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#45 帰宅とご褒美

ついに30万文字突破。

「えええっ!? み、深夜子さん。どうしてここに?」

「ふへへ、いっしょに帰ろ。あっさひくん!」


 朝日の眼前で深夜子は薄桃色に頬を染め、もじもじくねくね。それでいてあっけらかんと言い放つ。

 しかし、そんな器用なアピールに反応している余裕は朝日にない。軽いパニック状態だ。


「ちょっと!? ちょっと待って、深夜子さん。いっしょに帰ろって……いや、それよりもなんで、どうやって、ここまで?」


 単純な疑問。深夜子は日頃、バイクで通勤していたはずだ。

 いっしょに帰るのならば、別の交通手段でないと――いや、それよりも時間的に? 何に乗って? もしやタクシー?

 額に手をあて、混乱を収めながら朝日は考える。


「チャリで来た」

「あっ、そうか自転車かぁ…………自転車っ!? そ、そうなの――って、んん? …………あれ? さっきの電話から、まだ三十分くらいしか()ってないよね?」

「余裕。本日のチャリ通記録二十六分ジャスト!」

 フンスカと鼻息荒く深夜子が胸を張る。

「えええええ!?」


 おかしい。明らかにタイムがおかしい。

 自宅からここまで、少なくとも車で三十分以上かかる距離である。

 これは、昨日の夜に見た何か(かくし芸大会)に通ずるものを感じる。

 などと、戸惑う朝日におかまいなし。今度は一転。悲しげな表情を見せて深夜子が接近してくる。

 実にせわしない。


「朝日君。君があたしの元を去って二日……悲しみと絶望で禁断症状がやばかった」

「いや、深夜子さん。二日で禁断症状って……」


 なんだそれ? いや、それより何より。

 深夜子は家を出発する時に、やたらはりきって五月ごと書類作業に向かった気がする。

 何がどうなったらそうなるのか?

 だが、目の前ではその禁断症状アピールとやらがまだ続く。


「最初は軽い頭痛と微熱が――」

「うーん。それって普通の風邪とかじゃないかな?」

「続いて、激しい嘔吐と下痢に襲われ――」

「急に悪化しちゃった? ……うん。まあ……重症だよね……色々な意味で」

「――最後は昏睡して死に至る」

「死んじゃうの!?」

「かも知れなかった」

 これはウザイ。


 しかし、深夜子は何かの期待を込めた眼差しを向けてくる。

 その顔には『そっ、そこまで僕のことを! ああっ、もう深夜子さん無しでは生きていけないっ――と感極まりながらHUG(はぐ)っとして。はよ』と書いてあるようにしか見えない。

 さすがの朝日も軽い頭痛を覚えて、こめかみを押さえる。


「えーと。ふ、ふーん。大変……だったね。まあ、とにかく部屋に入ってよ」

 当然スルー案件。

「うえっ? あれっ? あ、朝日君。そ、その……あたし禁断症状が……それで、あの――」


 あれ? なんか予定と違うよ。とでも言わんばかりの深夜子。どうしてそう思えるのか?

 追求する気も起きないので、朝日は別の手段に訴えることにした。

 

