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【WEB版】もふもふ後宮幼女は冷徹帝の溺愛から逃げられない ~転生公主の崖っぷち救済絵巻~  作者: たちばな立花
第四話:正面対決!仙vs鬼 ときどきお父さま

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すぅ→鬼のほのお

 尚心しょうしんが飛び上がる。

 

 人間とは思えないほど高く、高く。愛紗あいしゃは呆然と空を見上げた。そのまま飛んでいってしまいそうなほど高かったのだ。

 

 幾ばくかして、暗器の雨が降る。矢の先のようなもので、黎明れいめいと愛紗をめがけて飛んできた。黎明はそれをたった一本の剣でなぎ払う。

 

 暗器は全て地に突き刺さった。

 

「おおっ!」

 

 緊張感のない声は愛紗のものだ。助太刀するわけにいかず、お荷物同然で心苦しさを覚える。

 

 空から降りてきた尚心が不気味な笑みを見せる。

 

「陛下がこれほどまでに腕が立つとは思いませんでした。予想外だ。予想外で面白い……」

 

 鬼は殺戮を好むと聞くが、それ以上に争いが好きなのかもしれない。

 

「ただ蹂躙するだけではつまらないと思っていたんですよ。強い男が無様に倒れる姿はきっと滑稽でしょう。肉の塊では葬儀も大変だ。美しいお顔だけはそのままにしておいてさしあげます」

「残念だが、葬儀の予定はない」

 

 次は黎明が攻撃する番だ。剣を片手で振り上げると、尚心に向かって振り下ろした。武器を持たない相手にも容赦しない。冷徹帝と呼ばれるだけはある。

 

 尚心は武器を出すわけでもなく、己の腕を盾にした。

 

「あっ! 尚心が傷ついちゃう!」

 

 愛紗は叫んだ。鬼は言っていた。肉体は尚心のものであると。鬼もそのつもりで腕を盾にしたのだろう。

 

 しかし、振り下ろされた剣は尚心の腕を切らなかった。尚心の腕から炎が上がる。

 

「ひっ……!」

 

 尚心の叫び声がこだました。振り払っても、振り払っても炎は消えない。

 

「お父さま、尚心が燃えちゃう!」

「大丈夫だ。この剣に人は切れない。……燃やすのは鬼の魂のみ」

 

 黎明は再び剣を構え、炎と踊る尚心の胸めがけて突き刺した。

 

「がっ……な、ぜ……?」

「地界で自慢するといい。これが、魂殺剣こんせつけんの味だ」

「なぜそのような物が……」

「父が私に残してくれたものだ。いつかくる運命に立ち向かえるようにと。まさか本当に使う日が来るとはおもわなかったが」

 

 ぐっと黎明の手に力が入った。剣のつけた傷から炎が湧き出る。しかし、血の一滴も溢れてはこない。

 

 愛紗は呆けたように見入ってしまった。

 

 ――魂殺剣って本当にあったんだ。

 

「我が臣は返してもらおう」

「……ひひひ。私を殺したからと言って、安心するな。鬼は何度だっておまえの命を奪いにくるだろう」

「残念だが、この命を簡単に差し出すつもりはない。……残したくない者ができた」

 

 黎明が尚心の胸から剣を引き抜くと、燃えさかる炎は尚心を包み混む。叫び声が大きくなり、そして消えていった。

 

 炎から現れたのは、怪我一つしていない男。衣すら破れてはいない。黎明は、尚心に近づくと二、三肩を揺らした。

 

「尚心、起きよ。尚心」

「う……ん……。へ? 陛下?」

「目が覚めたか?」

「陛下……? なぜこのようなところに?」

「それは私の台詞だ。庭園で眠りこける者があるか?」

 

 尚心は慌てて起き上がると、きょろきょろと辺りを見回す。狐にでもつままれたような顔で黎明と周りの景色を行き来している。

 

「なぜ……」

「少し疲れたのだろう。今日は部屋に戻り、休息を命じる。明日の朝、秀聖殿へ顔を出せ」

「はい。かしこまりました」

 

 尚心は首を傾げながらも、ふらふらと提灯の明かりのないほうへと消えていく。

 

「お父さま、尚心はどうしたの?」

「鬼に取り憑かれた者は、その間の記憶が消えるらしい」

「じゃあ、今のこと何も覚えていない?」

「ああ、明日確かめるといい」

「あい」

 

 黎明は愛紗の頭を撫でた。この手に撫でられるのは嫌いではない。彼は猫を撫でる達人であると同時に、子どもを撫でる達人でもあると思う。

 

 されるがまま目を細めていると、黎明が小さく笑った。

 

「泣きわめくかと思ったが、愛紗の心臓には毛が生えているのだな」

「あ。……もう、大人なので?」

「そうだったか。愛紗に何もなくてよかった」

 

 黎明は愛紗を抱きかかえたまま、提灯の明かりの中を歩く。赤の提灯が揺れるたびに影が踊る。

 

「お父さま、綺麗ね」

「ああ、提灯を下げているという話は聞いていたが、こんなに綺麗だったとは知らなかった」

「皇帝陛下が迎えにいけない代わりだって聞きました」

 

 愛する人を迎えにいけない。代わりに赤い提灯に気持ちを込めるのだろう。

 

「ならば、私はこの景色を初めてみた皇帝といえよう」

「あい。あたしも初めて皇帝とみた娘ということで」

 

 赤い提灯が揺らめく。ずっとずっと先まで続いて二人の道を照らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 愛紗はご機嫌に鼻歌を歌う。黎明と朝餉を共に取った帰り道。雛典宮すうてんきゅうの門の前には十然じゅうぜんが待っている。

 

「姫さん、ご機嫌だなぁ」

「そりゃあ、鬼をぱっぱと追い払って一件落着だからよ!」

「おおっ! ついに?」

「そ。使えない十然がここでボーッとしているあいだにちゃっちゃと片付けたわけ」

 

 正確には黎明のおかげなのだが、愛紗も十分戦った。なので、少しくらい手柄を横取りしてもいいだろう。

 

「さすが姫さん。これで当分はゆっくりしてられるな」

「そうね! 今日は勝利の美酒を飲みたい気分よ!」

「はいはい。山羊の乳をたんまりもらってきてやるよ」

 

 愛紗は鼻歌交じりに木箱を開ける。鬼を退治した今、運命録うんめいろくが示すのは黎明の退屈な毎日だろう。しかし、日課となっていた。

 

『夜伽の際、寝所にて暗殺』

 

「十然、あたし目がおかしくなったかも『暗殺』って書いてある」

「姫さん、残念だが俺の目にも『暗殺』って見えるな」

「そ、そんな……! 昨日バッチリキッチリサクッと燃やしたのに!?」

 

 まだまだ愛紗の試練は終わりそうもない。

 

 

 第四話 おしまい


ここまでお読みいただき、誠にありがとうございました!

これにて、【第一章完結】です……!


次回、第二章は奇人……いやいや、鬼人きじんの王子様現る!?ということで、変態で変人な鬼人王子様が現れててんやわんやする予定でございます。


第一章、面白かったなー続きも読みたいな!という方は広告の下にある☆☆☆☆☆を★★★★★に色を塗っていただけましたら、作者のやる気に繋がります。

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