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【WEB版】もふもふ後宮幼女は冷徹帝の溺愛から逃げられない ~転生公主の崖っぷち救済絵巻~  作者: たちばな立花
第二話:黎明の寵妃の秘密

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ちぃ→消えた映貴妃

 日が昇れば、黎明れいめいが起きる。遅くまで執務を行い、朝早く起きる。彼はこんなに短い睡眠時間で倒れないのか、愛紗あいしゃは心配になった。


 けっして、親子の情が湧いてきたわけではない。愛紗は彼を爺様になるまで生かすという使命があるのだ。


 愛紗は毎朝、黎明の優しい手で目を覚ます。柔らかで心地よい手つき。頭を撫で、首をさすられれば、せんとしての誇りなどぽいっと捨てて腹を見せてしまう。


 ただ、猫のフリをしているだけ。彼に正体が露見すれば、ややこしいことになるから、愛らしい猫のフリをしているのだ。これは仕方のないことなのだと言い聞かせる。


「へぇ~。これが愛紗様の猫ねぇ~」


 黎明の横から映貴妃えいきひが顔を出す。愛紗は思わずその顔をジッと見つめた。


 刺客が現れたとき、彼はいなかったのに今はいる。つまり、刺客が来る前に寝所を出て、刺客が消えてから戻ってきたということだ。


「名前は?」

「わからない」

「毎朝遊びにくるんだろ?」

「愛紗が代わりに置いていくんだ。名前は聞いたことがない」

「子猫をね~。当の本人は自分の部屋で眠っていると? おまえ、嫌われているんじゃないか?」


 黎明の撫でる手が止まる。手を叩いて見たが反応はなく、甘噛みしても微動だにしない。


「……嫌っている相手と夜一緒に寝ようと思うか?」

「好きなのに、朝消えるか? もしかして、いびきがうるさいとか?」

「いびきをしていたか?」

「いや。でも、いつも夜遅くまで仕事をしているから、ぐっすり寝ちゃうだろ? 気づいていない可能性もある」


 映貴妃の言葉に、黎明は「いびきか……」と真剣な面持ちだった。愛紗が違うと教えることはできないだろう。今は子猫で、言葉が話せない。そして、愛紗はこの話を知り得ないからだ。


 不憫に思い、慰めてやろうと身体を押しつける。けっして、撫でてほしいからと催促しているわけではない。


「ああ、すまない。おまえのことを蔑ろにするつもりはなかったんだ」


 黎明は、慣れた手つきで子猫を撫でる。時折愛おしそうに目を細める姿に、映貴妃はただ苦笑を漏らした。


「そんなに気になるなら、愛紗様に聞いてみたらどうだ?」

「なにを?」

「なぜ朝いないか。気になるんだろう?」

「気にはなるが、もし『いびきがうるさいからだ』と言われたらどうする?」

「おまえは相変わらず繊細過ぎだ。臣下が見たら驚愕するだろうなぁ」


 映貴妃は笑いながらも、器用に襦裙じゅぐんを着ていく。くるくると髪を結びあっという間に準備を終わらせた。


 男である以上、女官に着替えを手伝わせるわけにはいかないのだろう。関心しながらも、愛紗は黎明の容赦ない撫でに翻弄されていた。


 いつもよりも執拗に撫でられるのは、考えごとがはかどっているせいか。


「みゃあ!」

「ああ……すまない。遊びすぎたな」


 黎明が子猫の頭を一撫でする。優しい手つきに戻ったが、心はどこかに行ってしまったようだ。


 程なくして、太監たいかんが黎明を呼びに現れた。彼の足下からこっそりと顔を出すと、尚心しょうしんではなく如余じょよだ。寝所の管理は尚心の仕事だったはずだが、朝儀からは如余がつく。ちょうど入れ替えのときなのだろう。


