10.牛を丸呑みにする魔物
牧場の北側、ノラがアタリをつけた場所に到着した冒険者たちの動きは早かった。
下草が生い茂る中、所々に露出した地面を、片っ端から調べ始める。
地肌が露出している面積、踏んだ時の土の柔らかさ、周囲の草の状況──丁寧かつ迅速な調査は、流石ベテランの冒険者といったところだ。
ラズライトとイリスが少し離れた所から見守っていると、程無く、ギアが低い声で呟いた。
「──ここだ」
ギアが示したのは、楕円形に地肌が露出している地点。サイズは、長い方が2メートル、短い方が1メートルほどか。
下草が刈り取られているのでも引き抜かれているのでもなく、『雑に地面ごと引っ繰り返された』ように、所々に葉や根が見えている。
ナディがすぐさま杖を掲げ、魔力を巡らせ始める。
ギアがナディの前で盾を構え、カイトはそのさらに前に立った。
すらりと引き抜かれた直刃の長剣が、夕焼けの空を映して茜色の光を反射する。
「…何だと思う?」
傍観者に徹するイリスが、小さな声でラズライトに問い掛けて来た。
《多分、口のでかいトカゲ》
「だよね」
転瞬──
「──岩槍!」
ナディの魔法が完成し、目標の地面に一瞬、魔法陣が浮かび上がった。
直後、地響きと大量の砂煙を上げながら、地面から鋭く尖った円錐状の岩が屹立する。
──体長3メートルを超える巨大なトカゲらしきものの、腹の辺りを貫きながら。
魔法で地中から無理矢理引っ張り出された魔物は、冒険者たちに殺気立った目を向け、体の半分近くを占める巨大な口を開けて威嚇した。
「大口トカゲか!」
カイトが魔物の名前を口にしながら勢い良く踏み込み、剣を振るう。その動作には一切の躊躇が無い。
大口トカゲ。
その名の通り、体格に対して異様に大きな口を持つトカゲ型の魔物である。
体型だけなら、『あちらの世界』のオオサンショウウオに近い。
ただし大口トカゲは水生ではなく陸生で、扁平な頭部をシャベルのように使い、土属性の魔法も併用してどんな硬い地面にも潜ることができる。
全身は強靭かつ繊細なウロコで覆われ、刃物で仕留めるのは難しい。
だがカイトは、その大口トカゲに真っ向から斬り掛かり、毒の鉤爪を備えた両前脚をあっさりと切り飛ばした。
「ギア!」
「応!」
貫かれたままの腹を引き裂かんばかりに身をよじって大暴れするトカゲに、今度はギアが肉薄する。
猛牛の突進のような勢いで、身の丈の半分以上ある盾を大口トカゲの頭に叩き付けた。
猛烈な激突音が響き、魔物が一度痙攣した後、急に静かになる。
武器らしい武器を持っていないと思っていたが、盾がこの上ない凶器だった。
そしてトドメに、ナディの魔法が発動する。
「凍れる息吹!」
青白い魔法陣が大口トカゲの上に出現し、それが消えた瞬間、トカゲの表面が白い霜で覆われた。
大きく身をよじったまま、芯まで凍り付いた大口トカゲが完全に動きを止める。
見事な手際に、イリスが口笛を吹いた。
「やるぅ」
カイトたちがホッと息をつき、武器を収める。だが──
「──けど、小さいね」
《うん》
イリスの呟きに、ラズライトは小さく同意する。
2ヶ月足らずで10頭の牛を喰らい尽くしたにしては、この大口トカゲは小さすぎる。
恐らく、まだ成体になっていない、若い個体だ。地面に潜った痕跡を消し切れていなかったのも、経験が浅い証拠だろう。
となると、
《イリス、ちょっと離れてて》
告げて、ラズライトは魔力を巡らせ始めた。
素直に数メートル下がったイリス、斬り飛ばした大口トカゲの前脚を回収しているカイトたち、上空を舞うノラ。それぞれを意識しながら、肉球から地面に向けて、慎重に魔力を放つ。
《──振動探査》
魔力を振動させながら放ち、その反響で探査を行う、地面や水中に適した特殊な探査魔法。
ただし今回は、探査そのものが目的ではない。あえて普通より強めの振動を地面に打ち込むことで、地下に潜む何者かを刺激し、地上におびき出すのが狙いだ。
反応は、思ったより近くにあった。
それを認識した瞬間、全身から血の気が引いた。
──巨大な反応があったのは、イリスの、足元。
《イリス!》
「!!」
ラズライトが愕然としながら叫ぶと、イリスは何も聞かず、即座にその場から飛び退った。
直後、一瞬前まで彼女が立っていた地面が割れる。
──シャアアアアアァァァ!
地面を突き破り、丸太のような巨大な鎌首が現れる。
独特な警戒音は、大口トカゲではない──それよりもっと大きくて、遥かに危険な魔物。
「ツインヘッド!」
一目見て、イリスがその名前を叫んだ。
人間よりはるかに巨大な蛇は、地面から飛び出した勢いのまま──上空を舞う伝令カラスに向けて、大きく口を開けて飛び掛かる。
《ノラ!》
《げえっ!?》




