120.オークション会場にて
アオの念話が、地下の小劇場に響き渡る。
舞台裏から飛び出したアオを見て、客が大きくどよめいた。
「ケットシーか!?」
「どうしてこんな所に!」
「支配人は何をやっとる!」
構わず、アオは舞台上の檻に駆け寄る。
《シロ!》
《おにいちゃん!?》
檻の中のシロが、大きく目を見開いた。
《シロ、遅くなってごめん! 一緒に帰ろう!》
《おにいちゃん…!》
シロの目に涙が浮かぶ。
不安を抱えながら、ずっと待っていたのだ。
助けに来てくれたのが兄だと知れば、そうなるのも当然だった。
「お客様がた、お騒がせして申し訳ありません──ケットシーをつまみ出せ!」
進行役が我に返るのは、予想以上に早かった。
指示に従い、舞台の反対側から数人の男たちが駆けて来る。
その手には投網のようなものが握られていた。
多分、会場で魔物が逃げ出しても捕獲できるよう、用意していたのだろう。
が。
「このっ…!」
《捕まるもんか!》
アオは投網を華麗に避け、シロの檻が置かれたテーブルに飛び乗った。
シロを背中に庇うように立ち、全身の毛を逆立てて男たちを威嚇する。
《オイラの大事な妹を騙して、こんな所に連れて来るなんて! 絶対許さないからな!!》
念話での大音声は、その場の全員の注意を引き付けるのに十分だった。
一方その頃、
《イリス》
「うん」
ラズライトはイリスと共に舞台裏を回り込み、
《麻痺の細針》
関係者を次々魔法で麻痺させていた。
その場に倒れた人間を拘束するのはイリスの役目だ。
用意したロープで手足を縛り、口にも布の猿轡を噛ませる。
「良し、っと」
(手慣れてるように見える理由は考えない事にしよう…)
そうして一通りの関係者を捕縛すると、イリスは舞台袖から反対側の舞台裏に向かって、腕で大きく『マル』を作って合図を送った。
丁度その時舞台上では、進行役が苛立った様子で懐から魔石を取り出したところだった。
「──いい加減に──!」
だが次の瞬間、黒い魔石は進行役の手から弾き飛ばされた。
「はいはーい、そこまでにしてもらえるかしら」
『!?』
向こう側の舞台袖から、軽い足取りでラフェットが舞台に出る。
「…結構飛んだねえ…」
イリスはこっそりと、こちらまで飛んで来た魔石と投擲用の石を回収していた。
ラフェットがあちら側から小さな石を投げ、進行役の手の中にあった魔石を弾き飛ばしたのだが──ちょっと目では追えない速度だったという事実からは目を逸らしておく。
《この魔石…メランジで査定詐欺してた奴が使ったのと同じ?》
「どうかな…見た目は似てるけど」
イリスと揃って首を傾げる。
黒く艶光りする魔石は、南の崖壁都市メランジで鉱石の査定詐欺を働いていたダレルが、重力魔法の威力を増幅させるのに使っていた魔石と同じ物に見える。
どう考えても普通の品ではないが、違法取引をする連中の間では結構な量、流通しているのだろうか。
「お前は…!?」
一方、舞台の上ではラフェットを見た進行役が愕然とした声を上げていた。
「まさか、『双頭龍』か!?」
「なに!?」
「あら、有名になったものねぇ」
否定せず、ラフェットが笑みを浮かべる。
「──保護対象の魔物の違法取引、証拠は十分ね。この場は押さえさせてもらうわよ」
『!』
ラフェットが掲げた捜査許可証を見て、客の間に大きな動揺が広がった。
席を立とうとする最前列の男に、ラフェットは容赦無く魔法を放つ。
「凍結の矢」
「!?」
上着の裾を椅子に縫い留められ、男がつんのめって動きを止める。
「逃げられると思わないでね」
凄味のある笑顔で言うラフェットの手は、男の方に向いたまま。
状況によっては追撃も辞さない構えだ。
多くの者がその場に固まる中、観客席の中ほどから尊大な声が上がった。
「貴様、自分が今何をしているのか分かっているのか!?」
一目で高級品と分かる服を纏った、壮年の男。
「何って…犯罪者の検挙だけど」
ラフェットは平然と応じる。
『双頭龍』は高ランクの冒険者だ。
ああいうダメな方の上流階級っぽい相手にも慣れているのだろう。
「犯罪者だと!? 私を誰だと思っている!」
いや、知らんし。
「とりあえず、私が知ってる顔じゃないわね」
ラズライトの内心の呟きは、ラフェットの返答と一致した。
男が顔を真っ赤にして怒り出す。
「私は隣国の貴族だ! 私を犯罪者呼ばわりしようものなら、国際問題になるぞ!」
その言葉に、何故か周囲の客たちの顔色が少し戻って来る。
まさか、この男に便乗すれば自分たちの罪も有耶無耶に出来るとでも思っているのだろうか。
しかし、
「あら、おかしいわね」
ラフェットは余裕の表情で首を傾げた。
「隣国は、この国よりも魔物の保護に力を入れているはずよね? 保護対象の魔物もこの国よりずっと多いし、違法オークションに参加なんてしてたら一発で監獄行きでしょ? 貴方をこの国で捕縛したとして、隣国に感謝されこそすれ、問題になるわけ無いわ」
「ぐっ…」
男が見事に言葉に詰まった。
「うわー、ラフィ姉、博識」
イリスが小さく口笛を吹く。
魔物の中でもケットシーを優遇するこの国と違い、隣国は魔物全般を保護──と言うより、『管理』すべきという認識が強い。
害獣認定された魔物は駆逐し、個体数の減った魔物はその生息地域ごと、積極的に保護する。
当然ながら、希少な魔物の個人所有は犯罪とされ、罰則も重い。
《隣国の魔物管理主義は有名だもんね。多分あの男、故郷じゃ自分が欲しい魔物が手に入らないからって、わざわざこの国まで来たんじゃない?》
「…そんなに魔物を飼いたいなら、規制の無い国に移住したら良いのに」
イリスが溜息をつく。
しかし基本的に、貴族には外国への移住の許可は下りないはずだ。
その前に、貴族の特権を駆使して魔物の飼育という道楽にのめり込んでいるであろうこの阿呆が、その特権を手放すはずがない。
《色々面倒なんだよ、きっと》
ラズライトが呟いていると、最後部の席で影が動く。
「…」
立ち上がった男は、客席側の大扉を開いて──
「ぎゃあ!?」
重い音と共に、客席の中ほどまで盛大に吹っ飛んだ。
「逃走は諦めることだ」
扉の向こう、風圧魔法を放った構えのまま、レオンが言い放つ。
前門のラフェット、後門のレオン。
凄腕の冒険者2人に逃走を封じられ、オークションの参加者たちはようやく抵抗の意思を失った。




