってよ。──けどこんな近くに居るって事は、アレか? とうとう実家に帰る気になったか?》
いやー嬉しいね、今日はお祝いだな!と、からかう気満々の態度で言うノラに、ラズライトは無言で前足を繰り出した。
可愛らしい長毛ケットシーの右ストレート──ただしとても鋭い爪付き──を素早く避けて、ノラがくわっと口を開ける。
《なんだよ、図星だからって殴ることないだろー!》
《殴ってない。避けたじゃないか》
《揚げ足とるな!》
《どっちが》
バチバチと視線をぶつけ合っていると、イリスが首を傾げる。
「…ラズライトの実家って、ここから近いの?」
そういえば、イリスには教えていなかった。
何となく言い難くてラズライトが口籠ると、空気を読まないノラがあっさりと言った。
《こいつ、この上に棲んでるドラゴンの族長の息子なんだぜ。お坊ちゃんってやつだ》
何故か得意気なノラに、ラズライトの機嫌が急降下する。
《なに勝手にバラしてるのさ》
《だってお前、絶対自分じゃ話さないだろ? 大事な話なのによ》
ノラは存外真面目な表情で言った。
《こんなトコまで来てんだ。顔くらい見せてやれよなー。みんな心配してたんだぜ?》
《う…》
そう言われると少々困る。
言葉に詰まるラズライトに、イリスが眉を寄せた。
「別に行かなくても良いよ? ラズライト」
《え?》
「牙を拾って来るだけだもん。顔を合わせたくないなら、離れた所で待っててくれれば良いし」
それはつまり──イリスが一人でドラゴンの棲み処に向かうということで。
《それはダメ》
ラズライトは反射的に首を横に振っていた。
そして思い当たる。
イリスがラズライトに『行かなくても良い』と言うのは、自分自身が故郷に帰る気は無いからではないかと。
実母に殺され掛けたのだ。そんな所に帰るのはリスクが大き過ぎるし、メリットが無い。
一方でラズライトは、別に故郷で不遇な扱いを受けていたわけではない。
弟はラズライトに懐いていたし、本心は分からないが、両親も仲間たちも優しかった。
──飛べないという事実に、自分が勝手にコンプレックスを抱いていただけで。
(ここで逃げたって、きっとイリスは責めないけど…)
覚悟を決める。
《──僕も行くよ。別に、ちょっと顔を見せるくらいどうってことないし》
そうだ。大した事ではない。
何度も自分に言い聞かせる。
《そうか! 行くか!》
ノラが大変嬉しそうに翼を広げた。
そして首を傾げる。
《お前ら、ドラゴンの牙が欲しいのか?》
「うん。グレンからの依頼でね」
《御大層なモン欲しがるなー。まあ目的がドラゴンの牙ってんなら、手がないこともないぜ?》
「ホント?」
《おう!》
ノラが胸を張る。
《今の季節なら、早朝はドラゴンの棲み処に濃ーい霧がかかるのよ。そん時にラズライトが姿を見せて、連中の気を引いておけば、イリスが霧に紛れてこっそり牙を拾って来れる! どーよ》
どうよも何も、どう考えても無茶だ。
こっそり盗み出そうとしているのがバレたら、ドラゴンたちに一瞬で敵認定される。
《…それだったら、最初からイリスの事をちゃんと紹介した方が危険は少ないと思う…》
そんなこんなで、ラズライトの里帰りが決まり。
上機嫌のノラに案内されて、イリスとラズライトは登山を再開した。
ノラは途中で道──と言うか、茂みの分け目──を逸れ、低木がまばらに生える斜面の上を飛んで行く。
足場の悪いそのルートを、イリスは散歩でもするような気軽さで進んで行った。
《お前、よくついて来れるなあ》
ふわり、目線の高さまで降りて来たノラが呆れ顔で言う。
《普通だったらこの辺で音を上げるぜー?》
《そんなきついルートわざわざ案内してるの?》
《いんや、これが一番安全で確実なルートだけどな》
それでも、普通の人間にはきつい。
…イリスはそれに当て嵌まらないのだが。
「これくらいだったら平気だよ。流砂の中とか溶岩流の近くとかじゃないし」
《…君、今までどんなトコ歩いて来たのさ…》
