#55 約束の腕時計
今回はストーリーの都合上、シリアス、アクションパートのみとなります。
※特に暴力的な表現が苦手な方はご注意下さい。
――深夜子と不知火の戦いは一進一退、二人の実力は均衡していた。
右手を前に突き出し、全身脱力気味にゆらゆらとしながらも深夜子の構えに隙は無い。
対する不知火は、カラフルで装飾過多な鉄棍を中段にビシリと構え、尖端で小さな円をリズミカルに描いて攻撃のチャンスをうかがう。
互いに手足の運び、肩の動き、目線、呼吸。巧みに牽制をかけあい、間合いをはかっている。
数秒――不知火の鉄棍がギリギリ届くか届かないかの距離になった瞬間!
「キャハッ!」
予備動作なし。
不知火の迅速な踏み込みが数十センチの間合いを削り取る。このわずかな距離が、二人にとって必殺の空間である。
仕掛けるは鉄棍中段三連突き。最もかわしにくい胴体が狙いだ。
「キャハハハッ!!」
目にも止まらぬ疾風の三連撃! 深夜子の腹部へ三つの風穴を開けたかに見えた。
ところがすでに深夜子はその場にいない。
寝待流体術『影法師』。実体は鉄棍の右横30センチ、しっかりと回避している。
――に終わらない。
不知火が鉄棍を引き戻すのに合わせ。今度は深夜子が同等のスピードで間合いを詰めた。
「ほわっちゃあ」
独特な気の抜ける掛け声。
深夜子が不知火へと放つは側頭部を狙った左回し蹴り! 掛け声とは正反対の鋭さで、足刀はこめかみまで後十数センチと迫る。
――が、素早く間にねじ込まれた鉄棍がそれを阻む。
「キャハッ! ざぁ~んねんでし……たああっ!?」
ニヤリと深夜子へ視線を向けた不知火が面食らう。
なんと止められた左足を起点に、深夜子はそのまま空中へと飛び上がり半回転。
「ほいっ、と。んーー、ほわっちゃあ」
がら空きになっている不知火の背中に向けて、曲芸さながらの飛び蹴りをお見舞いする。
「がはッ!? ――くぅっ!」
その強烈な威力に、不知火は宙を舞う。だが、すぐさま中空で身体をひねり、鉄棍を床に突き立てて、勢いを殺す。
曲芸には曲芸。
鉄棒選手も顔負けの動きで、登り棒のように突き立てた鉄棍を利用して着地する。
簡単にやってのけているが、凄まじい腕力とバランス感覚の成せる技である。
「いっ、たぁ~い! もぉ~、その”かげぼ~し”ってチョ~うざぁ~い。不知火ちゃんのテンション鬼萎えるんですけどぉ~?」
背中を押さえて愚痴りながらも、すでに迎撃の体勢を整えている。
そのため、追撃に移れなかった深夜子は仕方なく間合いを取り直す。
傍目には、わずかながら深夜子が有利に戦いを進め始めている……かのように見えた。
――しかし、幾度目かのにらみ合い。
「んじゃあ~そろそろぉ、こんなのはどうかなぁ~? キャハッ!」
唐突に、意味ありげな一言。
にも関わらず。不知火がなんのへんてつも無い中段突きを繰り出してきた。
しかも、間合いの外からだ。なんのつもりだろう? 深夜子がそう思った矢先。
右脇腹に衝撃が走る!
「――ぐうっ!?」
馬鹿な? かわした、いや、届かないはずの尖端が、深夜子の脇腹に到達していた。
突然の事態に混乱するも、脇腹を押さえながら条件反射的にバックステップ。
追撃を受けないよう、今までよりも間合いを広める。
「むう。今……なんで?」
深夜子は不知火へと訝しげな視線を向ける。
「キャハハッ! あっれあれぇ~、どうしたのかなぁ~? もしかしてぇ、それってぇ、びっくりした顔? キャハッ! 目つき悪いから、不知火ちゃんわっかんなぁ~い」
不知火は、まるでイタズラを成功させた子供のような態度を見せている。
……マズい。
相手には何かがある。でも深夜子には今それが何かわからない。それがマズい。
「ほぅ~ら、どんどんいっちゃいますよぉ~。キャハハッ!」
当然、考える間もない。そんな余裕は与えないとばかりに不知火が迫ってくる。
「むうっ!?」
一転して、不知火が払い技を中心とした連携攻撃にパターンを変えてきた。
――いや、違う。これが本来の攻撃方法なのだろう。
何かの仕掛けのために、深夜子にあえて鉄棍の間合いを測らせるために、わざと突き中心の攻撃を繰り出していたのだ。
「キャハッ、キャハッ、キャハハハッ!!!」
深夜子と不知火の間に、鉄棍がつくる虹色の残像が美しい曲線を描きながら肉薄する。
足元への連続突きから払い上げ、その途中で再度突きへと変化する。それを避けたと思えば、くるりと回転しながら横払い。
さらには、不知火が持ち手を変えることにより、縦横無尽の連続攻撃となって、深夜子へと鉄棍が迫る!
