第24話 妻、愛を返す計画②
朝6時。
私は、キッチンで包丁を握っていた。
そう、今日は——「健に愛を返す日」第二弾、実行日当日である。
「……ふふふ、今日は私がやるからね……!」
低く笑う自分の声に、ちょっとホラー感が混じった。
でも仕方ない。これまで何年も、私は健に一方的に「過剰愛情砲」を浴び続けてきたのだ。GPS付き卵焼き、会社潜入差し入れ、出張先に先回り予約——数々の奇行の中で、私は常に「受け手」だった。
でも今日は、逆だ。
私は「送り手」になる。しかも全力で。
やられたらやり返す、倍返し——いや、重さで上回る返しだ。
健はまだ寝室で寝ている。
私は、彼の十八番である「完璧な朝食」ポジションを今日だけ奪い取るべく、夜明けと同時に起きて台所を占拠した。
食卓には、健の好きなものだけを集めた朝食プレート。卵は半熟トロトロ、ソーセージはパリッと、パンは外カリ中ふわ。
そして極めつけは——
「……ふっ。ラテアート、初挑戦成功」
カフェラテの表面に泡で描かれたのは、大きなハートと『健LOVE』の文字。
……うん、めっちゃ恥ずかしい。でも健はいつも平気でやってるし、今日は私がやる番だ。
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健、混乱する
ガチャ、と寝室のドアが開く音。
「……結衣? キッチンからいい匂いが……」
寝ぼけ眼の健が現れた瞬間、私は満面の笑みで「おはよう、健♡」と声をかけた。
彼は固まった。
いや、石像レベルに固まった。
「え……? え? 何これ……え?」 「なにって、朝ごはん。今日は私が作ったよ」 「ちょっと待って、俺が寝坊したわけじゃないよね?」 「違うよ」 「じゃあ夢……?」 「現実です」
健は椅子に座らされ、朝食を前にしてしばらく放心していた。
たぶん、いつもなら自分が立っている“調理と給仕の主導権”が完全に私に握られていることに、脳が追いついていないのだろう。
私はさりげなく、カフェラテを差し出した。
「はい、ラテアート。見て」 健はカップを覗き込み……そして顔を赤くした。
「……『健LOVE』……?」 「うん。いつもやってくれるでしょ? 今日は私から」
彼は一瞬で耳まで真っ赤になり、うつむいた。
あれ? この反応……私がやられた時の気持ち、今わかったかもしれない。
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全力サプライズ①:手作り弁当
食後、私は「今日は会社行くからね」とだけ告げて家を出た。
でもそれは、サプライズの布石。
午前11時。健のスマホに、宅配便が届く。
開けると中には——私の手作り弁当。
詰め込みすぎたハート形おにぎり、玉子焼きには「大好き」の焼き海苔文字。
おかずは全部健の好物。しかも保冷剤までハート形だ。
私は事前に健の予定を調べ(過去のGPS卵焼きの経験が役立った)、午前の家事が終わった頃に届くよう手配していた。
後からLINEが来た。
> 健:なにこれ……俺、外で泣きそうなんだけど
よし、狙い通り。
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全力サプライズ②:外出デートの強制召喚
午後3時。
健が洗濯物を畳んでいるであろうタイミングで、私は電話をかけた。
「健、今から玄関出て」 『え?』 「出て。すぐ」 『ちょ、結衣? 俺、今パジャマ……』 「いいから!」
玄関の外には、レンタカー(オープンカー)と私。
助手席には、健がずっと行きたがっていたケーキバイキングの予約券。
「はい、乗って」 『……今日、平日だよ?』 「いいから。午後は私が休み取った」
健は信じられないという顔で私を見た。
でも私は笑って言った。
「いつも私を驚かせてるでしょ? 今日は私の番」
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健、ついに崩れる
ケーキバイキングの席についた健は、終始そわそわしていた。
「なんか……俺、される側だと落ち着かない……」
「慣れて」
「……ケーキより結衣の方が甘い」
「やかましいわ」
私は意地でも甘やかし続けた。皿に健の好きなケーキを全部取ってあげ、紅茶を注ぎ、ナプキンを直してやる。
周りの席の女子高生たちが「彼氏、めっちゃ甘やかされてる〜」とクスクス笑っているのが聞こえた。
ふふ、健、これが外から見える「過剰愛情」の図だよ。恥ずかしいだろ?
そして帰り道、車内で——健が突然、声を震わせた。
「……なんか、俺……嬉しすぎて……やばい……」
見ると、目に涙が光っている。
本当に泣くんだ、この人。
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そして抱きしめられる
家に着いた途端、健は私を後ろからぎゅっと抱きしめた。
「結衣……今日、全部……宝物にする」
「大げさ」
「大げさじゃない。俺、こんなに愛されてるって……もう……」
その声が本気すぎて、私はちょっとだけ胸が熱くなった。
でも次の瞬間——
「明日から毎日これでいい?」
「やだわ!!」
即答だった。
私は一日だけだから全力でやったのに、この人はそれをデフォルトにしようとする。
やっぱり健は、愛が重すぎる。
でも——今日くらいは、いいか。