「まあまあ、深夜子さん。外、寒かったでしょ?」

 少し甘口の声色を使いながら、深夜子の腕に絡みつく。

「はうううっ? あ、朝日君?」

「さ、部屋に入って。温かいお茶があるから、ね」

 むぎゅっと少し腕に力を入れる。

「あっ、えっ、へっ、うへっ、うへへへへへ。うん、うんお茶、お茶。だよね! ふひひっ」

 これはちょろだらしない。


 それでは、ちょっと落ち着け精神的に。の意味合いも込めて温かい緑茶を準備。深夜子に一息つかせる。

 そんなやりとりを二人がしている間に、部屋のデジタル時計は午前七時五十一分を表示する。

 同時に、再び部屋の呼び出し(インターホン)が鳴った。


『朝日ー。準備できてるかー? そろそろ出るぜ』

 今度こそ梅であった。

「あっ、梅ちゃん! そっか、もう出発の時間だ。深夜子さん出ないと」

「らじゃ、朝日君。荷物はあたしが持つ」

 部屋の扉を開けに向かう朝日の後ろを深夜子が追う。


「おう! 朝日、おはよう。荷物があったらこっちに出しな。持ってってやっからよ」

「おはよ、梅ちゃん。うん、ありがと。でも荷物は……」

「梅ちゃん無問題。朝日君の荷物はあたしが持ってる」

 しれっと朝日の背後から、深夜子が荷物を掲げて姿を見せた。

「おっ、そっか。悪いな深夜子、頼むぜ」


 そうですか。荷物持ってくれてますか。

 さも当たり前な空気に、つい(きびす)を返そうとする梅だが――――無論、ピタリと歩みが止まる。


「な、ん、で、てめえがここ(・・)にいやがんだあああああああああっ!?」


 思わず絶叫の梅。

 ここは全力で深夜子を問い詰めたい……ところだが、時間もない。

 朝日の見送りをかねた出発時刻が迫っている。仕方がないので、移動しながら梅は質問を飛ばす。


「こら深夜子! てめえ、ここのセキュリティをどうやって抜けてきやがった?」

「えっ? ちゃんとキー発行して貰った。梅ちゃんのIDカードで」

「人の予備を勝手に持ち出してんじゃねえええええ!」


 不測の事態に備えて、家には深夜子ら三人の予備IDカードが共有保管されている。

 餡子から事前に情報収集済みの深夜子、ちゃっかり持ち出して段取りバッチリであった。

 こういう時だけ五月並の手際である。


「くそっ、むちゃくちゃしやがって。セキュリティ係にばれたら俺まで巻き添えじゃねーか。またインテリ連中からの評判が悪くなるっつーの!」

「むう! それは心外。あたしも梅ちゃんに色々巻き込まれてる。お互い様!」


 ――すでに曙区所属Mapsの問題児ツートップなのでご安心を。


「はぁ……で、お前。矢地に見つかったらどうするつもりだよ?」

「ふっ……梅ちゃん。本気のあたしは見つからない」


 ご存知の通り、追跡から潜伏などの技術は深夜子の十八番。

 ただし、披露する場面としては明らかに間違っていることに気づいて欲しい。

 ――と、無駄な会話をしてる間にエレベーターは一階に到着。


 本日、男性保護省の正面玄関がお見送り会場となっていた。

 朝日たちが近くまで来た時には、すでに矢地を始めとした各課の役職者、主要な職員たちによって見送りの列が作られていた。

 一方で深夜子は、玄関ロビーまで来たところで姿を消す。


「よっし、んじゃあ行くぜ朝日。それにしても派手な見送りしやがって……」

 梅が出迎えを無駄にした結果でもある。

「うわ、凄いなぁ。あの行列の間を通るのって、ちょっと恥ずかしいかも……」

 大人数での見送りに、ロビーの陰でおずおずとする朝日。

 その姿に気づいた矢地が迎えにくる。

「おはよう神崎君。出発の準備は問題無いかな?」

「あっ、はい。大丈夫です。三日間色々とありがとうございました」

「それは我々もだよ。今回の男性保護省への親善訪問感謝する。それから閣下のスケジュール調整が間にあった。見送りに参加をされることになったので――――ん? 閣下!?」