「ぐっ、むっ、――かはっ!」
再び深夜子の脇腹へ、鉄棍の一突きが入った。
やはりそうだ。間合いの外でも届く突きが入り交じっている。
そして、それが恐ろしく効果的に連携攻撃に組み込まれている。
二撃、三撃。辛うじて直撃は避けているが、ダメージは深夜子の身体へ確実に蓄積していく。
完全に上を行かれた! 深夜子は心中で歯噛みする。”見切り”ができなければ『影法師』は使えない。
ならば! 間合いが関係ない密着戦闘に持ち込むほかない。反転。被弾覚悟で、不知火のふところ目がけて一気に踏み込む。
「むううっ!」
「わおっ! トッコ~して来ちゃう感じぃ? キャハハッ!」
それを察した不知火が間合いを維持するため、逆に後退しながらの攻撃。
対して深夜子は強引に追いかける展開へと変化。
急激に広範囲での動きを見せる二人の攻防に飲まれ、宴会場のパーティションや組まれた机、イスなどが吹き飛び、崩れ落ちる。
「うー、痛いけどっ! ふっ、ふんぐうっ!」
苦肉の策。深夜子は、甘んじて一部の攻撃を受けることで一気に間合いを詰める。
――とった! ついに不知火の懐へと入り込んだ。
「ふっふぅ~ん。いらっしゃあ~い、ア~ンド、おっ疲れちゃんでしたぁ~!」
「――ッ!?」
が、まさかの一言。深夜子の背筋に強烈な悪寒が走った。
懐に入られるのを待ってましたと言わんばかりに、不知火の顔はにやけていた。
即座に回避行動へ切り替えようとした深夜子の目に、その理由がスローモーションで飛び込んで来る。
鉄棍の持ち手部分。
不知火の親指が何かを押し込み、さらに手首が回転。鉄棍を捻ると同時に、棍を三等分するように接合面が二箇所現れた。
間近で見て初めて理解できる。カラフルな色、過剰な装飾。
それらは、簡単に仕掛けを見破られないための擬態。その接合部の中に鎖が見えた。
――つまり、それは、三本の短い鉄棍が二本の鎖につながれた武器!
「なっ!? ……仕込み……三節棍?」
「キャハハッ! 大当たりぃ~。やっぱぁ、腕が立って、目のいいおバカちゃんって、コレに引っ掛かりまくるからウっけるぅ~!」
眼前に迫りくる三節棍によるカウンター攻撃。刹那! 深夜子は顎と胴に凄まじい衝撃を受け、視界が途切れた。
◇◆◇
「うっ!? ぐううううううっ!」
……数秒か、それとも数十秒か。
わずかの間、途切れていた意識が戻った深夜子の目に映ったのは床。
どうやら倒れている。さらに、顔に何か乗っている? ……足? 頭が動かせず横目で確認をする。
見えたのは、ニヤニヤと嬉しそうに深夜子を見下ろす不知火の顔。それと、自分を踏みつけているスニーカーであった。
「キャハハハハハハハッ! おっはようちゃんでぇ~す。いやぁ、マジでさぁ~健闘も健闘、チョ~健闘だったよぉ。普通の奴ならガチであの世に直行便なのにぃ~、寝待ちゃんだっけぇ? 不知火ちゃんの『龍のひと咬み』のお味はいかがだったぁ~? キャハッ!」
「あぐうっ!」
蹴り転がされ、左脇腹の痛みで微かに記憶が戻る。
不意に顎を打ち抜かれ、意識が朦朧となったところで、最後に食らった攻撃。不知火が鞭でも扱うように三節棍を振り回した後の加速を加えた中段突き。
防刃ジャケットはおろか、強化素材で作られている戦闘対応型スーツまで完全に貫かれている。
それらがなければ、確実に腹部を貫かれていたであろう必殺の一撃であった。
深夜子は自身の状態を把握する。ギリギリ腹部に出血は無いが、衝撃によるダメージが尋常でない。
肩や胸部などに打ち込みも食らっており、身体を自由に動かせるまで回復するのには暫く時間が必要だろう。
つまり、今は身体がまともに動かない。よって――。
「キャハッ! んじゃあ~、お楽しみタ~イム。行っちゃう感じぃ?」
――と言うことを意味する。
(ごめん……朝日君。あたし約束守れないかも……)
まさに、絶体絶命と思える危機。
もはや残された道は、朝日のため何人を道連れにするか。
そんな思考に深夜子が切り替えようとした時。イヤらしい笑みを浮かべた不知火が、目の前にある物を垂らしてきた。
