101.街暮らしの風精霊
例によって、イリスの非常識さに頭を抱えるロベルト。
遠い目をしているジュリア。
苦笑しているヴィクトリア。
三者三様のリアクションをただただ見守っていると、ノックの音が響いた。
「何だ」
「ギルド長、シルヴィさんがお見えになりまし──」
男性スタッフの言葉が終わる前に、扉が開く。
「お邪魔するわよー」
のんびりとした声とは裏腹に素早い動きで入って来たのは、痩身の女性。
若葉色の髪に、明るい空色の瞳。ごくごく普通の街の住民といった格好だが、不思議と存在感がある。
何より、その身に纏う魔力が独特だ。
「アインちゃんの紹介で来たのだけど──あらあら」
女性はロゼに目を留めて、嬉しそうに微笑んだ。
「これはまた、可愛らしい子ね」
《えっと…ロゼです》
ロゼが頭を下げると、女性はますます目を細める。
「若いのに礼儀正しいのねぇ。──私はシルヴィ、風の精霊よ。アインちゃんから聞いてるかしら」
《ええ》
シルヴィがロベルトの隣、ロゼの正面の席に座ると、イリスとラズライトも自己紹介を済ませる。
シルヴィは終始楽しそうに目を細めていたが、イリスたちの名前を聞くと不意に真面目な顔になり、深々と頭を下げた。
「娘から話は聞きました。あの子を救ってくださって、本当にありがとう」
途端、イリスが挙動不審になった。
「い、いえ! 偶然持ってた素材を渡しただけですから!」
《そうそう。僕らには無用の長物だったし》
「ふふ…。理由はどうあれ、それであの子の命が助かったのは事実だもの。お礼くらいは言わせてちょうだいねー」
「は、ハイ…」
何故かイリスが縮こまる。相変わらず、お礼を言われ慣れていない。
特に不意打ちには弱いようだ。
「…」
何故かロベルトが眉間にしわを寄せている。
シルヴィを見、イリスとラズライトを見、最後にヴィクトリアとジュリアと視線を交わして──2人には首を横に振られていたが──溜息を吐く。
「…あー、ちょっといいか」
「はい?」
ロベルトは片手を挙げ、
「アインを救ったって、どういう事だ?」
《あ》
解毒薬の材料を探していたカイトたちに出会い、素材を渡したのは、イリスが冒険者になる前のことだ。ギルド関係者には全く話していなかった。
「えっと…」
イリスの目が泳ぐ。ラズライトは咄嗟に口を挟んだ。
《それはまた後で話すよ。今は、ロゼの事を優先してくれないかな》
「あ、ああ。そうだな」
ハッと表情を改めたロベルトが、ロゼに向き直る。
「とりあえず、名前はロゼ、火の精霊で、出身は南の半島南端の火山地帯──ここまでは良いか?」
《ええ》
火山地帯は未踏破地域だというのも脇に置いておいてくれるらしい。
ロベルトはロゼに頷き返し、そのまま続けた。
「ロゼは、この街に居住希望か? それとも、別の──もっと魔素の安定した場所に住みたいとか、そういう希望はあるか?」
訊かれ、ロゼは目をしばたいた。
《…自分で選べるの?》
「ああ。精霊の住む場所は冒険者ギルドの各支部で手配できるようになっているからな。街に住みたいと言えば、どこの街でも拒まれる事は無いだろう」
《…どうして、そこまでしてくれるの?》
「あー…」
ロゼの疑問はもっともだ。ロベルトが視線を逸らし、呻いた。
「実を言うとね」
助け舟を出したのはヴィクトリアだった。
「精霊に住んでもらえると、こちらにもメリットがあるのよ」
《メリット?》
「ええ。精霊の棲み処の周辺は、魔素の流れが潤沢になりやすいの。潤沢って言っても、魔力暴走を起こすほどじゃないけど」
魔素の流れが多くなると、魔法が使いやすくなるし、魔法道具のエネルギー源である魔石の加工もしやすくなる。
あまりに魔素濃度が高すぎると問題だが、精霊の周囲は『適度に』『安定した状態で』魔素濃度が高くなる傾向があるため、人間社会にとって歓迎すべき対象になるらしい。
「特にこの国では、積極的に人間社会に精霊を受け入れているの。冒険者ギルドはそれに全面協力してるってわけ。だから、遠慮することなんてないのよ」
ヴィクトリアが微笑むと、ロゼは少しだけ視線を彷徨わせ、あの、と切り出した。
《私は…この街に住みたい。でも私、魔素の吸収量が多すぎて、魔力をうまく制御できなくて…》
「ああ、そうだったわね。でも…」
アインからある程度事情を聞いているのだろう。シルヴィが首を傾げた。
「それにしては、気配が安定しているみたいだけど…?」
《あ、そっか。魔法解いてなかった》
ロゼには魔力封じが掛かったままだった。
《ロゼ、一旦魔力封じを解くよ。大丈夫?》
《…分かったわ。お願い》
ロゼが頷くのを確認し、ラズライトはロゼに掛かった魔法を解く。
途端、ロゼがびくりと肩を震わせた。
空気がピリッと張り詰めると、シルヴィが素早く立ち上がり、ロゼの手を取った。
「落ち着いて、ロゼちゃん。このくらいの魔素濃度なら大丈夫よー」
《あ…》
「私の魔力を感じ取れるかしら?」
ロゼが目を閉じた。シルヴィの手を通して、魔力を感じ取っているのだろう。
数秒後に小さく頷くと、シルヴィが微笑む。
「どこからどこへ流れているのか、意識してみてね。私が魔素を吸収しているのはどこなのか、放出しているのはどこなのか──」
《…》
とても落ち着いた声だ。ロゼが静かに目を閉じていると、徐々に緊張感が和らいで行く。
「ほら、もう大丈夫でしょう?」
シルヴィが告げると、ロゼは目を開き、表情を緩めた。
《…ええ。ありがとう、シルヴィ》
「うふふ、お安い御用よ、ロゼちゃん」
気安く名を呼び合うあたり、何か通じ合うものがあったらしい。
「どうやら、魔力の制御の方は問題無くなったみたいね」
ヴィクトリアが言うと、ロゼが頷いた。
《ええ。このくらいの魔素濃度なら、何とかなりそうだわ》
「生まれたばかりの精霊には、魔素と魔力の調整が難しいのよねぇ。でも、ちょっとしたコツだったら私も教えてあげられるし、この街なら大丈夫だと思うわー」
「この街なら?」
ちょっと意外な言葉が出て来た。
イリスが首を傾げると、シルヴィは椅子に座り直しながら頷く。
「この街、火の魔石を使う魔法道具がいっぱいあるじゃない。火の魔力持ちなんて大歓迎でしょー? ロゼちゃんのお仕事にも困らなそうよねー」
「ああ、確かに」
ジュリアが肯定した。




