い→久しぶりの暗殺予告
最後に黎明が殺されそうになってから十日が経った。愛紗と黎明は毎日、同じ寝台で寝起きし、朝餉まで共にするようになっている。
大きなあくびをした愛紗に、十然は面白そうに笑った。
「どう見ても、姫さんが寵妃だな」
「馬鹿言わないでよ。あたしはただの娘だもん」
「毎日一緒に寝て、飯まで食って戻ってくるんだ。これを寵妃と言わずしてなんと言う? だが、このままだと映貴妃に嫌われるんじゃないか?」
「あー……たぶん、映貴妃は喜んでいるから大丈夫」
十然は意味がわからないと言ったように首をひねったが、愛紗は言葉を濁した。映貴妃が男であることは誰にも秘密なのだ。十然に言っても問題はないと思うが、約束は約束。
猫族は義理堅い一族である。
「最近鬼も現れないし、諦めて帰ったんじゃないか?」
「そうかなぁ。そんな簡単かな?」
気持ちの緩みきった状態で、愛紗はいつものように運命録の入っている木箱を開けた。
『夜半、鬼により殺される』
「……あたし、運命録に『鬼』って文字を初めて見た」
「そうだなぁ。鬼に殺されるんだとさ」
「夜半……。今までは夜伽の際~だったけど、今回は夜半になったのよ」
「時間としては変わらないから、場所が違うんじゃないか? 今までは寝所を狙われたけど、今回は違う」
「そっか。でも今日もお父さまと普通に寝る約束をしているのよ」
特別なことがない限り、夜半に黎明が他の場所を歩き回るとは限らない。
「寝所にいられない理由ができるんじゃないのか?」
「……火事とか?」
「賊が入るとか、な」
「じゃあ、今日は寝所にずっととどめておくのも危ないってことね」
「そういうこと。もしかしたら鬼も本気を出して来たのかもな?」
「本気……。これ以上面倒なのは嫌……」
今までのことを思い出し、愛紗は頭を抱える。愛紗はこの試練を受けたことを少しばかり後悔した。鬼に狙われやすいと聞いてはいたが、ここまでとは思わなかったのだ。
ときどきちょちょいと相手をすればあとは終わりだと信じていた。
ここひと月あまりの愛紗は鬼に振り回されっぱなしである。
太陽が大地に溶け、夕餉を食べ終えた愛紗は空を見上げた。
「月がお休みだ」
人間界では月が満ち欠けする。月に一度、姿を消すのだ。くるくると回り、全方位確認したが、星がきらめくばかりだった。
「愛紗様、お迎えにあがりました」
夜伽の迎えは尚心の仕事。今日も尚心はにこやかな笑みを見せる。
「尚心、今日は月がない日ね」
「そうでございますね」
「星がいつもよりキラキラしている」
「そうでございますね」
「提灯もいつもより明るく感じる」
「そうでございますね」
雛典宮から黎明の寝所までは遠い。今日の尚心はいつもよりも早歩きだ。月明かりのない夜は赤い提灯がよくはえる。
いつも上ばかり見ていたが、赤い影が足下を彩っていることに気づいた。赤に映し出される愛紗の存在。まるで、世界に一人になったようだ。
「……尚心、鬼って本当にいると思う?」
「どうしてそのようなことを?」
「この前、お父さまにご本を読んでもらったの。『夜鬼伝』っていうのよ」
「これまた難しい本をお読みなのでございますね」
「あい。もうあたし、大人なので」
愛紗はピタリと足を止める。この辺りは無人の宮殿が建ち並ぶ場所だ。高い塀の向こうには誰もいない。
尚心と愛紗の二人きりだ。
「お父さまに教えてもらったの。鬼はね、影ができないんだって」
「そうでございますか。ではすぐに見つけられますね」
「ねえ、尚心。あたし知りたいことがあるの」
「どのようなことでございましょうか?」
尚心がゆっくりと振り返る。
「ね、さっきからなんで殺気を抑えないの?」