 矢地が周りを見渡すも、今まで近くにいた弥生の姿が無い。

 すぐに部下の一人を呼ぶも、おろおろとしながら近づいてくる。


「矢地課長。そ、それが……つい今しがた目を離した隙に、どちらかへ……」

「なんだと? この時間が押している時に閣下は何を――――むっ!?」


 他の職員たちにも動揺が広がり始めたその時。玄関口の外から、何やら騒がしい音が聞こえてきた。

 一体何事か? 駆け出す矢地について、朝日たちも小走りで玄関の外へと向かう。

 音の出所は、玄関口から少し離れた建物の裏手側であった。


 ちょうど木陰道が作られている場所で、木々の枝が激しく揺れる音。そして、何かがぶつかり合う音が聞こえてくる。

 事態が把握できない朝日たちは、立ち止まり静かにその音へ耳を傾ける。

 すると一際大きな激突音が響き、続けて人の声が聞こえて来た。


『むぎゃああああああ!?』

『ありゃ、なんだい? こりゃあ寝待の娘っ子じゃないか? 気配の消し方が中々だったから、坊やを狙ってるのかと思って来てみりゃ……ほっほ、腕をあげたもんだねぇ』


「「「「「!?」」」」」


 矢地たちの聞きなれた声が二つ。見送りの職員たちもろとも、その場の空気が凍りつく。


『んなあ!? なんでばあちゃ(・・・・)がここにいるの? 聞いてない? 餡子(あっちゃん)いないって言ってた』

『ふぉほっほっ、そりゃあ坊やの見送りをするために、朝の閣議をすっぽかして来たからねぇ』

『あっ、ふ、ふぅーん……ま、まあ。その、ばあちゃ。あたしはこれで。もう帰るから――――うげえっ!』

『ほっ! まあ、せっかくだからゆっくりしておいき。ルール違反におしおき(・・・・)は必要だろう?』

『ちょお!? ば、ばあちゃ!? ンノオオオオオオオオーーーッ!!』


「「「「「………………」」」」」


 しんと静まり返る見送り会場。誰もが呆然としている中、梅がゆっくりと矢地に顔を向け、沈黙を破った。


「おい……矢地……」

「き、聞こえん! 私には何も聞こえんぞ!」


 地面が揺れるような轟音と深夜子の絶叫が響く。

 しかしながら、誰もが聞こえないふりをする。

 淡々と、粛々と、見送りの準備は進められた。


 それから満足そうに戻ってきた弥生を加え、見送りは無事完了。

 朝日たちは帰路へと着いたのだった。


◇◆◇


「はうううう……お尻が……お尻ががががが」

 梅が運転するミニバンの後部座席で、深夜子がうずくまって(うめ)いている。

「はは……あれって、お尻叩かれてる音だったんだ……」

 岩盤工事と言われても違和感はなかった。

「朝日君。あたしもうダメかも……最後は、最後はせめてその胸の中で……」

「おい深夜子! どさくさまぎれで朝日に抱きついてんじゃねーぞ! 助手席に座れ、助手席に!」

「これは朝日君の安全のため。後部同席は男性警護の基本」

「嘘つけっ! 朝日にぴったりくっついて何言ってやがんだよ!」

「それはともかく朝日君」

「俺の話を聞けええええええ!」


 転んでもタダでは起きぬ。朝日に甘えつつ、運転で自由の効かない梅を尻目に、やりたい放題の深夜子である。


「えと……深夜子さん。それで……どうしてこうなっちゃったのかな?」

 うやむやになりかけていた部分を朝日が掘り返す。

「そう、朝日君。あたし書類作業ちゃんと終わった!」

 待ってましたとばかりの深夜子。

 真剣に話しているつもりらしいが、その表情はやたらとにやけている。

「……あっ。もしかして、深夜子さん……自転車でわざわざ迎えに来たのって――」

「ふふん。ご褒美は迎えに行くもの」


 後部座席の後ろに積んである自転車を横目に、朝日との距離をずいずい詰めてくる深夜子。

 ついでに鼻息も荒い。


「まあまあ、深夜子さん。そ、そのさ。ここじゃ仕事が全部終わったか、わかんないでしょ?」

「ふあっ!? そ、それは、えーと…………あっ! じゃあ五月(さっきー)に電話する」


 すり寄る深夜子に朝日が牽制をかけると、あせあせとスマホを取り出し、五月へ電話をかけはじめた。


「あっ、五月(さっきー)!! ね、あたし書類完成させたよね! うん。書類の……え? その――あっ、いやコンビニ! そう! あたしコンビニに行ってるだけ」

「深夜子……お前。五月になんつって出てきたんだよ?」

「あっ……あー、あはは。深夜子さんもしかして……」


 きっとこれは華麗なる自爆。

 深夜子のスマホから五月の声は聞こえないが、不思議と内容はわかってしまう。

 呆れつつも朝日は笑うしかない。


「はうわああああ!? さ、五月(さっきー)そうじゃない。違うから。うえ? ほ、ほら、また五月(さっきー)から殺気(さっきー)が漏れ――え? ううん。コンビニで立ち読みしてるから――えっ? うええええ!? ゆ、許して、それは、それだけは――」


