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専業主夫の夫が私を好きすぎる件について  作者:


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第21話 過去の秘密

土曜日の昼下がり、我が家のリビングには、珍しく健の低い溜め息が漂っていた。

いや、「健の溜め息」なんてものは年に一度あるかないかのレアイベントだ。普段の彼は、炊飯器のフタを開ける時でさえ「せーの!」と体育会系のテンションを保つ男である。そんな健が、ソファに深く沈み込み、テレビもつけずにぼんやり天井を見ている。


これは…何かあったな。


「どうしたの? お米炊き忘れたとか?」

私の予想は、あくまで日常的な失敗の範囲である。すると健は、ゆっくりとこちらに顔を向け、妙に真剣な目で言った。


「結衣、俺…話してなかったことがある。」


……え、なにそれ。怖い。

もしかして、隠し子? 借金? はたまた過去にアイドル活動?

一瞬、私の頭の中に「健・秘密」で連想できる限りのB級ドラマ展開が走馬灯のように駆け巡る。


「…なに?」


健は、膝の上で両手を組み、深呼吸してから口を開いた。

「俺が会社を辞めた本当の理由だ。」


……ああ、そっちね。

確かに、健が商社を辞めて専業主夫になると宣言したとき、私は驚きこそしたけれど、詳しい事情を聞くことはなかった。「結衣を支えたいから」なんてきれいな理由を言われると、それ以上追及しづらいじゃないか。


「本当の理由って…あれ以外にあるの?」


健は、少しだけ気まずそうに笑った。

「いや、結衣を支えたいってのは本心だよ? でも…正直、それだけじゃなかったんだ。」


その目は真剣そのもの。私も姿勢を正す。

そして健は、まるで刑事ドラマの供述シーンのように、ぽつりと語り始めた。



---


時は三年前、健がまだ営業マンとして世界を飛び回っていた頃。

ニューヨークだのシンガポールだの、やたらと英語が似合う出張スケジュールをこなしていた彼だが、その分、私と過ごす時間はほとんどなかった。


「結衣、あの頃…体調崩してたよね?」

そう言われて、私は一瞬ドキリとする。そうだ、あの時私はひどい貧血で何度か倒れていた。病院で検査も受けたが、大事には至らなかった。それでも健には、「大丈夫」と笑って見せていたのだ。


「ある日、出張先のシンガポールで商談してたら…お前が会社で倒れたって、同僚から連絡が来たんだ。」

健の声は低く、穏やかだった。

「次の便で帰ろうとしたけど、どうしても外せない会議があってさ…その日、俺は一日中、心ここにあらずで。」


――なるほど、それは確かに心配だっただろう。

しかし私は、健のことだし、オチが「で、会議中にお前の似顔絵をメモ帳いっぱいに描いてた」とかそんな方向に行くんじゃないかと内心構えていた。


「で、その会議の後、気づいたんだよ。俺は会社より、世界中の商談より、何よりも結衣のそばにいたいって。」

健はそこで一拍置くと、真顔で続けた。

「だから辞めた。二度と、結衣が倒れたときに隣にいられないなんてことがないように。」


……。

……いや、それは確かに感動的ではある。

でも。


「健、それ…感動するけど、言い方を変えると“心配性が世界規模”ってことだよね?」

私のツッコミに、健はあっさりうなずく。

「そう! だからこそ今の俺がある。」


いや、胸を張るな。



---


さらに健の告白は続く。

辞める決意をした日から、彼は会社の机を片付けながら、「結衣24時間守り計画」と題したノートを書き始めたらしい。


「それが今のGPS卵焼きとか、会社潜入差し入れの原型なんだよ!」

どや顔で語られても困る。

要するに、私の生活を全方位でサポート&監視する体制は、あの日の罪悪感と決意から生まれたらしい。


……こうして話を聞くと、彼の愛情が重すぎる理由も、まあ理解はできる。

理解はできるが、納得までは、うーん。


「でもさ、あの日のことを思い出すと、今も怖いんだよ。もしまた結衣が倒れて、俺がそばにいなかったらって。」

健の声が少しだけ震えていた。

その瞬間、私の中のツッコミエンジンが一瞬だけ停止する。ああ、この人は本当に、私のことが心配で仕方ないんだな、と。



---


とはいえ、しんみりモードが長く続くのはこの夫婦には似合わない。


「…じゃあ健、次に私が倒れたらどうするつもり?」

少し意地悪に聞いてみると、健は間髪入れずに答えた。

「人工呼吸器を持って会社に突入する。」


やっぱりダメだ、この人。

感動の余韻が秒速で吹き飛んだ。



---


結局その日、健は「結衣24時間守り計画ノート・第2巻」を新しく書き始めた。ページの冒頭には、やたら力強い字でこう書かれていた。


> “結衣が笑っていれば、それでいい。だがその笑顔を守るためなら、全世界を敵に回す。”




いやいや、まず敵を作らないでほしい。

私は半ば呆れながらも、ノートの端に小さくこう書き足した。


> “できれば世界平和の方向で。”




健はそれを見て、「うん、それもアリだな!」と満面の笑みを浮かべた。

ああ、やっぱり私はこの重すぎる愛情から逃げられそうにない。


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