106.金鉱床探訪(2)
やる事自体は単純だ。白い石や白い岩脈がある石を探して、中に金の粒があるかどうか確認し、少しずつ上流へ移動する。
ただし、その作業を延々と繰り返し、『白い石が見付からなくなるまで』続けるとなると話は別だ。『無い』ことを証明するのは非常に難しいし、何より時間が掛かる。
初心者に石の見分け方を教えながらとなると、なおさらだ。
「タッカーさん、何だか他と違う石を見付けたんですけど…」
探索の途中、明らかに何かの鉱物だと分かる透明度の高い塊をジーンが見付けた。
「ああ、これは方解石だな」
「方解石?」
「卵の殻とかと同じ成分の石だ。これはちょっと面白い性質があってな…試しにこのハンマーで割ってみろ。多分、かなり簡単に、綺麗なひし形に割れるはずだ」
「あ、はい。──え!? これ重すぎませんか!?」
鉱石探索初心者のジーンが、タッカーに渡されたハンマーの重さに目を白黒させている。
「はいはーい。ジーンにはこっち使ってもらった方が良いと思うよ、タッカーさん」
イリスがすかさず自分のハンマーを差し出した。ヘッド部分がタッカーのハンマーより2回り以上小さい。
そちらは常識的な重さだったらしく、受け取ったジーンが安堵の表情を浮かべた。
「うわ、これ本当に重いね」
タッカーのハンマーを持ったイリスが目を見開くと、タッカーが顔を顰める。
「これくらいは普通だろ。お前さん、採取屋のくせにこんな小さいハンマー使ってるのか」
「いやあ、予算の都合で」
イリスはへらりと笑うと、ジーンに石の割り方を教え始める。
タッカーのハンマーを使っているのは、わざとだろう。
「できれば、まずは石の端とか薄い部分とか、割れやすそうなところを狙うと良いよ。それで石の割りやすさとか、割れ方の癖を確かめるんだ。あと破片が飛び散るから、目を保護する魔法か道具があった方が良いかも。ラズライト、頼める?」
《分かった》
ラズライトは即座に防御魔法をジーンの身体全体に掛ける。眼球が保護できれば良いようだが、魔法を掛ける場所を限定するのも面倒なのだ。
「じゃあ、ハンマーはこう構えて」
「こ、こう?」
「もうちょっと柄の先の方を持った方が良いかも──そうそう」
イリスがジーンと共にハンマーを構える。
イリスの前にあるのは、ジーンが持って来たのとは違う白い石だ。多分、目的の鉱床の母岩だろう。
「で、最初はあんまり振りかぶらないで、感触を確かめるつもりで叩いてみて」
イリスが叩いた石は、表面にわずかに傷が入っただけ。
一方ジーンが叩いた石は、
「わっ! 割れた!」
「おー、お見事」
端の方を叩いたらあっさり砕け、バラバラと破片が飛び散った。
《うわ。タッカーの言う通り、全部ひし形だよこれ》
破片を見たラズライトが呟く。
かなり無秩序に割れたはずだが、断面はほぼ平らで、大小、縦横の長さの違いはあれども破片は全てひし形。気持ち悪いくらい整っている。
「すごく不純物の少ない、良い方解石みたいだね」
不純物が入ると結晶構造が乱れるため、ここまできれいな割れ方はしないらしい。
「これって、冒険者の採取対象になるんですか?」
「えっとね…」
イリスがウエストポーチからギルドの買取品目一覧を取り出す。
鉄鉱石事件以降、ちゃんと持ち歩いて確認するようになったのだ──ミスリル原鉱やオリハルコンなど特殊過ぎる鉱石のオンパレードで、ここのところ全く役に立っていなかったが。
「…あった。calcite──これだね」
《ちゃんと値段が付いてるんだ》
「…でも、安いんですね」
ジーンが少し残念そうに言う。
「方解石は、極端に珍しい鉱物じゃないからね。ほら、彫刻とか床に使われてる大理石。あれ、方解石の塊なんだよ」
「そうなんですか!?」
「大量に採れる分、値段も安くなるってわけだな」
タッカーが補足してくれる。
しかし、と髭を撫でながら続けた。
「これだけ純度の高い方解石なら、錬金術師が欲しがるんじゃないか? 確か錬金術の材料に使えるだろ」
