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丸耳エルフとねこドラゴン  作者: 晩夏ノ空
北方編

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127.霊峰登山

 次の日、イリスとラズライトはドラゴンの棲み家がある霊峰を登り始めた。


「昨日はホントにすごかったね」


 イリスがにこにこと言う。

 ラズライトは溜息とともに応じた。


《…そんな楽しそうなの、君くらいだと思うよ》


 グレンが言った通り、昨日は夜半過ぎから魔素嵐になった。


 風雨の激しさは予想通り。予想外だったのは、自分が魔素のうねりをまともに感知してしまったことだ。

 室内に居るのに三半規管──なのか、魔素を感知する別の器官なのか──が振り回され、小一時間、ジェットコースターに乗っている気分を味わった。


(…いや、『あっちの世界』でジェットコースターに乗ったことは無いけどさ)


 多分そんな感じだろう。


 そして思う。


 何かの間違いでジェットコースターに乗れる機会が巡ってきたとしても、乗るのは絶対にやめよう。


 …イリスの全力疾走がそれに近いのでは、とか思ってはいけない。


 なおイリスは、ひとしきり魔素嵐を窓から見物した後、床にへたり込むラズライトの胴体をひたすらモフってご満悦だった。

 嵐や雷はわりと好きなのだそうだ。意味が分からない。


「ラズライト、そろそろ乗って」

《分かった》


 暫く歩くと整備された登山道はなくなり、獣道になる。

 勾配が急になってくると、ラズライトはイリスの背負う圧縮バッグの上に飛び乗った。

 視界が高くなり、目の前に白く輝く霊峰が見える。


 この時期、霊峰の南側の斜面にある雪は融けて岩肌が露出する。白く見えているのは雪ではなく、山体を構成する岩石だ。

 氷河や雪で削られているため、斜面はどこを見ても急峻。一応、人が踏み固めて歩いたような道らしきものがあるにはあるが、途中で岩や崖を登る上、落下防止の柵やロープなどは無い。


 当然、登る人間にはそれなりの技量が求められるが──イリスには大した問題ではないらしい。


(分かっちゃいたけど…)


 このまま進めば、中腹で一泊し、明日にはドラゴンの棲み処に着くだろう。

 想像した瞬間、ぞわ、と背中の毛が逆立った。


 正直なところ、ラズライトはまだ実家に行くかどうか決めかねていた。


 イリス一人では心配だ。

 心配だが、どうしても家族と──特に父親と顔を合わせる気になれなかった。


 仲が悪かった訳ではない。

 ただ、飛べない事にコンプレックスを感じていたラズライトにとって、霊峰の頂上付近にある棲み処は居心地の良い場所ではなかった。


 周囲を自由に飛び回る仲間たちを見るのが辛かった。

 まして、自分は族長の第一子だ。それが飛べないなんて、恥もいいところだろう。


 そうしてコンプレックスを抱えながら生きていたラズライトは、自分よりずっと幼い弟が初めて空を飛んだ日、父と母の会話を聞いた。


 ──スフェーンはもう飛べるのですね。素晴らしい才能です。

 ──そうだな。

 ──…ですが、ラズライトは…。

 ──……致し方あるまい。


 そこまで聞いて、ラズライトは黙って棲み処を出た。


 それ以上は()()()()()()、が正しい表現だろうか。


 父はすぐに『戻って来い』と伝令カラスを通して伝えてきたが、それ以降、ラズライトはずっと各地を放浪し続けている。


 帰りたい気持ちはある。

 自分に懐いていた弟が、どんな風に成長したのか。父と母は元気か。仲間たちは。気にならないと言えば嘘になる。


 けれど、他のドラゴンたちの姿を見たが最後、ラズライトはまた『飛べない自分』と向き合う事になる。


 それが、どうしようもなく怖い。


(いずれ正面から向き合わなきゃならないのは分かってるんだけど…)


 そんな風にラズライトが悩んでいる間に、イリスはどんどん山を登る。


 昼前には、中腹のちょっとした広場に着いた。


 中央に焚き火をした跡がある。

 かなり前のもののようだが、ドラゴンに挑んだ冒険者たちの痕跡だろう。


 目で見て分かる程度には後始末が雑なあたり、あまり野営慣れしていないパーティだったようだ。


「お昼にしようか」

《そうだね》


 昼食は、グレンが持たせてくれたお弁当だ。

 ラズライト用に、茹でてほぐしたササミも入っている。


 朝、お弁当を受け取った時に料理をするのかと驚いたら、『一人暮らしなんだから当たり前だ』と返された。


 外套を地面に広げてその上に座り、お弁当を広げると──


《いよう、おふたりさん!》


 頭上から念話が降って来た。


「あれ、ノラ」


 伝令カラスはその場をぐるっと一周した後、軽やかにラズライトの横に着地する。

 くちばしを上下に振って、鶏肉のハーブ焼きに顔を近付け、


《何だ何だ、美味そうじゃんか。配達料代わりに貰ってやってもいいんだぜ?》

《特効薬の配達料ならもう払ったでしょ》


 伝令カラスへの報酬は、お金ではなく魔力や食べ物だ。

 先日、石化病の特効薬の材料と出来上がった薬を往復して運んでもらったときは、ラズライトの魔力と温泉まんじゅうを支払った。


 ちなみに、それを指定したのはノラである。

 マイロで依頼を受けたら、報酬は温泉まんじゅうか温泉卵が定番らしい。


 言われた通りの報酬を支払ったのだから、これ以上たかられる謂われは無い。

 ラズライトはきっぱり断ったが、イリスは笑ってノラにハーブ焼きを差し出した。


「まあまあ。ちょっと味見するくらいだったら良いよ。その代わり…」

《その代わり?》


 ハーブ焼きを咥えようとしたノラが、首を傾げて動きを止めた。


「後でカナキリグサ探すの手伝って」


 なるほど、とラズライトは内心で呟いた。


 カナキリグサはツル状の植物で、手近なものに巻き付いて締め上げながら上へ育って行く。

 大きな株は高木を覆い尽くすくらいまで成長するから、地上より空から探した方が見付けやすい。


 なお、カナキリグサは締め付ける力が恐ろしく強く、巨木も石柱も金属の柱も、巻き付いたものは例外無くねじり切る。

 ()()()()と呼ばれる所以である。


 巻き付いたものをねじり切る頃には株として成熟しているから、その年に花をつけてあっさりと枯れる。

 生命力は非常に強いが、変なところで潔い植物だ。


《良いけどよ》


 ノラは軽く頷いて、ちらりとお弁当の中身に視線を走らせる。


《──そこのウインナーとバゲットも一切れくれよ。そしたら手伝ってやっても良い》

「交渉成立だね」


 そのまま、1人と2匹揃って昼食を済ませる。


 鶏肉のハーブ焼きとウインナーとバゲットを平らげたノラは、大変満足そうな顔をしていた。


《今度から、奴の依頼を受ける時には食べ物を貰うかなー》

「グレンの手料理が欲しかったら、自然に抜けた風切り羽根とか持って行くと良いと思うよ。前にグレンが言ってたんだけど、伝令カラスの風切り羽根は道具作りの触媒に使うんだって」

《何!?》


 ノラが目を輝かせた。


 錬金術に使う素材に関してのみ、イリスが妙に詳しいと思っていたが、どうやらグレンの入れ知恵らしい。


 ほくほく顔のノラに、ラズライトは声を掛けた。


《ところでノラ。何か僕らに用があったんじゃないの?》





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