 ――通話終了後。


「うぼあああああ。墓穴、墓穴ー」

 どんよりの深夜子。雨雲のようなオーラが立ち込めている。

「深夜子さん。やっぱいつも通りなんだね……」

「あしゃひくん。まずい。五月(さっきー)に、五月(さっきー)に殺される。あたしといっしょに旅に、旅に出て」

「おい、深夜子。別に一人で車飛び降りて旅に出てもかまわねーぞ」

 深夜子から梅の顔は見えないが、ニヤニヤされているのはよく解る。

「くうううううっ! おのれ梅ちゃん。血も涙も胸も無いことを――」

「なんだと――――」

「あっ、そうだ! 梅ちゃん。お米の買い置きがそろそろ切れそうだったから、帰りにいつもの商店街に寄ってくれないかな?」


 ヒートアップの気配を感じとり、朝日が気を使って話題を変える。

 実際、深夜子と梅の二人が消費する米の量は凄まじい。必要なのは確かであった。


 予定変更。

 春日湊のとある商店街へと進路を変える。

 食品や日用雑貨などが庶民価格で販売されている。節約家朝日御用達の商店街だ。

 もちろんそんな場所なので、男性向け高級店が並ぶ区域とは違って、男性客など朝日以外に皆無である。

 当初こそレアすぎる男性客の訪問に、パニックを起こしていた商店街。

 しかし、今では商店街のアイドルとして定着。様々なサービスが提供されている。


 ――そんな背景もあって、買い物を終えて車に戻った朝日はご機嫌な様子。

 封筒からチケットを取り出して、鼻歌まじりでながめている。

 そのチケットとは……。


「ふふーん、やったー。温泉旅行! 温泉旅行!」


 ちょうど商店街が実施していた歳末福引き大会。

 温泉旅行招待チケットは本来特等(・・)なのだが、商店街の組合長から福引き券と交換で進呈されたのだ。

 招待先の温泉旅館は来る十二月に新築オープン。しかも、国内初の完全男性福祉対応別館併設となる話題の物件。

 朝日としては渡りに船。男性に制限の多いこの世界、数少ない行楽地へと赴くチャンスは逃せない。


「おいおい……本気(マジ)で行く気かよ朝日?」

「もちろん! だって、ちゃんとした男性福祉対応だよ。しかも新築だよ。新築! みんなと温泉旅行か……ふふ、楽しみだなあ」

「朝日君と温泉で……お泊まりで……ふぇ、ふぇへへへへへへ」

「深夜子! てめえはとっとと正気に戻りやがれ!」


 すでに行く気満々の朝日。すでに行った気になって妄想中の深夜子。

 ルンルン気分な二人を乗せて、梅の運転するミニバンは再び朝日家を目指して出発した。


 さて、実のところ招待先の温泉旅館。男性福祉が関わっているだけあって、国と大手企業数社が共同出資している一大プロジェクトになっている。

 現在、各企業あげてオープン時の男性集客真っ只中。

 よって、普段男性客に縁のない商店街から一人でも男性を招待できた(・・・・・・・・)となれば……まあ、詰まるところは大人の事情である。


 ――経過すること十数分。

 無事自宅へと到着するも……当然、家の外で待ち構えている方が約一名。


「あ、な、た、は何を考えていますのおおおおおおおっ!?」

「すまぬ……すまぬ……」

 仁王立ちで鬼の形相の五月に、車から飛び出た深夜子がスライディング土下座を決める。

 朝日と梅は、なに食わぬ顔で荷物を家に運び込んでいる。

「あ、あああの……さささ、五月(さっきー)?」

 土下座中の深夜子の横を、五月が憤怒のオーラを浴びせながらガン無視で通りすぎる。


「ああっ、お帰りなさいませ朝日様。五月はまだかまだかと、一日千秋の想いでお待ちしておりましたわ! それと――」


 朝日と目があった瞬間、愛のオーラ全開に早変わり。五月は男性保護省訪問の(ねぎら)いを早口で伝える。

 

「それじゃあ、五月さん。僕はひと休みしたらお昼の準備しますね」

「ええ、よろしくお願いしますわ。それでは朝日様。お食事の時に、ゆっくりとお土産話を聞かせてくださいませ。オホホホホホ」

 お上品な笑い声と共に、五月の手が土下座衛門深夜子の耳へと伸びる。

「あいたっ!? さっ、五月(さっきー)? はうっ、耳がっ、耳がちぎれるううう! あ、歩く。あたし歩くからああああ」

「深、夜、子、さん。貴女のお土産話(・・・・)もたっぷりと聞かせていただきますことよ!」


 (わめ)く深夜子を引きずって、五月はお説教部屋へと消えていった。

 

