第23話 妻、愛を返す計画①
夫・健の「愛が重すぎる」件については、今さら議論の余地もない。
朝5時から私の出社準備を神速で整え、通勤時には歩数計アプリで私の位置をトラッキング(※愛の名のもとに)、昼には会社に差し入れを届け、夜は帰宅直後にお風呂の温度まで完璧。
一度などは、会議中に「おやつが溶けそうだから」とドローンでマカロンを送ってきた。
もはや近所のハトよりも出現率が高い。
そんな健が、先日ついに“愛情セーブ練習”を始めた。
以前の彼の試みは、簡単に言えば「急に無口になったゴリラ」であり、余計不安を煽るという結果に終わった。
「おはよう」の一言が小声で、コーヒーには何もラテアートがなく(←逆に怖い)、帰宅後はソファの端っこに正座していた。
愛のセーブが不自然すぎて、私のほうが精神的に疲れたのだ。
──そこで、私は決めた。
この流れを利用して、一度こちらから全力で愛を返してみようと。
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計画名は「オペレーション・ラブ逆噴射」。
愛情は噴水と同じで、片方だけが注ぎ続けるとバランスが崩れる。
この際、健に“愛される側の気持ち”を味わってもらうのだ。
朝4時半。
健の起床時刻より30分早くアラームをセット。
目覚ましの音にビクッと起き、まだ暗い台所でコーヒー豆を挽く。
健がいつもやっている工程を、見よう見まねで再現する。
「くぅ〜、この香り。あ、豆こぼれた……いや、これは“愛のこぼれ豆”ってことで」
自分でボケて自分でフォロー。朝からテンションが妙だ。
次は朝食。
健が毎朝作ってくれる卵焼きは、黄色い宝石のように均一でふわふわ。
私はといえば、卵を3個割った時点で殻が混入し、救出作業に5分かかる。
だが今日は愛情重視。味よりもハートの形にこだわり、シリコン型で無理やり固めた。
見た目はハート、触感はゴムボール。うん、大丈夫、これは想定内。
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5時ジャスト。
健が寝室から現れた。寝癖が片側に跳ね、まだ夢の国の住民のような顔をしている。
「……ゆい? なんで起きてるの?」
「おはよう。今日は私が朝ごはん作る日なの」
健は一瞬、目を丸くし、それからものすごく嬉しそうに笑った。
あ、やばい、可愛い。普段の過剰な愛情攻撃に慣れすぎていたけど、この素朴な笑顔は直球で刺さる。
「コーヒーもあるよ。あと、この卵焼き、ハート型なんだ」
「……ありがとう。でも、ゆい……これ、跳ね返ってくるゴムボールみたいな手応えが」
「愛情が弾力を生むのよ!」
健は笑いながらも、ゴムボール卵を大事そうに口へ運んだ。
たぶん口の中でバウンドしている。
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出社準備も今日は私が担当。
シャツのアイロン、ネクタイの選択、靴磨きまでやってみた。
鏡の前でネクタイを結んであげると、健が小声で「結衣に結んでもらうなんて、学生のとき以来だな……」と呟く。
いや、学生時代にネクタイを結んでもらう機会ってあった? なんか疑惑が湧くけど、今はスルー。
玄関まで見送るのも、今日は私が全力。
「いってらっしゃい、健。愛してるよー!」と、近所迷惑レベルの声量で叫ぶ。
健は振り返って手を振るが、耳まで真っ赤になっていた。
よし、効いてる効いてる。
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そして夜。
本日のメインイベント、「全力おかえり作戦」。
健の帰宅時間に合わせ、部屋をキャンドルでデコレーションし、BGMは80年代の甘ったるいラブソング。
夕食は健の好きな煮込みハンバーグ。
ただし、ハンバーグの上にはケチャップで「KEN♡LOVE♡」と書いた(※朝のラテアート仕返し)。
健が玄関を開けた瞬間、私は両手を広げて突撃。
「おかえりなさーい、今日もお疲れさま!」
勢い余って健を壁に押し付ける形になり、彼は若干窒息気味。
「ゆ、ゆい……どうしたの、今日は……?」
「愛を返してるの。健がいつもくれるくらいのやつ」
健はしばらく黙り、そして……急に目が潤んだ。
「……こんなの、ずるいよ」
あ、泣きそうになってる。
うわー、やばい、本当に泣きそうだ。こっちはただのコメディ計画のつもりだったのに。
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その夜、健はやたらと私の手を握って離さなかった。
寝る前にぼそっと「明日もやってほしいな」と言ったけれど、私はそっと笑って誤魔化した。
明日は明日で、また別の作戦を仕込むつもりだから。




