さん→一番あやしい人
お待たせしました〜!
体調を崩してしまい、投稿おくれました。
先帝の妃はにこりと笑った。あまり噛まずに飲んでしまった桃饅頭の欠片が喉を押し上げる。
ここにいる妃嬪は、こんな後宮の奥に追いやられようとも、まだ再起はあると密かに準備をしているのだ。
「映貴妃は子に縁があまりないご様子だし、心配でしょう?」
「でも、お父さまは映貴妃を寵愛してますよ。今夜も……」
黎明から今夜の夜伽は断られた。つまり、今日は映貴妃に会いたいということなのだろう。四日も独占すれば、映貴妃から文句が出たのかもしれない。
背が高く、気の強そうな目をしていた。
「映貴妃は映将軍の娘だから優遇しているのかもしれないわね」
「映将軍?」
「戦で何度も武功をあげているとてもすごい人よ。先の高州で起った内乱を治めた方だから、陛下も頭が上がらないのでしょう。でもね、おかしいのよ」
「何がですか?」
「映将軍は最後まで第一皇子を皇位に推していた一人なの。その将軍の娘を貴妃にしてもう三年。他には一人も妃はいないし。陛下を推していたうちの一人ならわかるのよ?」
「……うーん。あたし、よくわからない」
こんなときは子どもらしく首を傾げておくに限る。彼女の言うことが本当なら、とてもややこしい関係だ。
映貴妃の父親は、先帝の息子を皇帝にしたかった。けれど、黎明の後宮に娘を入れている。暗殺者は映貴妃で、将軍が送り込んだのかもしれない。
鬼に狙われやすい黎明だからと言って、人間に一切狙われないとは限らないのだ。彼は皇帝だ。この乱世で恨みを買っていない皇帝など存在するだろうか。
――調べる必要がありそうだわ。
桃饅頭の最後の一欠片をお茶で流し込むと、愛紗は立ち上がった。
「そろそろ帰ります」
「あら、もっとお話したかったわ」
「あたし、忙しいの。ごめんなさい」
「まあ……。それはお引きとめできないわね。では、わたくしが今度は愛紗様の宮へも遊びに行っていいかしら?」
抜け目のない女性だ。愛紗をつかって黎明に近づこうとしているのだろう。
「お父さまはあたしのところには遊びに来ないですよ?」
「まあ! そんなつもりじゃないのよ。愛紗様もこの広い後宮で寂しいでしょう?」
目が笑っていない。
「みんないるから寂しくないけど、桃饅頭のお礼くらいならします」
「あら、ありがとう。嬉しいわ」
桃饅頭とは言ったが、本当は情報のお礼だ。愛紗は彼女の暮す宮をあとにした。宮の入り口では、十然が不気味な笑みを浮かべて待っている。
愛紗が腕を伸ばす前に、脇を両手でつかみ抱き上げる。もはや習慣になってしまったようだ。
快適、快適。十然の腕は猫の抱き方こそ下手ではあるが、人間の子どもを抱き上げるのは様になってきている。あと何年これがまかり通るかはわからないが、ぜひ鍛えて長く仕えてほしいと愛紗は願う。
「姫さん、その様子だといい情報が得られたようだな」
「あい。映貴妃は映将軍の間者の可能性があるの」
「話が飛びまくっててよくわからないんだが、映将軍から説明してくれないか?」
「仕方ないな。映将軍っていうのはね――」
愛紗は十然の腕の中で、先ほどの妃から聞いた話を説明する。
「つまり、映貴妃が非常にあやしいってことよ!」
「ふーん、なるほどね。相手が鬼ではない可能性か」
「もしくは、映将軍が鬼で、映貴妃を使っているとか」
「あー。それはあるかもな。だが、そんなあやしい奴と普通、同じ寝台でねるか? 陛下も馬鹿じゃないんだろ?」
「んー。それはわからないけど……。もし、映貴妃なら今夜、絶対殺る気だと思う」
「運命録にも『夜伽の際~』って書かれていたしな。それで、姫さんはどうやって皇帝を助けるわけだ?」
「そこなのよ。今までは一緒にいたからどうにかなったんだけど……」
今日はどんなに駄々をこねても、黎明は首を縦には振らなかった。
「そうだ! いい考えがあるわ! 夜伽がだめでも部屋には入れるじゃない!」
愛紗はぐっと拳を握りしめる。実に良い案だ。そのとき、十然の顔が青ざめていたことを愛紗は知らない。
日が顔を隠そうとしたころ、愛紗と十然は黎明の寝所の近くにいた。茂みに隠れた愛紗は、様子をうかがう。
「どう?」
「衛兵が二人……。いや、三人だな。本当に行く気か?」
「あい。堂々と一緒にいられない以上、こっそり隠れているしかないもの」
「止めないけどよ、気をつけろよ? 俺はこっから先は手伝えないからさ。けど、まだ夕刻だぞ? 夜伽は三刻くらい待たないと……って、まさか」
「そ、そのまさかよ」
愛紗は茂みの中で手を交差させる。体内の霊力を練り上げていく。ふわりと舞う髪の毛。風が強くなった。
「今日の術は特別製なんだか、らっ!」
愛紗の声とともに、光が寝所の屋根へと飛んでいく。屋根を突き抜け、消えていった。
「おい、今のは?」
十然の質問に答える前に、愛紗の身体が子猫へと変わる。
「みゃあ!」
「んー……。わからん。明日成功したら教えてくれ。って、今から明日まで姫さんがいないことを俺がごまかすのか……」
「みゃ!」
「今のはわかる。『よろしく!』だろ? はぁ……ま、いいや。その姿なら衛兵も疑わないもんな。今や皇帝のお気に入りのお猫様だし」
「みゃあ~」
猫になった愛紗は、十然に持たせていた荷物をカリカリと爪でひっかく。愛紗にとって、それが命綱だ。
「はいはい。背中に結ぶぞ?」
ずっしりと重いそれは、背中に交差してくくりつけられた。これで準備万端だ。
「みゃあ~!」
「いってらっしゃい。気をつけろよ」
十然の見送りを背に、子猫の愛紗はまっすぐ寝所へと進む。猫を見ても衛兵は槍を向けたりはしなかった。それどころか、猫なで声で話しかけ、寝所の扉を開けてくれるのだ。この四日で築きあげた信頼。
愛紗はその足で堂々と黎明の寝所へ忍び込んだ。




