113.温泉街にて
ブラウニーの片割れが連れ去られたという温泉街マイロは、山岳都市ハルンフェルスの南、山岳地帯の麓にある。
元は湯治場として栄えた街だが、ハルンフェルスが避暑地として注目されるようになってからは、ハルンフェルスへ向かう経由地、観光地の側面が強くなった。
古い町並みはそのままに、平地に向けて拡大する形で新興の歓楽街が広がる。
そんな二面性を持った街だ。
「──着いたー!」
門から一歩街に入ると、イリスは諸手を挙げて伸びをする。
メランジに着いた時も、小さな村に着いた時もやっていた。一種の儀式である。
ラズライトも圧縮バッグから飛び降り、前脚、胴体、後ろ足の順に伸ばしていく。
バッグの上はそれなりに快適だが、基本的にじっとしているので身体が固まる。
筋肉が伸びる感覚が気持ち良い。
《…さて…》
ひとしきり身体をほぐすと、ラズライトは隣のイリスを振り仰いだ。
《まずは宿を確保しようか》
「え」
何故かイリスがぴたりと固まる。
「………ここの宿、滅茶苦茶高いよ?」
確かに、歓楽街の観光客向けの温泉宿は非常に高い。お値段も、建物の高さも。
が。
《場所を選べば一般人でも泊まれるところがあるの! ほら、こっち!》
ラズライトは通りを奥へと歩き始めた。
門の周辺は土産物屋や飲食店が立ち並ぶ観光客向けの商店街だが、そこから歓楽街を抜け、いくつかの高級宿の横を通り過ぎれば、すぐに古い町並みが現れる。
「おお」
温泉に入った事があると言っていた割に、イリスは物珍しそうにきょろきょろと辺りを見回していた。
《もしかして、こっちの方には来た事無いの?》
「うん。いつもは門の近くの方の温泉に入ってたから」
《……あっちは裕福層向けの浴場ばっかりだから、入浴料も相場の倍以上するはずだけど》
「なぬ」
イリスが変な声を出した。やはり知らなかったらしい。
残念だったね、と生温かい目で見守っていると、
「──あれ? イリス!?」
通りの向こうから声が響いた。
イリスが顔を上げ、あ、と目を見開く。
「レオ兄、ラット姉!?」
視線の先には、黒髪に翡翠色の瞳の女性と、焦げ茶の髪で紫色の瞳の男性。
格好からして、冒険者だろうか。
2人はすぐにこちらにやって来て──女性の方が、含みのある笑顔でイリスを見た。
「ラット、姉?」
「もとい、ラフィ姉」
イリスがピシッと背筋を伸ばして言い直す。
《イリス、知り合い?》
ラズライトが首を傾げると、イリスはすぐに頷いた。
「私の姉弟子のラフェットと、兄弟子のレオン。同じ師匠に武術を習ってたんだよ。今は冒険者として活躍してる──で、良いんだよね?」
後半、女性の方に顔を向けて訊ねる。
「ええ、まだまだ現役よ。──初めまして、ケットシーさん。私はラフェット。よろしくね」
「レオンだ。よろしく頼む」
《僕はラズライト。ちょっと前から、イリスに同行してる。よろしく》
お互いに名乗り合っていると、何故かイリスが膨れた。
「そこは『イリスの相棒』って言ってよ、ラズライト」
《どっちかって言うと『お世話係』の方が合ってるけど》
「ああ、やっぱりそんな感じなのね」
イリス、色々危なっかしいものね。
ラフェットが笑顔でさらりと言うと、
「みんな失礼だと思うよー!」
イリスは見事にいじけた。
大袈裟に打ちひしがれるイリスの肩に、レオンがポンと手を置く。
「そんなに落ち込むな、イリス。事実じゃ仕方無い」
「そこはフォローしてよ、レオ兄!?」
「俺は半端な慰めはしない主義だ」
「…知ってたけど!!」
イリスが叫ぶ。
何だかいつも以上にテンションが高いが、兄弟弟子との再会が嬉しいのだろう、多分。
ラズライトが宿を探していると告げれば、ラフェットとレオンは自分たちが泊まっている宿を紹介してくれた。