「そろそろ朝儀ちょうぎのお時間でございます」


 黎明は如余の言葉に頷くと、寝所をあとにする。先ほどまでの面持ちはいつの間にか消えていて、いつもと変わらない。


 けっして朝儀に出た臣下は、彼が「いびきがうるさいかもしれない」という悩みを抱えていることなど知るよしもないだろう。


 映貴妃とともに寝所に残された愛紗は、彼を見上げた。


 ――もし、今朝の暗殺者がこの人なら、腕に傷があるはず。


 今は衣が幾重にも重なり、隠れている。どうやって引き剥がすか。それが問題だ。


 愛紗が頭を悩ませていると、彼の手がずいっと伸びてきた。ぐりぐりと頭を撫でられる。


 黎明とは違うが、ゴツゴツとした男の手だ。乱暴な手に愛紗は爪を立て抗議する。


「いたっ! 黎明とはえらい違いね」


 いつの間にか女性・・に戻った彼は、子猫を見下ろすと眉を潜める。そして、一本の線ができた手の甲を見た。


「私はこの後宮で一番偉い貴妃きひなのよ? 私を傷つけたらどうなるかわかる?」


 彼の口角は三日月のように上がっていたが、目は笑っていない。その顔があまりにも怖くて、愛紗は一歩、二歩と後ろに下がった。


 しかし、何歩も後ろに逃げれば、いつか終わりは来るもので。昨日隠れていた木箱に尻が当たる。


「もう逃げられないわよ」

「みゃ……」

「うりうりの刑よ!」


 映貴妃の両手が子猫を襲う。少し乱暴で予測不可能な手が頭や脇腹を撫で回していく。


「みゃっ!」

「観念なさい。黎明には好きに触らせて、私にはだめなんて許さないんだから」


 右に逃げれば左から、前に逃げて追ってくる。背を撫で、腹をこねくり回され愛紗は叫んだ。


 どのくらい格闘していたかわからない。女官がおずおずと声をかけるまで続いたのだ。





 ひどい目にあった。子猫の姿でふらふらと庭園を横切る。気持ちのいい朝日が愛紗を包んでいたが今はそれどころではない。


 映貴妃の乱暴な手つきを思い出し、愛紗は小さな身体を丸くする。


 ――絶対、映貴妃が暗殺者だ! 鬼に操られているんだ!


 そうでなければ、あんな非情な真似ができるはずがない。


 とぼとぼと雛典宮すうてんきゅうまで辿り着けば、門の前で十然じゅうぜんが子猫の愛紗を見つけ、抱き上げた。


「お。姫さん、おかえり。うまくいったか?」

「みゃあ~」

「そうかそうか。一時はどうなるかと思ったがよかったよかった」


 うんうんと頷いているが、愛紗の悲壮は気持ちは一切通じていなかった。黎明の訃報が届かない限り、十然にとっては「うまくいった」の類いに入るのだろう。


 十然はまっすぐ愛紗の部屋へと連れて行く。すでに五日目。これが日常になっていた。彼は慣れた手つきで木箱から運命録うんめいろくの欠片を取り出すと、子猫の前へと差し出す。


 どうせ、また「夜伽の際、寝所にて暗殺」なのだろう。もう五日間、変わらないのだから。


「みゃ……?」

「お。今日は違うな」


 愛紗と十然はまじまじと運命録の欠片を見た。


「ええと……。『滞りなく執務を執り行う』だそうだ」

「みゃあ?」

「つまり、今日は暗殺されずに平和に暮したってことだろう?」


 愛紗は呆然と運命録を見る。確かに、十然の言うとおり、「滞りなく執務を執り行う」と書かれている。命が危ぶまれるような言葉は一切なく、よくあるつまらない一日を示唆しているようだった。


「よかったな。今日はゆっくり眠れる」


 十然の手が愛紗の頭を撫でる。少しずつ慣れてきたのか、手つきは優しい。黎明の撫でには適わないが。


 ――なんで? まだ捕まえてもいないのに。


 何が原因なのかわからない。しかし、運命録が間違うことはけっしてないのだ。


「みゃあ~?」


 ――でも、まぁ……いっか! 今日の夜はゆっくりしちゃおう!


 子猫は大きなあくびをする。黎明に会いに行く前の平和に一日に期待をよせ、人間に戻るまでの時間を睡眠にあてることにしたのだ。


第二話 おしまい


お読みいただきありがとうございます。

明日から三話続けて幕間そのにをお届けします。


暗殺者が現れない久しぶりの夜。愛紗は黎明と"夜伽"をするつもりはなかったものの、黎明は違ったようで……


みたいな話です。

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