「ほんとアホだな……。おう朝日、荷物入れ終わったぜ。食材も冷蔵庫に入れてあんぞ」

「ありがと梅ちゃん。一息ついたらお昼の準備するから手伝ってね」

「あいよ。りょーかい」


 朝日と梅は昼食準備、五月は深夜子のお説教。

 しばらくして、それぞれが一段落ついた後――。

 昼食準備が整ったダイニングテーブルの前に、朝日、五月、梅の三人が座っていた。


「朝日様……そんなに甘やかさなくてもよろしいですのに……」

「そうだぜ朝日。お前が気を使う必要もないしよ」

「んー、でも、ちゃんと約束の仕事は終わらせてるし。僕が言ったことだから……深夜子さんの気持ち、わからないでもないんだ」


 と言いつつ、内心少し責任を感じている朝日であった。

 なんせ深夜子を焚き付けたのは自分だ。

 それに力の入れどころは間違っているが、あの積極さは嫌いではない。


「じゃあ、深夜子さんを呼んで来るね」


 朝日は席を立ち、深夜子の元へと向かった。


「ふふ……朝日様はお優しいですわね」

「まあな。優し過ぎる気もするけど。あれが朝日のいいとこだかんな」


◇◆◇


「おーい、深夜子さん。入るよ?」


 朝日が深夜子の部屋の扉をガラリと開ける。ノックするも返事がなかったのだ。


「ねえ、深夜子さん。もうお昼ご飯だよ。みんなも待ってる――って、まだ落ち込んでるの?」


 そう、怒り心頭の五月から、罰として自室で謹慎。ご褒美の消滅を言い渡されていた深夜子。

 ベッドの上でうずくまり、悶々としている模様。

 電気を消して、カーテンを閉めているだけとは思えない暗さが漂っている。

 その落ち込みっぷりが実にうかがえる。


「うう……ご褒美。期待してたのに。仕事頑張ったのに」

「そうだね。だから僕が呼びに来たんでしょ」

「ふえっ?」

 部屋の電気をつけて、朝日はそう告げる。

「ふわああああああっ! じゃあ? じゃあ!?」

「だって、約束だもんね」

「と、とととと言うことは! ごごご褒美のちゅちゅちゅうをををををば」


 朝日の一言に、深夜子はベッドから転がり落ちる。

 そのテンションは一気に天空Vの字回復。床を這いずり回って喜ぶ姿はちょっとキモい。

 やはり落ち着け精神的に。

「えーでもーやっぱりはずかしいなーどーしよーかなー」

 なので少し焦らしてみることにする。

「しょ、しょんなことない。全然はじゅかしくない! さあ、あたしのここに。朝日君。カムヒア! 大胆(ダイターン)に!」


 右の頬をぷくりと膨らませ、ぐいぐいと指差してアピールをしてくる。

 やはり深夜子の反応は面白い。

 それを見て、朝日もつい調子に乗ってしまう。ニコッと小悪魔的笑みを浮かべ――。


「あれ? ねえ、深夜子さん。なんか鼻にゴミがついてるよ?」

「うえ? ゴミ? むう、こんな時に。んー、とっ、取れたかな?」

「取れてないかも? じゃあ、僕が取ってあげるよ。こっち向いて」

「ん、そう? はい」


 ――と、深夜子が正面を向いた。今だ!


【ちゅ】


 深夜子と朝日の唇が、やさしく重なった。


「はひ!?」




 全身を貫く衝撃! 深夜子は自分の身に何が起こったのか理解できなかった。


「えへへ、特別サービス。みんなにはないしょだよ」

「ふ……へ……ほ……」


 震える指を唇へとあてる深夜子。

 目の焦点は定まらない。頭の中でぼんやりと、今起こった事がリピートされて、やっとのことで理解が追いついて行く。

 そうだ。やわらかい朝日の唇が、自分の唇に重なった。とても甘い香りがした。


「あ、あの……朝日……君。い、今の、ちゅ、ちゅう……は?」


 深夜子は朝日を見つめ、問う。

 どうにも頭がぽわっとして、目がトロンとしてしまう。つい今しがた重なった唇に、自然と目がいってしまう。


「えっ……あっ、いや、そ、その――」


 かたや、軽いノリでやってしまった朝日だが、深夜子の艶かしい表情を見て、急に恥ずかしさがこみ上げてきた。

 

「――じゃ、じゃあ深夜子さん。みんながお昼ご飯待ってるから、先に行くね」


 朝日は真っ赤になってしまった顔を伏せ、早口でそう言い残すし、そそくさと部屋を後にした。

 そして――廊下で少し気持ちを落ち着けてから、五月たちの待つダイニングルームへと戻る。


「あら、朝日様。深夜子さんは? いっしょに戻られませんでしたの?」

「なんだよ。あいつ、まだ拗ねてやがんのか?」

「えっ? あっ? い、いや、そう言うわけじゃないと――」


『ヴェアアアアアアアアアサヒクンノクチビルウウウウウッッッッ!!!!』


「うおおっ!? なんだああああっ!?」

「雄たけび!? け、獣の雄たけびですの!?」


 深夜子の咆哮(特大)が、家中に響き渡った。


「あははは……ど、どうしたんだろうね。深夜子さん……」


 やっぱり朝日家は今日も平和です。

五月「何か……(わたくし)だけ取り残された感がしますわね」

頑張れ五月。

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