「少し古いけど、結構色んな要望に対応してくれる宿だから、ケットシーも受け入れてくれると思うわ」
「ラフィ姉、そこの馴染み客なの?」
「ええ。よく利用させてもらってるわ」
ラフェットとレオンは王都を拠点に活動する冒険者で、今回は王都住まいの上流階級の夫婦の護衛役として、この温泉街にやって来たそうだ。
そこまで聞いてピンと来た。
《王都の冒険者で、ラフェットとレオン…ひょっとして、『双頭龍』?》
ラズライトが見上げると、ラフェットとレオンはちょっと驚いた顔をした。
「ええ、そう呼ばれる事もあるわ。よく知ってるわね」
王都の『双頭龍』と言えば、この国でも五指に入る実力を持つと言われる2等級の冒険者ペアだ。
王都付近を荒らし回っていた盗賊団をたった2人で壊滅させたとか、西方の森林地帯に大量発生した魔物を殲滅する勢いで狩りまくっていたとか、ワイバーンを素手で落としたとか、攻城戦級魔法を剣で切り裂いたとか、噂は色々聞いている。
…『イリスの兄弟弟子』という事を考えると、その噂、全部本当なのではないだろうか。
《君たち有名だもん。それに少なくとも、そこで『なにそれ?』って顔してるイリスよりは世間を知ってるつもりだし》
「…はっ!?」
指摘されたイリスが、慌てて表情を改める。
レオンが苦笑した。
「それは頼もしいな」
「イリスには必須の相棒ね」
「あ、やっぱりそう思う?」
イリスがあっさり相好を崩した。
「ホント、頼りになるんだよ。冒険者になった方が良いって助言してくれたのもラズライトだし」
お陰ですっかり懐事情も改善しました。
しみじみと言うイリスに、ラフェットがちょっと遠い目をした。
「…前は野生児みたいな格好してたけど、ちょっと小綺麗になってるのはそういう事ね…」
前はどれだけ酷かったんだ。
一瞬思って、出会った当初のイリスの姿が脳裏に浮かび、ああそういえば、と納得する。
服は基本的に『今着ている分』しか持っていないし、見た目にもあまり気を遣っていない。
素材が良いだけに、大変に残念な姿だった。
それが今は、メランジの服屋でジーンやナディたちが選んでくれた冒険者風の服を日替わりで着回し、ラズライトの洗浄魔法で服も本人も清潔感が保たれている。
荷物もくたびれた革袋に詰めるのではなく圧縮バッグで背負うようになったし、剣以外はまるで別人だろう。
…ひょっとして、最初にイリスの名を呼ぶ前にラフェットが『あれ?』と言っていたのは、見た目が変わり過ぎていて一瞬イリスだと分からなかったから、だろうか。
「ラズライト」
レオンが何故かとても重々しくこちらの名を呼んだ。
《なに?》
「これからも、是非、イリスをよろしく頼む」
《えっと…うん。善処するよ》
深々と頭を下げられ、ラズライトはちょっと顔を引きつらせた。
《…ところで、何で最初、『ラット姉』を『ラフィ姉』に言い直したの?》
「昔は『ラット姉』って呼んでたんだけどねー。ラフィ姉が冒険者になりたての頃、ベテランの冒険者に『ラットかよ!』って散々からかわれたらしくて」
《ええ…》
「まあしばらく後に本人ブチギレて、からかって来た奴ら全員ボコボコにしたらしいんだけど」
《…物理で解決したんだ…》
「で、それ以降、『ラット姉』って呼ぶと笑顔で威圧し始めるから、『ラフィ姉』って呼ぶようにしてる」
《…相棒が『獅子』だから、余計に気にしてそうだね、ラフェット…》
「あ、それも言われてたらしいよ。『双頭龍』の前の二つ名が、『獅子とネズミ』だったんだって」
《………冒険者の名付けセンスって……》
『双頭龍』の2人は、拙作『【本編完結済み・おまけ連載中】スーパー派遣令嬢は王宮を見限ったようです ~無能上司に『お前はもう不要だ』と言われたので、私は故郷に帰ります~』にも登場しております。
(↑あからさまな宣伝)




