104.メランジの冬
メランジに来てから、2ヶ月ほどが過ぎた。
季節は既に冬真っ只中。
比較的温暖な地域とはいえ、たまに薄く霜が降りたりする。
そんな中、イリスとラズライトはかなり忙しく過ごしていた。
忙しいは忙しいが、タッカーに納品したミスリル原鉱やオリハルコン、その他各種鉱石の売り上げで懐はすっかり潤っている。
タッカーと共にミスリル原鉱とオリハルコン採取について冒険者ギルドと商業ギルドに報告に行った際には、両ギルド長は見事にフリーズし──カイトたちと懇意になった切っ掛け、ツインヘッドと大口トカゲの討伐の件を報告した時よりも、フリーズ時間が長かった──、思考を明後日の方向へ飛ばしていた。
詳細な報告を求められたイリスとタッカーがジュリアと共に書類に埋もれる羽目になったのだが、最終的に報告書を読んだ面々の結論が『これは内々に収めよう』と見事に一致したので、結果オーライと言えるだろう。
タッカーが『ミスリル原鉱とオリハルコンに関しては、絶対に両方のギルドに報告しておいた方が良い。秘密にしているとバレた時が面倒だ』と助言をくれなかったら危なかった。
イリスとラズライトには、ギルドに報告が必要という認識すら無かった。
他にも、やる事は色々ある。
市長から貰い受けたあの屋敷の改造に関する、各ギルドとの話し合い。
屋敷の中のものを要・不要に分ける仕事。
不用品の売却や改装業者との打ち合わせなど、商業ギルドが一手に引き受けてくれる予定になっている各種交渉の委任手続き。
「ねえ、あの屋敷のせいで忙しさ10倍になってる気がするんだけど」
《気にしちゃダメだよ、イリス》
スピネルとの約束もあるので、スピネルと一緒に南の半島に繰り出す事も多々。
屋敷に関するスケジュールが詰まっていて遠出は出来ないが、タッカーの強い要望を受けたミスリル原鉱のノジュール採取は欠かせない。
「もっと南まで行ければもっと面白い場所があるのに…」
《明後日、ボイラーに関する打ち合わせがあるからダメ》
「お屋敷サマのせいで…」
「クルァっ!」
『上弦の月』のカイトたちに誘われて、イリスがジーンの修行に付き合うこともある。
南の半島ではなく北の平原地帯に行く時は、ラズライトは同行せず、商業ギルド長のハドリーが手配した『洗濯係』候補たちに魔法を教える事になった。
「みんな、できそう?」
《水と風の担当は問題無さそうだね。火の魔法の担当者は、ちょっと苦戦してるよ。調整が難しいって》
もしできそうならばと最初に教えた洗浄魔法そのものは、候補者全員が早々に匙を投げた。
今は分担を決め、個々の魔法の精度を上げている。
「調整が難しいなら…最初から『火魔法は使えるけどそんなに適性が無いから威力が出せません』って人にお願いしても良いんじゃない?」
《あ、なるほど》
お屋敷に忙殺されているのは気のせいだ、きっと。
一方、イリスはすっかりカラスの羽休め亭の長期滞在客として馴染み、近所の住民たちからも気さくに挨拶されるようになっていた。
住民と仲良くなったのは、主にカラスの羽休め亭での夕食の席。
ジェフが帰還したのをきっかけに、近隣住民が以前にも増して夕食を食べに来るようになり、そこでイリスと話をして意気投合する者が増えたのだ。
「いやー、幸せだねえ」
宿の部屋、机の上に近隣住民から貰った石を並べて、イリスがにこにこと呟く。
南の半島で拾ったのではなく、行商人から買った『お楽しみ袋』に色々な雑貨と共に入っていたというその石。
胡散臭さ満載だが、イリスにとってはそういう物こそ楽しいものらしい。
《ねえそれ、どうするの?》
見た感じ、少なくとも金属鉱物ではなさそうだ。
ある程度角が取れていて磨かれている感はあるが、のっぺりした乳白色であまり透明感も無いし、ギルドでも買い取ってくれなさそうな見た目をしている。
《売り物にもならなそうだよね?》
「ふっふーん。甘いなぁラズライト」
イリスが何故か得意気に指を振った。
「見た目はそんなに綺麗じゃないけどね。これ、中身がすごいんだよ」
《中身?》
中身という事は、ミスリル原鉱のノジュールのように割ると何か出て来るのだろうか。
…何かが入っているようなサイズには見えないのだが。
「中身と言うか、正確には共生鉱物なんだけど」
目の前に差し出された石を、じっくり見る。
ぱっと見で別の種類の鉱物が入っているようには見えないのだが──
「これ。ほら、ここの小さい金色のやつ」
《金色?》
イリスが指差す場所に、1ミリにも満たない小さな金色の粒が見えた。
粒と言っても、結晶ではない。
『あちらの世界』の消しゴムのカスのような、不定形で全く硬くなさそうな見た目をしている。
《ああ…あるね》
一応頷くと、イリスは大仰に頷き返して来た。
「これね、金」
《金…。──金!?》
金。ゴールド。
驚愕するラズライトに、イリスがケタケタと笑った。
「そんなにびっくりする?」
《いや、だって金だよ!? そんな風に入ってるもんなの!?》
と言うか、行商人の『お楽しみ袋』の中に入っていて良い物なのか。
「金鉱床の形態は色々あるけど、こういう石英ベースの岩脈も多いからね。そういうのがある地域だと、そこら辺にゴロゴロ転がってるよ」
《そこら辺にゴロゴロ…》
「まあパッと見には全然分からないから、普通の人は気付かないみたいだけど」
《金って、砂の中に入ってるもんだと思ってたよ。ほら、川の中でおっきい皿みたいの持ってガサガサするやつ》
「ああ、砂金採りね」
ラズライトがイメージしていたのは、『あちらの世界』の砂金。
『あちらの世界』のとある国の特定地域では、川底の砂の中にそれなりの確率で金の粒が含まれていて、一昔前まではその砂の中から金を採る仕事が産業として成立していた。
一応、『こちらの世界』にも砂金採りの概念はある。
ただし、実際に採れる確率は低いし、何よりドワーフたちが保有する大規模鉱山の金の産出が非常に多いため、そもそも砂金の買取価格がそれほど高くない。
よって、砂金採りを主な稼業とする者は居ない。
「砂の中にある砂金も、元を辿ればこういう岩脈の中に含まれてたものなんだよ。岩脈が風化したり崩れたりして、岩とか石とか砂になって川に流れて来るわけ。金は変質しないから、金の粒の状態のまま、砂の中に紛れて川底に溜まるんだよね。まあ、流れて集まってくっついて、ちょっと粒が大きくなったりはするらしいんだけど」
《へえ…》
イリスが差し出す白い石を改めて観察すると、中にキラキラとした金色の粒が、見えるだけで5個以上あった。
《結構入ってる、のかな?》
「うん。岩脈全体にこれくらいの割合で金が含まれていたとすると、相当良い金鉱床になるね。これがあった川を特定して上流へ遡って、金鉱脈を探してみても良いかも知れない」
《そんな事できるの?》
「出来るよー。根気も時間も必要だけど」
しかし、金を含む岩脈がどの程度の規模か分からないので、岩脈を見付けたとしても金鉱山として採算がとれるかどうかは未知数。
完全な博打である。
《…それ、割に合わなくない?》
「まあね。正直、金だったらドワーフたちの金鉱山で足りてるし」
では何故金鉱床を探そうとするのか。
理由は単純だった。
「金鉱床の探索って、採掘屋のロマンなんだよねー!」
《……》




