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【WEB版】もふもふ後宮幼女は冷徹帝の溺愛から逃げられない ~転生公主の崖っぷち救済絵巻~  作者: たちばな立花
第二話:黎明の寵妃の秘密

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すぅ→夜伽の時間

 術を使ってから三刻すれば、猫の姿から人間の姿に戻る。五歳の子どもが入るのにちょうどいい木箱を見つけ、愛紗あいしゃはその中に入った。


 これなら、すぐ近くで見張ることができる。映貴妃えいきひ黎明れいめいを殺す前に対処できるだろう。


 愛紗は小さな身体をくねらせ、背中に巻かれた荷物から抜け出す。十然じゅうぜんの手によって固く縛られた風呂敷を爪でひっかいた。


「みゃっ」


 格闘すること半刻。中から出て来た大きな饅頭まんじゅうについ声を上げてしまう。子どものときに見るよりも大きくみえるそれは、三刻以上ここに留まるための食料だった。


 作ってもらったばかりなので、まだわずかに温かい。手で優しく押すとふわふわとしている。今すぐにでも食べたいが、これは非常食。


 すぐに平らげては残りの待ち時間が辛くなる。愛紗は猫の手で器用に風呂敷の中に丸めると、小さく丸くなる。


 今日は朝から忙しかった。黎明と映貴妃がここに来るのは夜が更けたころだ。まだ時間がある。少しくらい寝ても構わないだろう。


 真っ白な指先をペロリと舐め、頭をかく。子どもの身体もだが、子猫の身体もすぐに眠くなるのだ。大きなあくびを一つすると、愛紗はしばし、現実から離れていった。





 人の声で目が覚める。はじめは何を言っているかわからなかったけれど、次第にそれが鮮明になっていった。


「おい、寝るな」


 聞き慣れているが聞き慣れていない声。その声の持ち主はもっと穏やかな言葉を選ぶ人のはずだ。とても棘のある言葉遣いに、愛紗は何度も目を瞬かせた。


――木箱は失敗だったわ。外の様子が見えない。


 真っ暗な闇の中。愛紗は前足で頭を抱えた。会話だけで外の様子を想像する羽目になるとは。


 時間もどのくらい経ったかもわからない。ただ、わかることは、愛紗がいまだ猫のままだということだけ。つまり、まだ三刻は経っていないということだ。


「もう無理。寝ないと肌が荒れるわ」

「四日分もたまっているんだ。無理とは言わせない」


 はあ……。と大きなため息が聞こえた。一人は映貴妃で、もう一人は黎明だろう。寝所なのだから、他には考えられない。


 四日分。それは、愛紗が黎明を独占した期間だった。いつもよりも乱暴な物言いから、黎明が映貴妃に心を許しているのがわかる。


「いや。もう無理。身体が持たない」

「私はまだやれる」

「今は黎明の話は聞いてない。私が疲れたと……」


 はあ……。ともう一度大きなため息を吐き出す音が聞こえ、そのあと、金属が動く音がした。


 ――危ない!


 慌てて猫の身体で木箱の蓋を押し上げる。と、同時に身体が猫から人間へと変化した。――ちょうど三刻たったのだ。


 子どもの身体と言え、子猫から人。木箱は傾いた。突然大きく前に倒れる木箱に、愛紗はなすすべもない。均衡を保てず、倒れていくさまを身体で感じ、痛みを予見して強く目をつむる。


 バタンッという大きな音と共に衝撃はやってくる。


「あたっ」


 木箱の蓋で額を打った。痛みに目からはうっすらと涙が溢れる。赤く染まったであろう額をさすり、蓋を押し上げると、四つの瞳がまっすぐに向けられていることを知る。


 黎明と映貴妃だ。寝台……ではなくその側にある机を囲み、墨のついた筆を持っている。愛紗の知っている夜伽よとぎとは違う。


 転生歴も百回の大台にのると、大抵のことは知っていると思っていたのだが、机を囲み筆を持つ夜伽がこの世に存在していたとは。


「愛紗……?」


 いささか薄着になった黎明が呆然としながらも、愛紗の名を呼んだ。机を挟んで向かいに座る映貴妃など、髪を乱し……いや、そんな艶めかしいものではない。長い髪を適当に括り、前髪も乱暴に後ろへと追いやっている。女官が見たら、乱心したと叫び出すだろう。


 そんな姿で何度も目を瞬かせている。


 彼女はほとんど下着姿と言っていいようなかっこうだ。胸から下を隠す白い襦裙じゅくんは着ているものの、肩は羽織を掛けたのみ。


 しかし、そのようなあられもないかっこうよりも、気になる部分があるのだ。愛紗はジッと映貴妃の胸元を睨む。


「つるぺた……」


 つい、愛紗は口に出した。あったものがないというのは衝撃だ。前回会ったときは、首元まで隠れるような衣でもわかるほどの大きな胸があった。しかし、今は下着姿であるというのに、押し上げていた胸が消えている。


 それは板のようだ。幼い愛紗とさして変わらない。


「おい、黎明。娘は来ないんじゃなかったのか?」


 映貴妃は女とは思えない。いや、後宮の最高位に君臨する女性とは思えない低い声を出した。言葉も乱暴で、愛紗の思う妃像とは随分と違う。


 これではまるで男。


「というか、男?」


 愛紗首を傾げる。つい、考えていたことが口から出てしまう。それが失言であると気づき、慌てて小さな両手で口を塞いだが、ときすでに遅し。高貴な女性に向かって男だと言ったのはまずかった。


 笑顔の映貴妃に乱暴に抱き抱えられてしまっている。


 近くで見ると、うっすらとひげが出ているように思う。濃くはない。まじまじと見ないとわからないほどだ。しかし、これはまさしく――。


「愛紗様、なぜこのようなところに隠れていたのか、教えていただけますか?」


 映貴妃は取り繕ったようににこりと笑う。その笑顔を見たとき、絶体絶命だと、愛紗はさとったのだ。


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