それは腕時計。
少し細目のシルバーメッシュバンド、ゴールドのベゼルにシンプルなフェイスデザイン。
『――はい、じゃあこれ。腕出して』
『え? これって朝日君の?』
『うん、腕時計。僕のと交換。ちゃんと朝までに、僕が起きる前に帰って来てるって……約束して』
そう、深夜子が左腕につけていた朝日の腕時計だ。
「ねぇねぇ? これってさぁ~、男物だよねぇ~? キャハッ!」
ちろり。朝日の腕時計を不知火の赤い舌が撫でる。
「あ……ああ……うあああああああッ!」
深夜子の猛禽類のような目が、日頃に無いほど大きく見開かれた。全身の血が沸騰するかのような感覚に襲われ、身体の痛みは意識の外へと追い出される。
「朝日君の時計ええええええ! 返せええええええええッ!!」
仰向けに倒れていた体勢から、深夜子自身も動かせないと思っていた身体がはね上がる。
突然の咆哮とその動きに、不知火もギョッとした目を向け驚いている。
左手を軸に両足を広げながら回転。
勢いで身体を浮かせ、そのまま片手立ちで蹴りを不知火の脇腹に見舞う。
しかし、悲しいかな。事態の好転にはいたらない。その蹴りに、充分な威力は込められていなかった。
「いったぁ~い。まだそんな動けるとかぁ~、マジありえないんですけどぉ?」
結果は不知火の身体がわずかに揺れた程度。
辛うじて起きあがっている深夜子を、再び床に這いつくばらせるために、三節棍を数回振らせただけに過ぎなかった。
「うあっ、あぐぅっ!」
無論、深夜子は無理な動きの反動に加え、三節棍で打ち据えられた衝撃に耐えきれず床を這うことになった。
不知火は三節棍を肩にかけ、それを少し不愉快そうに揺らしながら、倒れた深夜子へと近寄ってくる。
「あ、ああああさひくんのとけぇ、あううっ!」
どすん。食い下がろうとする深夜子の腹部に、不知火の蹴りが入った。
「ぎゃうっ! か、返せ! かえっ、がふっ!」
鈍い音と深夜子のうめき声が繰り返し響く。
何度目かの蹴り足がみぞおちへと吸い込まれる。
「あぐぁっ! うぐあああああ……」
呼吸もままならない激痛に、深夜子は悶絶してうずくまった。
「あ~もぉ~、しつこくてキモいんですけどぉ。これさぁ、彼ぴっぴに貰ったのぉ? そんな大事なわけぇ? ん~、まぁいいかぁ。どっちみちぃ、そろそろおっしま~い。キャハハッ!」
腕時計をジロジロとながめて品定めをしていた不知火だが、そう言って何やら手で合図を送る。
すると、控えていた組員の内三人が深夜子を取り囲み。胸ポケットから拳銃を取り出して構えた。
その拳銃は日本ではコルト・ガバメントと呼ばれる45口径の銃。軍用のため殺傷能力は高い。
「うぐ……とけい……かえせ」
それでも深夜子は拳銃に目もくれず、うずくまりながら顔を上げ、不知火を睨みつける。
「はいはい、ほんとしつこぉ~い。でさぁ、それはともかくぅ~、これから穴だらけになって貰いまぁ~す。ねぇねぇ? 今どんな気分? キャハハッ!」
カチャリ。不知火の言葉に合わせ、三人が深夜子に銃口を向けた。
すると、そこに土山が不知火に近寄ってきて耳打ちをする。
「姐御。ここは男性特区扱いになってやして……その、拳銃を使わすのは後々マズいと思いやすが……」
男性特区での銃の使用はもちろん。携帯することすらも厳しく取り締まられている。
それゆえ、土山は不知火を諌めようとした。が……。
「あ゛あ゛んっ!? 土山ぁ? お前ぇ、いつから不知火ちゃんに意見できるようになったんだぁ? ヘタレぬかしてんじゃねえぞこらぁ!? んなことやってっから五月雨ンとこに舐められんだろうがよぉ!!」
余程カンに触ったのか、常に軽い口調だった不知火が豹変。
顔のあちこちに血管を浮き立たせ、眉間にシワをつくり、ドスの聞いた口調で殺気を撒き散らす。
「ヒッ――しっ、失礼しやした」
サングラスごしでもわかる怯え。
土山を含め、周りの組員たちも凍りつく。だが、不知火はそれで満足したらしく、ケロリとまた元の軽いノリへと変貌する。