そんな会話を繰り広げながら進むと、屋根のようにせり出した岩盤の下、ぽっかりと口を開けた洞窟に着いた。
《今日はここで一泊してけ。こっからなら、ドラゴンの棲み処までは1時間も掛からないからなー》
ノラがその洞窟を示すと、丁度そこから少し小柄な伝令カラスが飛び出して来た。
《ノラ! お客さん?》
《おう! 端っこで良いから泊まらせてやってくれ》
小柄な伝令カラスは、小首を傾げてこちらを見た。
ノラが自慢気に胸を張る。
《俺のパートナーの、ティアだ。ティア、こっちは前に話してた、イリスとラズライトだぜー。ラズライトは明日里帰りだから、今日はこの辺に泊まりたいんだと》
まるで他人事のように言っているが、うちに泊まってけと言ったのはノラである。
…単に奥さんと子どもを自慢したいだけなのではないかとラズライトは予測している。
そんな事情を知ってか知らずか、ティアはにこにこと頷いた。
《ノラがお世話になっています。子どもたちが少々騒がしいかも知れませんが、ぜひうちに泊まって行ってください》
《ありがと》
「じゃあ、お邪魔します」
急斜面ではテントを張れないので、夜露をしのげる場所を提供してもらえるのは有難い。
洞窟の入り口は少々狭かったが、中は案外広かった。
聞けば、子どもたちが羽ばたく練習を出来るよう、中の空間が広めの洞窟を選んで巣を作るのだという。
《この辺は俺らみたいな伝令カラスの巣が多いからなー。うちは良いけど、気が立ってる奴らもいるから変な洞窟に入らないように気を付けろよ》
「はーい」
《分かった》
イリスとラズライトが頷いていると、
《とーちゃん!》
《父さん!》
《おやじ!》
《パパー!》
賑やかな念話と共に、灰色の綿毛の塊が奥から転がり出て来た。
「え!? 大きい!?」
イリスが目を見開く。
確かに、伝令カラスの子どもと考えるとサイズが大きい。父親のノラより大きく見えるのだ。
ヒナと言うより、毛質の違う別の鳥に見える。
《もう巣立ち前だからなー。もうちょっとで成鳥の羽毛に生え替わるんだ。デカく見えるのはヒナの毛質のせいで、別に俺より大きいわけじゃないぞー》
よく見ると、灰色の羽毛の一部が抜け始めている子もいる。
子どもと言うから手のひらサイズのコロコロとした生き物を想像していた。
このサイズは予想外だ。
何となくラズライトが気圧されていると、イリスが目を輝かせた。
「触って良い?」
とりあえず、珍しい生き物は触ってみないと気が済まないらしい。
ヒナたちが一斉にこちらを見た。
《なに? だれ?》
《お客さんよ》
《おきゃくさん?》
《オレ知ってる! 大きい方がニンゲンで、小さい方がケットシーって言うんだろ!》
《ニンゲンとケットシー!》
わらわらとヒナたちが集まって来る。
イリスが手を差し出すと、モフン、と1羽の胸毛に手が埋まった。
「おお、ほっかほか」
見事に笑み崩れている。
それを呆れて眺めていたら、ラズライトの顔も羽毛に埋まった。
《ケットシーってふっかふかだね!》
《しっぽ太―い!》
《あったかい!》
「あ、ズルい」
ヒナに埋もれるラズライトを、イリスが羨ましそうに見詰める。
どこがずるいのかさっぱり分からないが、とりあえずラズライトは全身の毛を逆立たせた。
《やめーい!!》
《うわー!》
ヒナ3羽が一斉に周囲に転がる。
それで怯むかと思いきや、ヒナたちはケラケラと笑い出した。
《おこった!》
《おもしろいね!》
《今のもう1回やってー!》
《ちょっ…》
再度迫られ、ラズライトはたまらずイリスの肩の上に避難する。
《こらこらお前ら、あんまりお客をいじるなよー》
《いじるってなーに?》
《傍から見てたら楽しいが、やられてる方はたまったもんじゃないやつだなー》
《説明が適当過ぎる!》
突っ込んだが、伝令カラスの親子はケラケラと笑うばかり。
子どもたちとの攻防は、お互いに自己紹介しましょう、とティアが止めてくれるまで続いた。




