#32 籠の鳥
「あっ、あのバカ親がああああくぁwせdrftgyふじこlp」
――日頃、お嬢様然とした五月からは、想像もつかない罵詈雑言が口から溢れ出てくることしばらく。
「ハァ……ハァ……し、失礼。――それで、蘭子さん」
「はい。本来ならば、私も社長の護衛に同行しております。出発予定は午前十時頃――」
と、蘭子は左手の腕時計を確認する。
「――しかし現在。八時二十八分です。八時前にご出発されたらしく、気づくのが遅れました」
「まったく……やりたい放題ですわね……。それにしても、朝日様に大和さんお一人……心配ですわ」
「いえ、お嬢様。さすがの社長も護衛部隊の腕利きを十名……通常の倍人数ほど連れておいでです。神崎様の警護面はご心配なさらなくてもよいかと存じます」
それを聞いて少しは安心。五月は安堵のため息を漏らす。
「ふぅ……どちらにせよ向かった場所が場所ですから、焦っても仕方ありませんわね。ところで、昨晩いったいどういった流れでそうなりましたの?」
「それについてですが――」
蘭子が昨晩の出来事を説明しはじめた。
――五月と別れた後、梅と深夜子は興奮気味に大広間へとなだれ込んできた。
ところがタイミング悪く、新月は蘭子たち護衛部隊の者と酒盛りの最中であった。
しかも、五月たちの来訪がよほど嬉しかったのか、ずいぶんと酒が進んでいた。
二人は新月へ抗議を始めるが、酔っぱらい相手ではまともな話し合いにならない。
ついには押し問答の最中、酒の勢いもあって新月が、酒ビンで梅の頭をぶん殴ってしまう。
怒り狂った梅に場は騒然。あわや『拳で!』話し合いになるかと思われた。
一触即発。そんな緊張した空気の中で、新月が梅に放った言葉は……。
「はああっ!? う、腕相撲ですって!?」
「はい。酔っぱらわれた社長が腕相撲勝負を仕掛けまして、それに大和様が応じられました」
「あの脳筋……」
五月の脳内で『はっ! おもしれぇじゃねえか?』と梅の声が再生され、思わず両手で顔を覆う。
「お恥ずかしい話ですが、我々も場の雰囲気でつい盛り上がってしまいました。結果、全員参加の大会となりまして……最終的には、社長と大和様の一騎討ちになりました」
続けて五月の脳内に、熱気に包まれた五月雨家大広間での腕相撲大会の様子が浮かびあがる……。
『うおーーーっ!! 社長ーーっ、ヤっちゃってくださいィィィ!!』
『大和ちゃんもファイトだぜーー!! つか、アンタ強すぎだろーーっ!!』
『『『ぎゃはははは!!』』』
完全に体育会系の飲み会会場と化した大広間。
騒ぎを聞きつけ、集まったメイド達も観客に加わり、野次やら声援やらが飛び交っている。
その大広間の床には、50センチ四方の分厚い木製机だったものが、真っ二つになって多数散乱していた。
部屋の中央で、ひとつの机に中腰で右腕の肘を付き、お互いの手を握り合う二人。
左手は机の端をがっちりホールドして準備万端。
上半身サラシ一丁で、右肩に竜、左肩に虎「竜虎相搏つ」の彫り物が背中一面に入った新月。
髪は後ろ一本で乱雑にまとめ、夕方のゴスロリ姿からは、どこをどうみても同一人物と思えない。
対する梅の上半身はイヌさん柄のスポーツブラ、下半身はスポーティなネコさん柄のショートパンツ姿。
新月同様、小柄ながら引き締まった筋肉美を見せ付けている。
『いよぉし、これで最後じゃ! 大和ちゃん、ええの?』
『おうよ。今度こそ決着つけてやんぜ!!』
『レディーーーーッ、――――ファイッ!!』