「キャハハッ! それじゃあ~。寝待ちゃんを穴だらけにしてぇ~、五月雨ンとこにプレゼンツしてあげちゃお~! あっ、そうだぁ。その前にぃ~腕時計は返してあげるねぇ~。不知火ちゃんってばチョ~やっさしぃ!」
処刑前に何かを思いついたのか、不知火は自分の足元に朝日の腕時計をポトリと落とす。
――そして、右足をゆっくり上げ、それを、踏み砕いた。
深夜子の目の前で、シルバーメッシュの金属バンド、フェイスガラス、時計の部品。つぶれた本体を中心に、無惨にも飛び散る。
「キャハハハハハハハッ! あ~、ごめんねごめんねぇ~。も~、不知火ちゃんったら足が滑っちゃった感じぃ?」
踏み砕いた朝日の腕時計から不知火はゆっくりと足を上げ、下卑た笑顔を深夜子へと向けた。
「あっ、あっ、あああああ――」
大切な朝日の腕時計。約束の腕時計。――深夜子の視界にある全てが紅に染まっていく。
「ああああああああああああああっ!! あざひくんのとげええええええええええっ!! こ、壊れちゃっ、こわれ、こわ、うわああああああああああああああああ!! こ、交換って、あた、あたし返すって、ひっ、ひいいいいいいいいいいん!!」
動ける動けないなど関係ない。深夜子は這いずるように時計の残骸に覆い被さる。
号泣。ただそれにすがるように号泣した。
「うっわ~っ、ちょっと不知火ちゃんドン引きかもぉ~」
「おいおい。たかが腕時計で情けねえ女だな」
「どうなってんだ? コイツ……」
不知火も組員たちも、深夜子を遠巻きにして嘲笑する。
しばらく腕時計の残骸をかき集めながら号泣を続けた深夜子。――泣き尽くした後は、その場からピクリとも動かなくなる。声もまったく発しない。
「あっれ~、電池切れかなぁ~? なぁ~んか思ったよりもつまんなかったなぁ~。んじゃそろそ――」
不知火が拳銃を持たせた組員に合図を送ろうとした時、チャリっと言う音が聞こえた。
「「「「「!?」」」」」
見ると深夜子がコインを数枚片手に握りしめ、ふらりと起き上がっていた。
両手は力なくだらりとぶら下がり、目線はふり乱された黒髪に隠れて表情すらもよく見えない。声もまったく漏らさず、ただ無言でふらふらとしている。
「はぁああああ~? 寝待ちゃんはガチおバカちゃんなのかなぁ~? フルボッコの状態でぇ、今さらあのコイン飛ばしで拳銃相手にぃ? 不知火ちゃんもさすがに困惑ぅ~。はぁ、もういいや! キャハ! キャハハハッ!!」
そう言って不知火が右手を上げた”撃ち殺せ”の指示である。
深夜子へ銃口を向けている三人が、引き金を引こうと指に力を入れた――――が、突如。轟音が全員の耳をつんざいた。
「「「うわっ!?」」」「「「何っ!?」」」
まるで落雷。猛烈な金切音が部屋全体に響く!
「え?」「は?」「へ?」
その時、拳銃を持っていた三人は見た! その音と同時に、自分たちが銃を握る手元に銀の閃光が走ったのを! ――そして。
「「「あっ? ああああああっ!? うっぎゃああああああああああっ!!」」」
三人が三人とも手をかばい、その場でのたうち回り絶叫をあげる。
彼女らの足元に散らばるのは、グリップや引き金が砕かれた拳銃。大量の血だまり。それと――手や指だった多数の肉塊。
「はぁっ!?」
「おいっ! 大丈夫かっ!?」
「えっ、ちょっ、何が、今の音って……」
突然の事態に、不知火ですら絶句する。悶絶している三人の惨状に動揺する組員たち。
そこに、ボソボソと小さな声が聞こえてきた。全員の視線がその発生源――深夜子へと集まる。
「寝待流指弾術――」
左手を右手首に添え、右手の指はコインを弾き飛ばしたであろう形を作っていた。
薄手のグローブは、薬指と小指部分を残して消し飛んだかのよう破け、静電気がパチパチと音を立てる。
「『飛椚・雷』……フヒッ、お前タち……全員……朝日君の時計ト同じ二」
――壊してヤル。
「「「「「――ッ!?」」」」」
不知火を含む全員が、異様な錯覚に襲われる。
――まるで自分たちの足元が数センチ沈んだ。例えるなら、深夜の、暗闇の泥沼に捕らわれたかのような感覚であった。




