プロローグ
──ネコという生き物には、秘密がある。
「 」
自分の名を呼ぶ声がする。
かすれて、震えて、言葉にもならない、そんな声が。
でも。
(うん、聞こえてるよ)
霞んだ視界。
荒く掠れた呼吸。
痙攣するように不自然に脈打つ、心臓の音。
万が一の可能性に賭けていた点滴でぱんぱんに膨らんでしまった体は、もう動かす事すらできない。
でも、聞こえる。
聞き逃すはずがない。
だってその人の声は、ずっと自分を呼んでいて。
自分は、ずっとその人の声を聴いていたのだから。
「 、ねえ──」
その病は、発覚した時には手遅れだった。
ネコにはありふれた病。ただ、自分の年齢で発症するのは稀だった。
若くて体力があったから、自分自身の異変に気付かなかった。
食欲が落ちて初めて、その人が気付き、自分も気付いた。
ああ、これはもう──今生は、終わりなのかもしれないと。
病院に連れて行かれ、入院しての治療で一度は回復したように見えた体。でも、自分には分かっていた。これは一時的なもので、すぐにまた元に戻る。
自分とその人が覚悟を決めるための、猶予期間を与えられたに過ぎないのだと。
二日後、また食事を残した自分に、『食欲無いか。そっか、良いよ、無理しないで』と笑って言ったその人は、その後、洗面所で泣き崩れていた。
──泣かないで、と、伝えたかった。
その頃にはもう、自分も理解していて、その時が来ることを受け入れていたから。
けれど、自分はネコで。
その人は人間で。
人間だから、その人は諦めきれずに、また自分を動物病院へ連れて行った。
また入院をして、けれど予想通り、今度は回復の予兆も無くて。
三日後、獣医にその事実を告げられたその人は、その人に寄り添ってくれる人と共に、自分を家に連れ帰ってくれた。
最期は、家で。その願いを汲み取ってくれた。
そして、それからさらに四日経った今、自分は、その人と、その人に寄り添う人と、一緒に暮らした仲間たちに見守られながら、旅立とうとしている。
「 」
その人と、寄り添う人が、自分の名を呼ぶ。何度も、何度も。
優しい手が、体を撫でてくれる。柔らかいベッドに横たえられた体を。
(ああ、もう…終わりかな…)
心は不思議と平静だった。ふう、と息を吐いて、吐いて──吐ききって。
──吸う事は、できなかった。
「…!」
その人と、寄り添う人が、息を呑む気配。
名を呼ぼうとした口が、一度ぐっと引き結ばれて、無理矢理笑みの形に緩む。
「一緒に生きてくれて、ありがとう。大好きだよ、 ──」
「 、ありがとう…」
(あ…)
二人の震える声が紡いだのは、引き留める言葉ではなく、感謝の言葉。
──ああ。こんな人たちだからこそ、自分は。
(ぼくの方こそ、ありがとう)
「またいつか、会おう、ね…」
(うん、また、いつか)
涙を流しながら、ぐしゃぐしゃの顔で、それでも笑みを形作って、送り出してくれる人たち。
一緒に暮らした仲間たちは、全て承知の上で、無言で見送ってくれる。
こんなにも穏やかな最期があっただろうか。
暗くなる視界。
遠くなる気配。
添えられた手の暖かさも、鼻先に落ちた涙の冷たさも、全て等しく呑み込んで、闇が自分を包み込む。
そこから先は、いつもと同じだ。
──ネコという生き物には、秘密がある。
ネコの中には、様々な人間に飼われながら、100万回、生と死を繰り返した者もいるという。
けれど、冷静に考えてみてほしい。
ネコ──『イエネコ』という生き物が地上に登場してから、まだ1万年も経っていない。
100万回生きたそのネコの、1回の『一生』が1年程度だったとしても、『100万回生きる』事は不可能だ。
──この世界の常識に照らすならば。
──ネコは、生を繰り返す。
けれどその生は、『この世界で』とは限らない。
世界は、ヒトが認識するより複雑で。
ネコは、ヒトが認識するより複雑怪奇な生き物なのだ。
──叶うなら。
──次の生は、大切な者を残し逝くのではなく、
自分が相手を見送れるくらい、長く長く、生きられますように。