『『うおりゃあああっ!!』』
新月と梅、烈迫の気合いが響き渡る。
握り合った手から腕、全身の筋肉と骨から軋む音を鳴り響かせ、一進一退の攻防が続くこと数十秒。
バギィッ!! ――豪快な音と共に、机は真っ二つにへし折れて床に転がった。
『ふうううっ、ワシと互角とは……やりおるのぉ』
『へっ、五月の母ちゃん、マジでやんじゃねえか!』
『おおっ、梅ちゃんが腕相撲引き分けたの矢地以来! 五月ママすごい』
破壊された机の数は優に二桁。
どうにも勝負はつかなかったが、当事者二人は満足げに笑顔を称えて熱い包容を交わしている。
すでに、朝日と五月の話題など誰の頭にもなかった。
『宴じゃあーーーっ!!』
『『『うおおおおおおっ!!』』』
新月が叫び声を上げれば、再び酒盛りが――。
「もう結構ですわーーっ! 恐ろしく鮮明に音声付きで場面が想像できましたわっ!!」
「ともあれ、寝待様はともかく。その後、社長と大和様は意気投合されたようです。……同行された一因もそれかと思います」
「だんだんどうでも良くなって来ましたわ……って、深夜子さん? 深夜子さんはこのような時に何をされてますの?」
「寝待様は、神崎様たちをお見送りになられてから、二度寝された。と聞いております」
「にどっ――」
ピシッ! ――眼鏡のレンズにヒビが走ったかに思えたが、五月はカチャリと眼鏡の位置を正す。
「おほほ……そうですの。二度寝、二度寝? それはそれは」
あえて、ゆっくりと紅茶を入れ直す。
そして、それを軽く味わってから、五月は優雅に微笑んで蘭子へ指示をだした。
「それでは蘭子さん。しっかりと深夜子さんを起こして差し上げてくださいませ」
「ハッ! かしこまりました。五月お嬢様」
蘭子も満面の笑みで答え、深々と一礼をして部屋を出ていった。
――数分後。
『うぎょえあああああああっ!? てっ、敵襲!? うにゃ? ちょっ、だ、誰? え、あ――んノオオオオオオッ!!』
午前八時四十六分、深夜子起床(意味深)。
◇◆◇
さて、一方の朝日たち御一行。
武蔵区のとある港から豪華なフェリーに車ごと乗り込んで、移動すること約一時間。
フェリーはどこかの島へと到着した。
その港から車で十五分程進むと、周りが山に囲まれた島の中央部分に、忽然と高層ビルが数棟出現。
ここが集会の場所となっているのだ。
この島は地図に載らないアンダーグラウンドな地域、経済推進同盟の所有地である。
――それでは、少しこの国の裏部分の話をしよう。
世間一般には認識されない勢力争いについてだ。
新月が所属する経済推進同盟。それ以外にも、二つの経済団体がある。
通称『三大経済団体』と呼ばれている組織だ。
そして、この世界において――例えば男性警護業など、男性に関係した職種は非常に強力な利権と認識されている。
当然、利権には何かしらの勢力が絡んでくる。それこそが、この三大経済団体である。
さらに政府がここに加わって、国の裏側で政治的バランスが取られているのだ。
経済推進同盟は男性保護省と友好関係にあり、もう二つの経済団体は、それぞれ男性総合医療センター、男性権利保護委員会と友好関係にある。
政府は直轄組織である男性警察を有している上、男性保護省を通じて、経済推進同盟とも友好的関係を構築。
これによって勢力は三分され、バランス状態を保っている。
世間的には表面上、お互い交流活動はとっているので、公的機関の健全な組織にしか見えない。
