109.超高級ハンマーセット
金鉱床発見から5日。
鉱床開発の諸々を商業ギルドと冒険者ギルドに押し付けたイリスとラズライトは、タッカーに呼び出され、武具工房を訪れた。
「ほらよ、ハンマーとタガネのセット。確認してくれ」
テーブルにゴトリと置かれたのは、イリスが持っているのより一回り大きいハンマーとタガネ。
色は艶消しの黒灰色。持ち手の部分に巻かれた黒い革と相まって、重厚感がある。
「これって…」
イリスが早速手に取って、首を傾げた。
「ひょっとして、ミスリル銀?」
「おうよ」
タッカーがニヤリと笑った。
「お前さんの採って来たミスリル原鉱をたっぷり使わせてもらったぜ。久しぶりに面白い仕事が出来た」
面白い仕事とは。
ラズライトが内心で呟いていると、さらに角度を変えてハンマーを見回していたイリスが、む?と呻く。
「打面とその周辺、別の素材が入ってるの?」
よく見ると、ハンマーの打面──実際にモノに打ち付ける部分だけ、光の反射が違う。
イリスが指摘すると、タッカーが破顔した。
「やっぱ、お前さんには分かるか!」
気付いてもらえたのがとても嬉しかったらしい。
タッカーは満面の笑みでハンマーの打面を指差し、
「表面に、特殊加工したオリハルコンを練り込んである。ハンマー本体が打ち負けないように保護するのと、力を分散させずにそのまま対象物に打ち込めるようにな」
まさかのオリハルコン入りだった。
《え、それって滅茶苦茶高いんじゃ…》
素材が超高級品というだけではない。
どう考えても、ドワーフの高度な技術を駆使して作られた逸品だ。
多分、売値を付けるとしたら、そこら辺の総ミスリルの武器よりずっと高価になる。
「え」
ラズライトの言葉に、イリスが固まった。
しかし当の製作者は肩を竦め、
「まあ気にすんな。俺が作りたかっただけだからな」
あっさりと言い放った。
…作りたかっただけ。作りたかっただけで、総ミスリル(オリハルコン入り)の道具をホイホイ作って良いのだろうか。しかもタダで。
「まあ試しに、これ割ってみろ」
思い悩むラズライトをよそに、タッカーは台の上に赤い縞模様のある乳白色の石を置いた。
「瑪瑙だね」
「ああ。翡翠には劣るが、それなりに割れにくい。お試しには丁度良いだろ」
言いつつ、台の四方を囲むように鉄板を並べる。
《タッカー、何してるの?》
「今までの調子で叩いたら、瑪瑙でも確実に粉々になって飛び散るからな。防護だ、防護」
「ええ…」
イリスが顔を引きつらせる。
「ほれイリス、さっさとやってみろ。良いか、今までの調子で、だぞ?」
タッカーに急かされ、一瞬迷いつつもイリスがハンマーを構えた。
軽く振りかぶり、もうすっかり見慣れた『いつもの』動作で振り下ろすと──
「うわ!?」
バキン、という音を立てて、瑪瑙があっさり砕けた。
タッカーの言っていた通り細かい破片が飛び散り、鉄板に当たって床に落ちる。
「うそぉ…」
割った本人が、一番驚いた顔でぽかんと口を開けている。
「ちょっとは加減したつもりだったのに」
「ま、これが道具の威力ってやつだな」
タッカーは鼻高々だ。
しかし、
《ねえこれ、力加減間違えたら翡翠も粉々になるんじゃないの?》
武具職人の本領発揮は良いが、今までのハンマーと比べて性能が良過ぎる。
ラズライトが指摘すると、タッカーは一瞬言葉に詰まり、イリスを見た。
「そこはまあ、アレだ。本人の腕次第ってやつだな」
「ええ!?」
「あーあとだな、タガネ使え、タガネ。あっちも一部オリハルコン入りの総ミスリルだ。翡翠に打ち込んだって先端潰れねぇから」
タッカーが早口にフォローすると、イリスはタガネも手に取って、少しだけ納得の表情を見せた。
石にタガネを食い込ませて割る方法なら、少なくとも石が粉々になるリスクは少ない。
「それなら何とか…」
「──まあ方解石クラスの柔らかい石にタガネ当てたら、当てた拍子に勝手に割れちまうかも知れねぇがな」
「コレ怖すぎない!?」
イリスが悲鳴を上げる。
──結局ハンマーとタガネは新しいものに『交換』ではなく、今まで使っていた物と併用し、使い分ける事になった。
「…古いハンマーとおさらばできると思ってたのに…」
《タッカーが作るって時点で、新しいハンマーが異常な性能になるって予測するべきだったね…》
「うう……」
そんなこんなで、気を取り直して。
「翡翠ゲットー!!」
もう何度目かになる南の半島の台地の上。
握りこぶし大の翡翠を掲げ、イリスがテンション高く叫んだ。
《ホントにあっさり割れたよ…》
ラズライトは妙に清々しい気分で翡翠の岩脈を見上げる。
幅およそ1メートル、長さ20メートル以上。岩壁から一段盛り上がった状態で露出する岩脈の一部が、つい先程、新しいハンマーとタガネの力で砕かれた。
「いやー、すごいねこれ。うっかりするとホントに翡翠も粉々になりそう」
怖い事を楽しそうに言わないでいただきたい。
《粉になっちゃったら価値が無くなるんじゃないの?》
翡翠の主用途は宝飾品だ。多分、大きくて色の良い物の方が価値が高いだろう。
ラズライトが指摘すると、イリスはチチチと指を振った。
「普通はそうなんだけどね。錬金術の薬で、翡翠の粉末を材料にするやつがあるんだよ。だから粉になっても需要はある」
《そうなの?》
「まあ錬金術の方は翡翠のクズ石で賄えちゃうから、こんな上質な翡翠わざわざ粉にする必要性は無いけど」
《…粉にしないように気を付けてよ》
「はーい」
イリスが肩を竦めた。
しかし、錬金術で翡翠の粉末を使うとは初耳だ。よほど珍しい薬なのか──それをイリスが知っているというのが解せないが。
「せっかくだからたくさん採って、一番良い翡翠をタッカーさんに渡そう」
イリスがウキウキと翡翠の岩脈を見渡す。
白に、薄い紫、灰色、水色、そして緑色。同じ岩脈の中でも、色味は様々だ。
《翡翠って一口に言っても、色々あるね》
「本来は白色らしいよ。鉄とかクロムとかチタンとか、そういう成分が良い感じに入ってる部分は色がつくんだって。あと、翡翠の中に別の種類の鉱物が入ってた時とか」
詳細なのか大雑把なのか分からない説明である。
《確か、一番人気があるのは緑色だっけ?》
『あちらの世界』でも、翡翠と言えば緑色というイメージが強かった。
ラズライトの言葉にイリスは頷き、肩を竦める。
「薄い紫色とかも、綺麗だと思うんだけどねー」
《そういう色のも持って帰ったら喜ばれるんじゃない?》
「あ、そっか」
せっかくここにあるのだから、わざわざ色を限定する必要は無い。
圧縮バッグの容量にも余裕はあるので、それなりに持って帰れそうだ。
軽い気持ちで提案したのだが──
──色とりどりかつ大量の翡翠を受け取ったタッカーが黙って冒険者ギルドにイリスを連行し、再び2人で大量の書類に埋もれる羽目になるのは、これから3日後の事である。