「それなら、俺たちの知り合いの錬金術師に訊いてみるか?」
カイトたちが提案すると、ジーンは嬉しそうに頷いた。
「お願いします!」
仲が良さそうで何よりだ。
一方、
《…これ…かしら》
真剣な目で河原の石を検分しているのは、火の精霊のロゼ。
タッカーから『金鉱石は火の魔素を含んでいる事が多い』と教えられ、魔素の気配だけで金鉱石を見付けられるか挑戦中だ。
ヒューマンには難しい芸当だが、タッカー曰く、『火の精霊なら出来るかも知れねぇな』とのこと。
なおドワーフは訓練次第で出来るようになるらしい。
《タッカー、これはどうかしら?》
散々悩んだ末に、ロゼは握りこぶし大の石を拾い上げた。
パッと見は灰色だが、引っ繰り返すと、真ん中に白い帯が入っている。
ロゼから石を受け取ったタッカーは、数秒もしないうちににやりと笑った。
「アタリだ。今まで見た中で一番デカい粒が入ってるな」
《本当?》
「ほれ、ここを見てみろ。この、一見黒っぽいやつな」
《…あ、これね!?》
ロゼがぱあっと顔を輝かせた。
「見せて見せてー。──おお、これすごい!」
「だよなあ」
野次馬に来たイリスがはしゃいだ声を上げ、タッカーがしたり顔で頷く。
イリスは真顔で首を傾げた。
「ロゼ、鉱床探索の才能あるんじゃない?」
《え?》
「ああ。普通、魔素の気配だけで鉱石を探すのは相当な訓練が必要だからな」
「やっぱり? ちょろっと教えてもらっただけで出来る事じゃないよね?」
戸惑うロゼの横で、鉱石マニア2人が盛り上がる。
《ロゼは火山地帯の出身だから、地属性への親和性も高いんじゃないの?》
火山は火と地の魔素が豊富だ。
そこで生まれたのだから、操れるのは火の魔力だけでも、地属性、つまり鉱石や宝石との相性は良いのではないか。
ラズライトが指摘すると、タッカーが目を輝かせた。
「そいつぁ良いな。俺は地属性との親和性しか無いから羨ましいぜ」
「そうなの? それにしては、火の魔力を使う炉の扱いとか慣れてたけど」
「そりゃあ、長年の経験ってやつだ。魔力適性があろうとなかろうと、魔法の道具は正しい扱い方をすれば正しい効果が出るだろ? お前だって、コンロとかライトとか使ってるじゃねぇか」
「そういえば」
鍛冶で使う超高温の炉と、冒険者御用達の携帯コンロやライトといった簡易的な魔法道具を同列に扱うのはどうかと思うが、タッカーにとっては大して変わらないらしい。
…まあ、ドワーフにとって炉は生活必需品に等しいから、そんなものかも知れないが。
「あ、そうだ。道具と言えば、タッカーさん。翡翠の鉱床に太刀打ちできるハンマーとかタガネとかって、作れる?」
イリスが訊くと、タッカーは即座に応じた。
「ああ、作れるぜ。──妙に具体的に訊いて来るって事は、お前、この近くで翡翠の鉱床見付けてんな?」
にやり、何かを企んでいる笑み。
イリスが負けず劣らず悪そうな笑みを浮かべる。
「まあね。場所は内緒だけど」
《内緒って言うか、どう考えてもイリスじゃないと辿り着けない場所だよね?》
ラズライトが突っ込むと、だろうな、とタッカーがしたり顔で頷いた。
「この辺に翡翠があるとは知られてないしな。どうせ、お前さんくらいしか行けない南の半島の台地の上だろ?」
「良く分かっていらっしゃる」
あっさり見抜かれ、イリスが肩を竦めた。
「もう一度ミスリル原鉱とオリハルコンを採って来てくれるなら、タダで作ってやっても良いぜ、翡翠も砕けるハンマーとタガネのセット」
「ホント!? すっごい助かる!」
「その代わり、翡翠が採れたら俺に優先的に回してくれ。装飾に使う事があるからな」
「分かった!」
小躍りして喜ぶイリスの背後、カイトたちが微妙な表情で顔を見合わせる。
「…なあ今、『オリハルコン』って単語が聞こえなかったか?」
「ボクも聞こえた」
「………俺は何も聞いていない」
「………聞かなかったことにすべきだと思うわ、心の平穏のために」