しかし、水面下ではズブズブの男性関係の利権争い……と表現すれば不穏に聞こえるが、ぶっちゃけ少しでも多くの男性を管理したいがための小競り合い。
悲しいかな、男性の取り合いをしているだけのだ。
結局、形が違うだけで、この世界の女性は遥か昔から貴重な男性の奪い合いを続けているのである。
話を戻そう。
車から降りて来たのは、昨日までとは一転して着物姿の新月。
夜会巻きにした髪には、大粒の真珠が多数ついた髪飾り。
淡い水色の高級生地に、上品な鈴蘭模様の刺繍が施されている着物が、凛とした雰囲気を引き立てている。
建物の入り口へ、颯爽と向かう新月の後ろには朝日と梅。
その周りを囲むように、十人の黒服が付き従う。
「うわっ、すごい。外はただのビルだったのに……」
朝日が驚きの声をあげる。
外観は飾り気のない用途不明なビルだが、内装は最高級ホテル以上の豪華な造りだ。
案内をする制服姿の係員たちも、内装に劣らない丁重な対応で新月たちを迎え入れた。
「へへっ、どうよ朝日? この格好」
ロビーを進む途中。朝日の横で、梅が自慢げに胸をはる。
先ほど車を降りた際、黒服たちのワゴン車で新月の護衛部隊と同じ制服に着替えたのだ。
サングラスをかけて、黒服にネクタイ姿。それと金バッチならぬ五月雨家護衛部隊のラペルピン。
「あー……うん。梅ちゃん、かわ――カッコイイ……んじゃないかな?」
残念なかわら、ちびっこギャングにしか見えない。
「だろ? へへへっ」
どうにも微妙な返事をしてしまった朝日だが、それに気づかないくらいにご機嫌の梅であった。
もちろん、これは無意味に変装しているのではない。
Mapsがここにいるのは、色んな意味で体裁がよろしくないからである。
一行はロビーの奥へと進み、連絡通路を通り抜け目的地である十階層のビルに到着。
「朝日ちゃーん。とっても、とーーってもさみしいけどー、ママはお仕事があるのでー、ちょっとだけお別れでーす。ここの二階から六階はー、朝日ちゃんでも楽しめる場所だからー、いっぱい遊んで待っててねー」
「はい、わかりました。それじゃあ今日は楽しませて貰いますね」
朝日は新月から『楽しい場所にお出かけ』と称して連れ出されていた。
新月の言うとおり、このビルの二階から六階は、会合に参加する財界人の家族や客人をもてなす為の施設となっている。
「うふふ。それじゃあー、朝日ちゃんをよろしくねー」
「「「かしこまりました。社長!」」」
新月は黒服を六人ほど従えて、エレベーターで別階層へと向かっていった。
◇◆◇
朝日一行は、二階から順に施設を回ることにした。
行動を共にするのは、梅と黒服四人。エスカレーターを降りて二階フロアへ、そこにあったのは……。
「うわー、梅ちゃん。ここスロットとか、ルーレットに……あっちだとトランプ? あっ、奥のテーブルでブラックジャックもしてる。なんか映画で見たカジノみたいだね」
「みたいじゃねーよ! 完璧裏カジノだろコレ? つか、アウトじゃねーか」
さっそくツッコミを入れる梅に、黒服の一人が耳打ちをする。
「大和さん。大丈夫です」
「あん、何がだよ?」
「ここはお客様仕様ですから、甘めの設定です」
「全然大丈夫じゃねえっつーの! もっと健全なもんはねーのかよ?」
「三階は色々なタイプのバーに、温泉とマッサージサロンですね」
「うおおいっ、そりゃ完璧におばはん向けの施設じゃねーか!? それから、朝日に酒とか絶対ダメに決まってんだろ!」
