114.姉弟子と兄弟子
ラフェットとレオンに連れられてやって来た宿屋は、古い町並みの外れにあった。
それなりに大きく、古びてはいるが手入れが行き届いていて、清潔感がある。
宿屋のオーナーはラズライトの姿を見て少し驚いた顔をしたが、ラフェットとレオンの口利きにより、無事に部屋を取る事が出来た。
「ラフィ姉、レオ兄、ありがとねー」
《助かったよ》
「どういたしまして」
部屋に荷物を置いてラフェットとレオンの部屋を訪れると、2人は笑顔で迎えてくれる。
ちょっとお茶しましょ、という誘いに乗ってテーブルにつくと、ほんのりと湯気を上げるお饅頭が出て来た。この温泉街の名物だ。
「温泉饅頭!」
イリスがぱあっと顔を輝かせて、早速口に入れる。
「ん~、美味しい!」
中身は『あちらの世界』と同じ、滑らかなこしあんだ。
一口だけ分けてもらうと、しっかりとした甘みと薄らとした塩気が絶妙だった。
「ずっと食べたいと思ってたんだよね」
満足気なイリスから、また聞き捨てならない台詞が漏れる。
《…イリス、ここの温泉には何回か来てるんだよね?》
「うん。でもほら、入浴料で有り金全部消えてたから」
もはやお約束だ。
ラフェットが溜息をついた。
「…まあやるだろうな、とは思うけど…」
《そこで納得するんだ》
「以前の格好を知っていれば、自明の理だな」
レオンも呆れ顔で肩を竦める。
言われた方は悪びれた様子も無く、でもこれからは宿も取れるしお饅頭も食べられるよ!と胸を張った。
「ラズライトが居るし、冒険者になったし! 今はお金に困ってないもんね!」
今までがひど過ぎたのだ、と突っ込むべきか、生温かい目で見守るべきか迷うところだ。
「あら、とうとう冒険者になったのね。『私は自由に生きる!』って言ってたのに」
どうやら以前は、冒険者にはならないと宣言していたようだ。
「で、どう? 冒険者になってみて、何か変わった?」
「いやー、なってみたら意外と変なルールとか無いし、一つの場所に居続けなきゃいけない訳でもないし…暮らし方はあんまり変わらないかも」
確かに、旅から旅への生活サイクルは変わっていないかも知れないが。
《何言ってるのさ。メランジの知り合いも増えたし、あっちを出発する時はものすごく引き留められたでしょ。今までとは全然違うんじゃないの?》
ラズライトが突っ込むと、イリスは視線を巡らし、
「あー…そう考えると変わった、のかな?」
イリスがこてんと首を傾げると、ラフェットが楽しそうに笑った。
「良い変化じゃない。引き留められたって事は、あっちで相当活躍したのね」
詳しく聞かせて頂戴、と言われて、イリスは促されるまま、ラズライトとの出会いからメランジと南の半島で起きた出来事まで、順に話して行く。
《…ってちょっと! イリス! 簡単に僕の正体話してどうするのさ!》
「えー、でも黙ってても気付くと思うよ? ラフィ姉とレオ兄だもん」
《ええ!?》
「ケットシーにしては気配がちょっと違うなーとは思ってたわ」
「外見と気配のサイズが一致しないからな」
「ほら」
《うそぉ!?》
「氷属性のケツァルコアトルスか。珍しいものに出会ったな」
「しかも、原因がウラノスの魔法杖ねえ…作為的な物を感じるのは気のせいかしら」
「その辺は分かんないけど、魔法杖はぶっ壊しちゃったから、まあ良いかなって」
「そうね」
「そうだな」
《そこで納得するんだ…》
「そういえば、南の半島のアノマロカリス、美味しかったよ」
「ああ! 貴女も食べたのね。陸に上がってきてたの?」
「いや、南の大地溝帯に居たやつ。火山地帯に渡るのに邪魔だったから、ラズライトに倒してもらったんだ」
「倒してもらった?」
「アノマロカリスって浮遊魔法で飛んでるじゃない? だから、『魔法封じ』で地面に落としたら──」
「落としたら?」
「そのままお亡くなりになりました」
「…また変わった倒し方をしたな…」
《普通はどうやって倒すの?》
「口の中に直接高威力魔法をぶち込むか、甲殻の隙間に刃物こじ入れて引っぺがすか、装甲ごとぶった切る感じね」
《ねえ最後の、普通の冒険者じゃ無理だよね?》
「ラフィ姉とレオ兄だったら余裕だね」
「それが一番簡単だな」
「そうね」
《…どうしよう、この同門連中色々おかしい…》
「やだなあラズライト、今更だよ」
「──で、作ってもらったのがこのミスリル製のハンマーとタガネでーす」
ひとしきり話した後、イリスがテーブルの上にハンマーとタガネを出す。
ラフェットとレオンが身を乗り出した。
「ミスリル製の剣とかドワーフの持ってる鍛造用のハンマーはよく見るけど、採掘用のハンマーは初めてだわ」
「意外と小さいな」
「大き過ぎても持ち運びしにくいから、タッカーさんが気を遣ってくれたんだ」
タダで作ると言っても、職人は職人である。適当に作るはずもない。
ラフェットがハンマーを持ち上げ、ああ、と頷いた。
「持ち手が完全にイリス用の形になってるみたいね。私が持つと違和感があるわ」
「そうなの?」
「恐らくだが、革を巻いた時にイリスの手に馴染むよう、芯の部分が形作られているんだろうな。ドワーフの職人芸だ」
レオン曰く、ドワーフ謹製のオーダーメイドの武器でよくある作り方なのだという。
《ハンマーは武器じゃないけど、近い作り方をしてくれてたんだね》
「採掘道具だから余計に、かも知れないわよ? ドワーフにとって、採掘道具は武器以上に大事な物だもの」
ラフェットが指摘して、ハンマーをそっとテーブルに戻した。
「大事に使いなさいよ、イリス。オリハルコン混のミスリル製ハンマーなんて、早々手に入るもんじゃないんだから」
「うん、分かってるよ。…まあ、『どんな物に叩き付けても壊れないはずだし、万が一壊れても直してやるから、珍しい鉱石を遠慮無く叩き砕いてどんどんうちに持って来い!』って言われてるけど」
「…それもどうなんだ」
《タッカーは鉱石マニアでもあるからね…》
「…なるほど、つまりこいつの同類か」
レオンの言葉には、黙って頷いておく。
「そういえばさ、レオ兄、ラフィ姉」
ハンマーとタガネを仕舞ったイリスが、ちょっとだけ表情を改めて2人に向き直った。
「この街で、魔物を売ってるお店って、知らない?」
「魔物を売ってる店? 確かいくつかあるけど…」
「その手の店に興味があるのか?」
首を傾げる兄弟子たちに、イリスは首を横に振る。
「ううん、買うんじゃなくてさ。実はこの街に着く前、トレントとブラウニーに会って──」
イリスが事情を説明するうち、ラフェットとレオンの表情は厳しいものへと変わって行った。




