126.素材採取追加
「──思ったより揃ってるな」
素材を一通り確認したグレンが、布で手を拭きながら満足そうに言う。
どうやら、イリスが届けた素材は合格点が貰えたらしい。
その中にはラズライトのウロコやシロとアオのヒゲも含まれているので、ラズライトとしては少々落ち着かないが。
「で、追加の注文だが」
《え》
当り前の顔で言われ、ラズライトは思わず声を上げた。
が、イリスが横で肩を竦める。
「いつものことだよ」
《ええ…?》
「この街に滞在中、一室を宿代わりに貸してもらってるからね。滞在費を素材で納めてるんだ」
どういう取引だ。
…と言うか、曲がりなりにも男性であるグレンの家に当然の顔で滞在するのはどうなんだ。
──もしや、そういう関係か?
疑問が顔に出ていたらしい。
グレンが溜息をついた。
「一応言っておくが、こいつはただの期間限定の居候だ。別に面白い関係でも何でもない」
「居候って言うな」
「それ以外にどう言えと?」
妙に息が合っている。
…なるほど、平然と『居候』呼ばわりできる程度には、親しい間柄ではあるらしい。
(…ん?)
何故か胸がもやもやする。
首を傾げるラズライトをよそに、しょうがないじゃん、とイリスが言い出した。
「この街、宿が軒並み高いんだもん。とてもじゃないけど泊まれないよ」
確かに、この街にあるのは裕福層向けの高級宿ばかり。
多少お値段の優しい宿でも、宿泊費はメランジの冒険者向け宿の比ではない。
ついでに言えば、そもそもこの街には冒険者ギルドの支部が無いのだ。
活動拠点が無いので冒険者が長期滞在することもなく、そのため冒険者向けの宿も無い。
当然と言えば当然の帰結である。
「まあ仮に金があったとしても、今は宿が取れないだろうな」
季節は夏。
裕福層が避暑に来る季節なので、お高い宿も大体満室になっているのだという。
…泊まれる場所があるだけマシ、といったところか。
「で、追加の注文って何?」
イリスが訊くと、グレンはちらりとラズライトを見遣り、
「ドラゴンの牙」
《え!?》
「…勘違いするな。引っこ抜けと言ってる訳じゃない」
自分の牙が抜かれるのを想像して全身の毛を逆立たせたら、グレンが溜息をついた。
「この街の北、霊峰の頂上付近にドラゴンの棲み処がある。今は子どものドラゴンが居るから、運が良ければ歯の生え替わりで抜けた牙が拾えるはずだ」
「あ、自然に抜けたやつを拾って来れば良いわけか。簡単だね」
《簡単じゃない!》
ポンと手を打つイリスに、ラズライトは全力で突っ込んだ。
北の霊峰、ドラゴンの棲み処──それはつまり、ラズライトの実家だ。
そして『子どものドラゴン』は、恐らくラズライトの弟、スフェーンのことだ。
確かに年齢的には歯が抜け替わる時期ではあるが──抜けた歯は、基本的に棲み処の中央に集められる。
つまり、ドラゴンの牙が欲しければ、こっそり盗み出すか、ドラゴンたちと直接話をつけなければならない。
(どんな無茶振り…!?)