実に記憶に新しい。
「四階は特設イベント会場なので人気がありますよ。今日は賭けプロレスが行われる予定です」
「おう。五月の母ちゃんが言ってたヤツだな……いやいや、今は関係ねーだろ」
「五階は飲食店関係で、六階にはボーリングやビリヤードにカラオケ、ゲームセンターなど遊興施設が揃ってますね」
「それを早く言えっての! よし、六階に行くぞ。おい、朝――」
梅が振り向いたと同時に、ファンファーレの音が鳴り響いた。
「やったー! 梅ちゃん、これ! ほら”7”が全部揃ったよ」
「何しれっと遊んでんだああああっ!?」
――ここは地図に乗ってない場所。非合法でもおとがめ無しなのでご心配なく。
結局、少しの間スロットで遊んだ朝日。本日の所持金が、十万円から百五十万円にアップである。
それから二階をあとにした朝日たち、次は健全な楽しみを求めて六階へとやってきた。
現在、午前十一時四十八分。
ちょうど昼食時に近いため、様々な飲食店がある五階から料理の良い匂いが漂ってくる。
「あっ、そうだ。梅ちゃん、少し早いけどお昼にする?」
「ん? そうだな。朝日がいいんならそれで構わねえぜ」
「うん。じゃあ、お昼にしよっか。下の階に色んなお店があるみたいだね……何にしようかな?」
朝日は五階に続く階段の踊場で、フロア案内図をながめる。
多数ある飲食店は、日本的に言えば和洋中すべての高級料理店が揃っていた。
その中から――。
「あっ、ここ! ビュッフェ形式だって。梅ちゃんここがいいんじゃないかな」
――ある店舗を見つけて、梅に声をかける。
「おう、そりゃいいな! 食い放題ならまかせとけ!」
食い放題のキーワードに反応して、腕まくりして見せる梅。
そこに申し訳なさそうな口調で、黒服のリーダーが口を挟んできた。
「あの、坊ちゃん。その……大変申し上げにくいんですが……」
「えっ?」
「実は、その店はなんと言いますか……ウチらのような御付きの連中が食事休憩に使う場所でして……。さすがに坊ちゃんを連れて入るには……ちょっと……」
「そうなんですか? ……でも、まだ十二時前だし人が少ないかも知れないじゃないですか。ちょっとお店を見るだけは見てみません?」
梅のために選んだビュッフェ形式の店舗なので、朝日もあきらめ切れない。
それに各階を見てまわった感じ、会合関係者、その家族や護衛たちの人数はさほどでもなかった。
建物の広さを考えれば、混雑するほど人がいると思えない。
「いや、でも坊ちゃん。あんまりよろしくない連中もうろう――」
「ねっ、行くだけ行きましょう!」
反論に流されないように、朝日はさっと黒服の腕に絡みつく。
「ふぁあああああ!? いっ、逝きまひゅううううーーーっ!?」
当然、朝日耐性ゼロの黒服は瞬殺である。
(ファッ!? うらやま怖ええええ!)
(ねえ、あたしらって、男性警護免許も持ってたはずだよね……ね?)
(……五月お嬢様がうちらの手に余るって言ってた意味が理解できたわ)
鼻血にまみれ、うへへ逝きましょう! さあ逝きましょう! と錯乱中の黒服を見守る黒服たちから、何とも言えない呟きが漏れていた。
そんなこんなで、目的地へと移動途中。
通路の逆側から、黒服たちの同業者数人がむかってくるのが視界に入った。
それを見るなり黒服の一人が舌打ちをする。
(大和さん、気をつけてください。向かいから来てる連中……この会合でも一番行儀の悪い面子です)
別の黒服が梅に耳打ちをした。
(何者だ?)
