116.潜入捜査
問題の店は、街の南西の端、大通りから少し離れた場所にあった。
流石に魔物を大通り沿いに陳列する訳にはいかないのだろう。
最初から魔物目当てで店を探さないと行き着けないような場所に、3軒並んで建っている。
一番大きい店の横を通り過ぎ、ラズライトはそのすぐ横、道とも言えない建物と建物の隙間に身体を滑り込ませた。
(さて…)
ちらり、壁を見上げる。
大店の隣は、小型魔物を扱う店だ。
表通りからの外観はちょっとした雑貨店のようで、一見、魔物販売店とは分からなかった。
正直、とても怪しい。
ラズライトは軽く息を整え、そっと魔力を解き放った。
隠形魔法で姿を隠して建物の隙間を抜け、店の裏側に出る。
(流石に、開いてないか…)
裏口らしき扉はあったが、しっかりと閉じられていた。当然、鍵も掛かっている。
ただし、
「──」
暫く待っていると、がちゃり、内側から扉が開いた。
箱を抱えて出て来た男の足に触れないように横をすり抜け、ラズライトは店内へと侵入する。
…ちょっとタイミングがずれて、危うく尻尾が扉に挟まるところだったが。
薄暗い廊下を少し歩くと、独特の臭いが漂って来た。
獣臭さと魔力の気配──どうやら右側の入り口の向こうに、売り物にされている魔物たちが居るらしい。
扉は無かったが、入り口には魔法道具らしきベルが備え付けられていた。
多分、売り物に着けている首輪と連動するようになっている、脱走を見張るための道具だろう。
ざっと確認したところ、罠の類は見当たらない。
そっと薄暗い部屋に入ると、一気に獣臭さが増した。
「ギイッ」
一番近い檻に入っていた岩窟ネズミが、突然短く鳴く。
隠形魔法で姿を隠しているし、匂いも抑えられているはずだが、弱い魔物は感覚が鋭い。
ラズライトはぴたりと動きを止め、岩窟ネズミが大人しくなるのを待った。
(大丈夫…かな?)
岩窟ネズミは鼻を高く掲げ、暫くヒクヒクと動かしていたが、やがて寝床に丸くなって目を閉じた。
ラズライトは気を取り直して、周囲を見渡す。
小型魔物専門店だからか、一つ一つの檻はかなり小さい。エサ皿と寝床とトイレでいっぱいになるくらいの大きさだ。
一応それなりに手入れはされているようだが、清潔感は今一つだし、臭いが酷い。
この環境では、健康な魔物でも病気になりそうだ。
部屋の中に居るのは、岩窟ネズミに角ウサギなど、公式に売買が認められている魔物ばかり。
珍しいところで砂漠マリモ──砂漠地帯に棲み、手足が退化している文字通りの『毛玉』生物──なども居るが、明らかに『アウト』の生き物は居ない。
(…奥にも部屋が…?)
わずかな空気の流れをヒゲで感じ取り、奥へを歩を進める。
一番奥に、また扉の無い出入り口があった。
ただしそれはラズライトだからこそ知覚出来たもので、壁にしか見えないよう、魔法障壁が張られた上に偽装魔法が施されている。
──怪しい。
(この手の障壁魔法は、確か…)
慎重に魔力を解き放ち、自分に掛けている隠形魔法の上に特殊な魔法障壁を重ね掛けする。
そろりと歩を進めると、目論見通り、出入り口に掛かっている魔法障壁の力場を一部中和し、障壁を破壊しないまま通過する事が出来た。
多分、今の人間たちはこんな特殊な魔法があるとは知らないだろう。
これは、前の前の世だか、それよりさらに前の世だかに、当時の仲間が悪乗りして開発した魔法だ。
…その目的が『女湯の脱衣場に侵入するため』だったのは、考えない事にする。
(あの性癖さえなければ、『希代の天才魔法使い』で通ってたのにね…)
ふう、と溜息をついて、思考を切り替える。
中は、手前の部屋よりさらに暗い。
窓が無く、光源は小さな魔石ランプ一つだけ。
それでも、夜目の利くラズライトには十分な明るさだ。
部屋の中には、手前の部屋と同じように小さめの檻が並べられている。
手近な一つを覗き込んで、ラズライトは息を呑んだ。
(…フェアリーラット…!)
背中に半透明の羽根を持つ、ネズミ型の魔物。
この国では一部地域の高原地帯にしか居ない、希少な魔物だ。
生命維持に必要なのは、水晶鬼灯という特殊な植物と、水と風の魔素。
水晶鬼灯共々、国から保護対象と定められている──はずなのだが。
フェアリーラットが閉じ込められている檻の中のガラス瓶には、水晶鬼灯も活けられていた。
多分フェアリーラットのエサなのだろうが、水晶鬼灯は水の魔素が豊富な清らかな水でないと枯れてしまう。
ぐったりしたフェアリーラットと、しんなりとしなびた水晶鬼灯。
これだけでも関係者全員逮捕されるレベルの重罪だ。
──だが当然、この部屋に居るのはそれだけではなかった。
フェアリーラットの隣の檻には、保護区指定されている湖にしか棲まないトカゲ型の魔物が。
その奥には、全身に金色の針状鉱物を生やしたモグラ型の魔物が。
その上に吊り下げられているカゴには、極彩色の羽毛を持つ、極めて希少な鳥型魔物が。
さらに反対側には、一体どこから連れて来たのか、サラマンダーの幼体まで居る。
(この部屋に居る魔物全部、取引禁止の保護生物じゃないか…!)
胸の奥から湧き出る怒りの感情に、ぞわ、と全身の毛が逆立つ。
どの魔物も疲弊し、弱り切っていた。
多分、強制的に魔力を吸い取られたのだろう。
本来ならこんな檻、魔法で簡単に破壊できる個体も居るはずなのに、抵抗する素振りも見せずにぐったりと寝床に伏せている。
どんな魔物が何匹居るのか、ラズライトは歯噛みしながら確認して行く。
救出作戦のための下準備だ。まさか、侵入して即アタリを引くとは思わなかったが。
──そうして、部屋の真ん中あたりまで来た時。
(…?)
ふっと視線を移した先に、ラズライトは思わぬ生き物を見付けた。
(──ケットシー!?)
思わず檻に駆け寄って確認すると、それは確かにケットシーだった。
本来は真っ白なのだろう被毛は、所々焦げ茶色に薄汚れている。
まだ若い──子どもではないがおとなでもない、そんな大きさだ。
《君、大丈夫…!?》
隠形魔法を解き、念話で囁くと、白いケットシーは薄らと目を開けた。
それを見て、あっと声を上げかける。
右目は月のような金色、左目は春先の青空のような水色──オッドアイだ。
(そうか、だから…)
普通、ケットシーは売買の対象にならない。
けれど、オッドアイのケットシーはかなり希少だ。違法な魔物を取引している店なのだから、希少なケットシーが商品になってもおかしくはない。
──とても、非常に、腹は立つが。
《……おにいちゃん…?》
幼さの残る念話が届き、ラズライトは我に返る。
目が合った途端、白いケットシーは落胆の表情になった。
《ちがう…そうよね…来るわけない…》
『おにいちゃん』が助けに来てくれたと思ったのだろう。
そっと逸らされる目には、暗い絶望が宿っていた。
《おにいちゃんじゃなくてごめんね。僕はラズライト。君の名前は?》
気にしない振りをして、ラズライトは白いケットシーに訊ねる。
暫しの沈黙を挟んで、小さな答えが返って来た。
《………シロ》




