ある→昔話に花は咲く
黎明と玖楼はそれから共に育った。気づけば、黎明は二十才に、玖楼は十八才になっていた。
玖楼に付き合い武術を習ううちに、黎明はその才を発揮する。映家に生まれてくれていたら……。と父に言われるほどだった。
玖楼だとて負けてはいない。しかし、いつも褒められるのは黎明なのだ。
「将軍は玖楼に期待しているのだろう。他人の子は手放しで褒められるが、実の息子は『もっと』と欲が出る。それに、玖楼は褒められると調子にのるのがわかっているのだろう」
「黎明はよくわかってらっしゃる。俺のことも、親父のことも」
「もう随分と世話になっているからな」
「……本当に戻るのか?」
長らく映家で暮らしていた黎明だったが、生母の実家へと移ることになったのだ。
「兄が即位したばかりだが、まだ宮中は落ち着かないようだ。私が映家にいれば、将軍に迷惑がかかる」
「迷惑なんて気にせず、ずっとここに居ればいい」
「そうはいかない。私に残された命はあと五年。もし、何かあってもそれが短くなるだけだ」
「馬鹿言えっ! そのよくわからん占いだって信じられたもんじゃない!」
黎明が生まれたころ、名のある占い師が言ったそうだ。彼は二十六才の朝を迎えられない、と。それゆえ、彼は幼くして宮中を離れ、生母の育った高州にやってきた。
それを知ったのは、黎明と打ち解けてからだいぶ先だった。
「おそらく、その占いは本物だ。だから、玖楼は自分のことだけを考えていればいい」
「馬鹿は休み休み言えよ!」
「休んでいたら、日暮れまでに到着できなくなるだろう」
黎明はわずかに笑って言った。
「笑い事じゃない! おまえがいたから俺はここまで頑張ってこれたんだ。俺は絶対おまえを死なせないかな! やっぱり、出て行くなんて言うなよ。ここにいろ。ここなら安全だ! 親父だって、話せばわかってくれる」
――強さがほしい。どんなに技を磨いても、どんなに勉強しても、友を一人守ることすらできないなんて……。
玖楼は拳を握った。
頭ではわかっている。映家に黎明が身を置いていれば、謀反を起こすと思われても仕方ない。それを理由に軍を向けられれば、映家どころか高州全体が火の海になるだろう。
黎明が出て行くのが全員にとって安全なのだ。理解はできていても、感情は追いつかなかった。
胸騒ぎがする。
「安心しろ、玖楼。私は二十五までしか生きられない。つまり、あと五年は生きられるということだ。落ち着いたら、また遊びに来よう」
まるで子を宥めるような優しい声だ。
――二才しか違わないというのに、兄貴面しやがって。
「……わかった。ならば、まずは二十五まで生きろ。二十五からは俺が守る。二十六の朝、二人で酒を飲むぞ」
「そうだな。いい酒を用意しておこう」
たったそれだけの約束をして、黎明は映家を出て行った。その後すぐに従兄弟の娘を引きとったと聞く。
そして皇帝が急逝し、黎明に白羽の矢が立ったのだ。
「と、言うわけで、私は後宮に入ったのよ」
ヒョロヒョロとした身体がずっと嫌いだった。しかし、今はとても助かっている。首元を隠して化粧を施すだけで、誰もが少し背の高い女だと疑わない。
宮中に黎明の味方は少なかった。
幼いころすぐに外へと出された皇子に、味方するような者はごく稀だ。常に黎明に付き従う宦官たちも一筋縄ではいかない。彼らには野心しかないのだから。
「って、寝てるじゃない。いい話してたのよ?」
玖楼は大きなため息を漏らした。自由気ままなお姫様は一人夢の中。話をどこまで聞いていたかわからない。
身体を丸くして眠る様は、猫のようである。頬をつつくと、小さく眉をひそめた。
「あなたには感謝しているわ。あいつが、生きる意味を見出してくれたんだもの」
黎明は自身の運命を嘆きはしなかった。どちらかというと、諦めていたように思う。
――あいつは、いつ死んでも問題ないように、宮中に味方を作らないようにしている。
次の皇帝に国を託すために。嫌われ者でいようとしているのだ。
けれど、この数ヶ月で黎明は変わった。いつもどこを見ているのかわからない目がしっかりと未来を見るようになったと思う。
「まさか、あいつを変えたのがこんな小さな子どもとは想像もしてなかったんだけど」
愛紗の柔らかな頬を摘んでも、彼女は顔をしかめるばかりで、起きることはない。
「なんだ、こんなところにいたのか」
「あら、れい――……いえ、陛下」
「人払いしてある。気にすることはない」
「なら。……黎明こそこんなところにどうしたのよ。……こんなところではないわね。うちの子たちが可愛い子の顔を見によくここに来ると噂していたわ」
「何を話していた?」
「黎明お父さまの昔話よ。この子、あなたのことが大好きなのね。あなたの話ばっかり」
「……そうか」
黎明は目を細めて愛紗を見下ろす。変化ないように見える表情だか、玖楼にはわかる。うれしいのだと。
愛おしいと言わんばかりの笑みで愛紗の頬を撫で、乱れた髪を整える。
――こりゃあ、当分、俺は妃のままだな。
黎明は後宮に住まう多くの女に寵を与えられるほど器用ではない。玖楼が黎明の側にいる方法として妃を選んだが、何もそれ以外の方法がなかったわけではなかった。
宦官のふりをすることもできたし、父親の力で側にいることも可能だっただろう。それをしなかったのは、ひとえに黎明のためだ。
――不器用な男が一人の女を愛せる場所を守るために……なんて思ったけど。
とうの本人は娘にご執心である。
映貴妃が寵愛を受けているあいだは、宦官も大きな声で新しい妃の話はしないだろう。
黎明を変えるのは、共に未来を歩む女だと思っていた。まさか――……。
――愛する女ができる前に、娘ができるのは誤算だったわ。
はぁ、とため息を吐く。黎明はそのため息すら気にする様子もなく、愛しい娘の寝顔を飽きずに眺めているのだ。
1日ほど投稿期間あけまして、投稿再開します。
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