(ゼネコン大手の桐生建設に雇われてる……と言いますか、関連してる暴力団組員がそのまま要人護衛業をやってましてね……もめると面倒な奴らです。五月雨の社長が経推同盟の専務理事で、あちらはトップが一つ格下なこともあってか、ヤッカミで何かとちょっかいかけてくるんですよ。その、申し訳ないんですがちっとイヤミとかあっても我慢を――)
(おいおい、俺の職業なんだと思ってんだ? そんなこと日常茶飯事のMapsだぜ。別にちょっとやそっとじゃ気にもならねえよ)
(すんません。助かります)
「おい、お前ら坊ちゃんをしっかりガードしときな」
立ち直った黒服リーダーが指示を飛ばす。
「「「「へいっ」」」」
その組員警護官たちは全部で六人。
黒服の言った通り、すれ違う手前でリーダー格と思われる女性が声をかけてきた。
身長170センチ程で、スーツの上からでも体格の良さがわかる。
頬にはキズがあり、まっ金に染めた短髪に薄い眉、実にその筋らしい外見だ。
「おっ、なんだ。ゴマスリ情報屋の護衛部隊さんじゃねえの? てか、その人数でメシか? お仕事はどうしたんだよ?」
「こりゃお疲れさんです。いや、今日はウチら大人数で入ってますんで……」
明らかに故意であろう嫌みな言葉使いに、黒服は律儀に返答を返す。慣れたものと言った態度だ。
「へっ、相変わらず辛気臭い連中だな……ん?」
ここで、そのリーダー格の金髪が目ざとく梅の存在に気づく。
にたりと嫌らしい笑みを浮かべると、梅へにじりよってきた。
「おいおい、このオチビちゃん見かけねぇツラだけどよ。お前んトコの新入りかぁ? こんなチンチクリン採用って、情報屋さんはどれだけ人材不足なんだよ」
「「「「ぎゃははははっ!!」」」」
これみよがしに他の組員たちが笑い声をあげる。
しかし、梅は涼しげな顔で相手にしていない。
これがプライベートなら血祭り確定なのだが、今は朝日の護衛中。言葉通りしっかりとスルーしている。
黒服も梅の様子を見て胸をなでおろす。いつもならこの程度でお互いすれ違って無事終了。
幸いにも、朝日の存在に気づかれていない。
だが、運の悪い日とは往々にして存在する。
それが果たして誰にとって運が悪いかは差し置いてだ。
「ちょっと、悪口を言うのは止めてください!」
「ああん!?」
そのセリフに黒服たちが凍りつき、金髪を含めた組員たちも目を丸くした。
「おいおい、なんだってぇ?」
金髪が楽しそうに声の発生源へと目を向ける。
なんせ正面切って自分たちに喧嘩を買って出る相手など、ずいぶんと記憶にない。
その中でも、この五月雨の護衛部隊はむかつく程度にはお行儀が良い。
他にヤンチャな新人でも雇ったのか……ん?
「え? ……ちょっと!? お……おと……こ?」
黒服たちの間から現れたのは、見たこともない、いや想像したことすらない美少年であった。
「バッ!? おい、朝日!!」
梅が止めようとするもおかまいなし、朝日はつかつかと金髪の前に出てしまった。
「「「「「!?」」」」」
時が止まったかのように場が静まる。
組員たちは朝日の美貌に釘付けとなって微動だにできない。
一方で予想外の朝日の行動に固まる黒服たち、梅はやっちまったと額を押さえている。
そして、静寂を破ったのは朝日であった。
「どうして梅ちゃんたちにそんな酷いことを言う――むがっ?」
「ストップだ朝日」
梅が朝日の口をふさいで連れ戻す。
「大丈夫だぜ、朝日。俺は別になんとも思っちゃいねえよ。それに他の連中だってな。仕事だ、仕事!」
「ふがっ……でも、梅ちゃ――むぐっ」
相当頭にきているのか、梅につかまれても興奮気味に朝日がジタバタとする。
そのやり取りの間で、金髪を筆頭に組員たちも調子を取り戻す。
若干の動揺は残しつつも、金髪が再び口を開いた。
「ど、どうしちゃったんだよ、五月雨の? こんな可愛いコの警護とか羨ましい仕事しちゃってよ……。あっ、もしかして、お前らのボスの恋人かよ!?」
そう、その日は実に! 実に運の悪い日であった。
絶世の美少年を見た興奮からか、はたまた腕に覚えがあり荒事に対しての自信からか……。
リーダー格である金髪の組員は、深く考えずにいつもと同じ調子で軽口を叩いてしまったのだ。
「んだよー。キミさぁ、あんなババアにのっかられてヨガっちゃってんでしょお? それならさぁ、うちらの相手してくれないかなぁ。だろぉ、お前ら?」
「そりゃそうっすね!」
「「ひゃはははははは!」」
「え…………?」
金髪たちの反応に驚いて、最初は意味もわからずポケッとしていた朝日。
その内容を理解した瞬間。
「あっ、……な? そんな、僕は……」
恥ずかしさと悔しさから、顔を赤くして下唇を噛む。
すぐに反論も思いつかず、服の裾を右手でぎゅっと握りしめた。
――朝日のその姿を梅の目が捉えた刹那!