ドラゴンは魔法に敏感だから、隠形魔法も一発でバレる。
話をつけようにも──基本、ドラゴンは人間嫌いだ。まともに話を聞いてくれるとは思えない。
一応、『正面から戦いを挑んで来た人間が一定以上の実力を示したら、褒賞としてウロコなどを与える』というルールがあるにはあるが、いくらイリスでもドラゴンとまともに戦って勝てるはずがない。
「大丈夫だって、ラズライト」
そんな実情を知ってか知らずか、イリスは気楽に肩を竦めた。
「何とかなるよ、多分」
《…何とかなるとは思えないけど》
「何とかならなかったら、さっさと逃げる」
グレンも『絶対採って来い』とは言ってないし。
そう言ってイリスが視線を向けると、グレンも肩を竦めた。
「…まあな。今回は貴重なチャンスだから、忙しい俺に代わってイリスに行かせるだけだ」
逆に言うと、忙しくなければ自分で行っていたという事だ。
…ドラゴンの棲み処はそんな気軽に行ける場所ではないはずなのだが…この2人には常識が通用しないらしい。
「忙しいって?」
「最近、夏風邪が流行っていてな…」
ドラゴンの棲み処に行くのは決定事項らしく、イリスとグレンは既に別の話題に移っている。
自分だけが無駄な心配をしているような気分になって、ラズライトはぱたんぱたんと尻尾を床に打ちつけた。
「夏風邪の薬って、確かカンラン石とカナキリグサの根を使うんだっけ」
「ああ」
「カナキリグサはまだ採って来てないんだけど、急いだ方が良い?」
「いや、今注文が入っている分だけなら在庫で何とかなる。必要なのはこれから──来月以降に使う分だな」
「じゃあ、ドラゴンの牙のついでに採って来るよ」
「往路じゃなくて、復路で採れよ。カナキリグサは劣化が早いからな」
「へーい」
イリスが肩を竦める。
グレンはちらりと窓の外へ視線を走らせ、ただし、と続けた。
「出発するなら明日以降にしろ。今夜あたり、魔素嵐が来そうだ」
《魔素嵐?》
ラズライトは耳をピンと立てた。
魔素嵐──『蝕』とは逆に、環境中の魔素濃度が急激に上がり、大気がかき乱されて起こる嵐の事だ。
その威力はすさまじく、『あちらの世界』の台風に匹敵する。
発生地域はかなり限定されていて、嵐自体もほんの1、2時間程度しか持続しないのだが、毎回甚大な被害を及ぼす天災である。
その発生予測は、未だ確立されていないはずなのだが──今グレンははっきりと、『魔素嵐が来そうだ』と言った。
ラズライトの疑念に気付いたのだろう。グレンはこちらを見て、自分が掛けている片眼鏡を示した。
「これは俺が作った特殊なレンズでな。視界に入ったものの魔素や魔力の濃度を可視化できる」
《魔素や魔力を可視化?》
「見てみた方が早いか」
グレンが片眼鏡を外し、ラズライトの前に持って来た。
「試しに、あの棚の一番下にある鉱石を見てみろ」
恐る恐る左目を瞑り、右目だけで覗き込むと、金属光沢のある立方体の集合体だったはずの鉱石が、薄らピンク色の光を帯びて見えた。
《…ピンクに光ってる…?》
「火属性の魔素を帯びているからな。──まあ、見え方は個体差が大きいんだが」
俺には赤みを帯びて見える、と、グレンが言う。
この片眼鏡で見ると大気中の魔素濃度の変化も認識できるから、ずっと観察しているうちに魔素嵐の発生予測も出来るようになったらしい。
ついでに、先程ラズライトがケットシーではないと見破ったのも、ラズライトの纏う魔力が街のケットシーたちと違って見えたからだそうだ。
そんな説明を受けた後、イリスを見てみろと促され、素直に視線を向けて──ラズライトはギョッと目を見開いた。
《…真っ白なんだけど…!?》
イリスの顔と首と手、つまり肌が露出している部分が、のっぺりと白いペンキで塗り潰されたようになっている。
「え、そんな風に見えるの?」
イリスのきょとんとした声が聞こえるが、顔が白く塗り潰されていて表情が見えない。
正直、若干気持ち悪い。
グレンがしみじみと言った。
「気持ち悪いだろう? ──元々は普通の眼鏡の形をしていたんだが、こいつを見たら人間なのかすら疑わしい姿に見えたんで、片眼鏡に作り直したんだ。片眼鏡なら、もう片方の目で通常の視界が確保できるからな」
《…よく分かった》
ラズライトは深々と頷いた。
「何か失礼な事言われてる気がする」
《気のせい》




