うぉ→面倒ごとは増やしたくないのに
寝所で黎明と映貴妃は向かい合って座る。他の太監や女官は追い出されてしまった。
「どういうことか、説明してくださるかしら?」
女性としてはやや低め、男としては高めの声が、怒りでもっと低くなる。頬に傷を作った映貴妃は、紗紗の首根っこをつかんだままだ。
「みゃあ!」
――鬼め! 離せ~!
「紗紗を離してやれ。怖がっている」
「黎明が甘やかすからこんなことするのよ。いい、猫はちゃんとしつけなさい」
「悪気があったわけではないだろう。きっと、愛紗が中にいると思って慌てていたのだ」
「この子、愛紗様の猫だったわね。……飼い主に似るのかしら。向こう見ずなところがそっくり。愛紗様がここに来たときも勝手に人の寝所に入ってきたし」
映貴妃の大きなため息が部屋を駆け巡る。
そろそろその手を離してほしい。愛紗は必死にもがいた。前足と後ろ足をばたつかせ、主張しているが映貴妃は全く手を離そうとはしない。
「みゃあ~!」
「そろそろ離してくれ。紗紗が嫌がっている」
ようやく映貴妃の手から救い出され、愛紗はほっと胸を撫で下ろした。映貴妃はどうも乱暴で好きになれない。
相手が鬼でなければ、いまごろ黎明を置いて逃げ出しているところだ。
「で、愛紗様を探しに来たのだったかしら?」
「ああ、今朝までは一緒だったんだが、紗紗を探して帰ってきていないらしい」
「大丈夫じゃない? 後宮からは出られないわけだし」
「あの子はまだ五つだ」
「黎明が思っているほどやわじゃないって。あの子は逞しいわよ」
「みゃあ!」
映貴妃の援護のために声を上げれば、黎明の大きな手が頭を撫でた。
「紗紗も愛紗を心配している」
違う!
「みゃあ~」
「こんなに悲しそうな声を上げている。安心しなさい。私が探し出してやろう」
紗紗が鳴けば鳴くほど、黎明は決意を固くする。愛紗はどうしていいかわからなくなった。仙術を使ってからまだ一刻も経っていない。術が解けるのは昼餉の時間を過ぎたあたりか。
これ以上大事にされては困る。しかし、愛紗になすすべはなかった。
「他に、愛紗が行きそうな場所は知らないか?」
「愛紗様が行きそうな場所ねぇ~。……あ、そういえばこの前うちの女官たちが噂していたわ。先帝の妃嬪たちが愛紗様を籠絡しようとしているって」
「みゃっ!?」
「誠か?」
「噂だけどね。どこまでが本当かはわからないけど、噂が立つってことは先帝の妃嬪と愛紗様は会ったことがあるということよ」
「そうか」
黎明は映貴妃の言葉を受けて立ち上がる。
――もしかして、あそこに行く気なの!?
「みゃぁ~」
先帝の妃嬪が集まる宮は、魑魅魍魎が住まう魔窟のような場所だ。寵を得られず終わった者たちが、ただ生かされているような場所である。
しかし、彼女たちだって、ただ後宮の空気を吸い、飯を食べているわけではないことを愛紗はよく知っていた。数多の争いから這い上がり、更に、殉葬を免れた運気の強い者たちだ。
黎明の妃として返り咲くことを虎視眈々(こしたんたん)と狙っている節がある。
「みゃあ!」
「ああ、そこに愛紗はいるかもしれない」
「みゃあ~」
「わかっている。寂しいんだな」
黎明と紗紗の会話は成り立たない。
――鬼退治だけでも大変なのに、これ以上面倒は増やしたくない!
黎明に関わる者が増えれば、彼が鬼以外から狙われる可能性も上がってくる。鬼ですらこの有様なのに、人間にまで狙われてはかなわない。
愛紗の心など、黎明は知るよしもなかった。慣れた手つきで子猫を撫で回し、宥めようとしてくるのだ。
ああ、無情。愛紗はその手に降参するほかに選択肢はなかった。つい、腹まで許してしまう。
「ほら、早くいかないと、愛紗様が妃嬪の餌食になるわ」
映貴妃は黎明よりも早く立ち上がった。黎明の手が止まる。
「なによ、その顔」
「まさかおまえも行くのか?」
「ええ、あなた一人で行ったら変な噂が立つでしょ? 『映貴妃に飽きて、他の女に手をだそうとしている』って。そうしたら大変よ? 今以上に『うちにも年頃の娘が』って話が舞い込んでくる。別に私はいいのよ? 黎明がたくさん妃嬪を迎えても。睡眠時間が増えるし」
「……わかった。すまないが付き合ってくれ」
「ええ、もちろん」
悪そうな顔で映貴妃は笑う。先帝の妃嬪に会う上に、鬼が取り憑いているかもしれない映貴妃が一緒だ。愛紗は頭を抱えた。何からどう守っていいのかわからない。