梅の右手は朝日を侮辱した金髪の左腕を捕らえていた。
「おいコラ、このクソ女……」
「え? あ? ……うぎゃああああっ!?」
悲鳴と同時に、腕の肉ごと骨が砕け潰される音が響く。
「今、朝日になんて言いやがった!?」
サングラスを投げ捨て、梅はこめかみと目じりにビキビキと血管を浮き上がらせる。
牙を剥いた猛獣のごとき表情で、ひきつった笑いを浮かべると……。
「死んだゾてめえっ!!」
「はひぃ? ――――ぎゃぶっ!?」
その場から金髪の姿はかき消え、激突音が響く。
全員の視線が追いついた時には、通路の壁に上半身が突き刺さっている後であった。
「くそっ、こっ、このチビ!」
近くにいた組員の一人が怒声をあげて、梅に飛びかかろうとする。
「ぐぶうっ!?」
――が、すでにそのわき腹には梅の右拳が突き刺さっていた。
「はっ、遅えよ……おらぁっ!」
そのまま拳が振りぬかれると、まるで弾丸のような速度で壁に激突!
哀れ蜘蛛の巣模様つきの壁画と化す。
さらに、獰猛な笑みをたたえた梅の眼光が獲物を射ぬく。
「おい、そこの朝日を笑った残り二人ぃ!! てめえら生きて帰れっと思うんじゃねえぞコラあああっ!!」
「「いやあああああっ!?」」
「うっ、梅ちゃんストーーップ!!」
「「「「まずいですよ。大和さーーーん!!」」」」
その日。
実に運の悪かった桐生建設の警護業を努める組員たち六人。
朝日らによる必死の引き止めもむなしく。重傷者四名、軽傷者二名の大惨事となった。
◇◆◇
一方、こちらは約二時間前の五月雨家。
敷地内を猛スピードで黒塗りの高級車が走り抜けて行く。
運転席には蘭子、後部座席に五月と深夜子が乗っている。
「蘭子さん! 急いでくださいませっ。くうぅ、一時間以上も無駄にしてしまいましたわ……。深夜子さん! お母様からパスを貰ってるなら貰ってると――」
いかに五月雨家の長女である五月と言えど、会場に入る為には相当の手続きが必要となる。
なので、深夜子のも含めて手配をしていたところ……『あ、忘れてました』とばかりに、見送り時に新月から渡されたパスをしれっと出して来た深夜子であった。
「むう。あたしに変態さんをけしかけた五月が悪い」
「あらっ? つれないな深夜子さん……ふふっ」
「ファッ!? 深夜子って呼ぶなっ、ふしゃあああっ!!」
蘭子からの悲しい一方通行のラブコール。
「それはそうと……到着は午後になってしまいますわね。はぁ、朝日様の身に何もなければ良いのですが」
ため息まじりの五月の一言。それを聞いた深夜子が珍しく真面目な表情を見せる。
「んー、ねえ五月。昨日、五月ママが朝日君のこと『籠の鳥』って言ってた。羽を伸ばさせてあげないとダメだって」
「……籠の鳥」
「あたしも梅ちゃんも少しわかる。朝日君とあたしたちの常識って違いすぎる。だからその……えと……んと」
「ええ、言いたいことはわかりますわ。そう……ですの……お母様がそんなことを」
「あっ、そだ! それと五月ママって、あたしの母さんと知り合い?」
「ええっ!? 私はそんな話は聞いたことも……」
不意討ちの新情報に五月は困惑する。自分と深夜子の親が知り合い――!?
「朝焼子。寝待朝焼子。五月ママ、母さんの名前知ってた」




