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男性保護特務警護官~あべこべ世界は男性が貴重です。美少年の警護任務は婚活です!  作者: Takker
第三章 男事不介入案件 闘え!男性保護特務警護官
19/69

#18 大和 梅

※注意

ストーリー進行の都合上、アクション回に入ります。

シリアス、バトルシーン、暴力的な表現・描写が苦手な方はご注意下さい。

 ――三日前。


 武蔵区の湾岸線沿いに、海土路(みどろ)造船の本社はある。

 造船会社らしく複数の港を所有しており、広大な敷地に造船所二棟(ふたむね)、十階建ての本社ビルが建っている。

 その本社ビルのワンフロアが、民間男性警護会社タクティクスの事務所として貸し出されていた。

 だだいま事務所内の会議室で、万里、花美、月美、他数名のメンバーが集まって、ミーティングの最中である。


「それで、一回目の話し合い場所はここに決まったのですよ」


 会場である春日湊の料亭ホームページ。月美がノートパソコンを通じてモニターに表示させ、説明をしている。


「ふむ。やはり男性特区から出るのは嫌ったんじゃのう。して、妹者(いもじゃ)。五月雨氏以外(・・)のMaps情報は取れたのか?」

「……それがですよ。Maps個人データはセキュリティガードが固すぎて無理だったですよ。役に立たないものしか抜けなかったのですよ」


 そうぼやきながら、月美は三枚の印刷物を机の上にひろげた。

 深夜子たちのMaps個人データなのだが、穴あきだったり、黒塗りだったりとまだら模様だ。

 万里たちが手に取ってながめるも、一部の文字が読める程度で、得られるものは何も無い。


 これは無論、五月の仕業である。

 すでに深夜子たちの個人データには強固なセキュリティが掛けてあり、仮にガードを抜けたとしても、その先にあるのは使えないダミーデータと言う万全ぶりだ。


「ふぅん。まあ、チームリーダーはもちろんお嬢様だろうからねぇ……あのオチビちゃんに目つきの悪いお嬢さん。二人がBかCランクってところさね」


 万里は元Mapsの知識から、通常のチーム構成を基準に深夜子たちのランクを想像する。

 二人が揃いも揃って武闘派Sランクであるなど、夢にも思っていない。


 それもそのはず。

 学生時代はともかく、深夜子と梅はMapsとして配属されてからの実績がほとんど無い。

 梅は僻地レベルの地方勤務、深夜子に至っては実績ゼロ。担当地域外での知名度は皆無に等しかった。

 なんせ五月ですら、初めて彼女らのデータを見た時に自分の目を疑ったレベルだ。


「それで、万里氏? 今回の獲物も釣りだし(・・・・)をかける、で良いのかの?」

「そりゃあもちろんさぁ、久々に楽しめそうな獲物(Maps)じゃな~い。何より餌が無きゃねぇ~、こっちに遊びにゃ来てくれないだろう?」


 万里はニヤリと花美へ視線を返す。『釣りだし』はタクティクスに雇われてからよく使っている。

 春日湊をはじめとする男性特区では制限が多い。

 あまり派手に動けば、すぐにアウトだ。

 かと言って、話し合い場所をホームである海土路造船近くに指定したとろで、ノコノコやって来るバカもそうはいない。

 まずは不意討ちを仕掛け、相手から人質を取る。誘い出すのはそれからだ。


「ふむ。相手はたかが三人……ちっと気の毒な気もするがのう」

「花美、あんまMapsを舐めない方がいいよぉ。特にお嬢様はAランクトップ。頭も切れるし、厄介だからねぇ~。それにスピード感も大事さぁ、話が長引きゃ増援もありえるって訳じゃない? ま、どの道オチビちゃんを餌に誘い出したらこっちのものさね……あたいがじっくりと潰してやるよぉ」


 万里は役に立たない情報が記された紙をくしゃりと握り潰し、これからを想像してニタリとした笑みをこぼす。


「万里(ねえ)! あ、の、チビ猫は絶対に、ぜーーーったいに月美が泣かしてやるのですよ!!」

 

 月美はやたらと鼻息が荒い。壁に背もたれて、飄々(ひょうひょう)としている花美とは対照的だ。


「そりゃあ好きにしなぁ。あたいの獲物はお嬢様だけさぁ――ああ、花美。じゃあ、あの目つきの悪いお嬢さんの相手は頼めるかい?」

「うむ、問題ない。あの女の身のこなしは中々のもんじゃったからのう。これはこれで楽しみじゃわい」

「ふん! あいつはタダの変態なのですよっ!」


 それぞれが自分の獲物(ターゲット)を確認したところで、他のメンバーに万里が目線を向ける。


「じゃあ、最初はお前らに任せるよぉ。腕の立つ連中を四、五人は連れて行きなぁ! それから、あの五月雨のお嬢様にゃあ気をつけるんだよ。まあ、美人さんのガードで動けやしないだろうけどねぇ。で、オチビちゃんを捕まえたら、いつもの場所に拉致っときなぁ。坊ちゃんも楽しみにしてたじゃな~い」

「「「うっす、万里さん。了解しやした!!」」」


◇◆◇


 時を同じくして、こちらは朝日家。

 恒例のMapsリビングミーティングが進行していた。


「――と言うわけで、相手は十中八九(じゅっちゅうはっく)深夜子さんか大和さん、どちらか一人に狙いを定めてきますわ」

「はっ、俺らが獲物ねぇ……んで、五月。お前こんなことまで予想してたのかよ?」


 梅が聞いているのは健康診断当日の件。

 五月は朝日が目立つ要素を減らすためと、会場では二人にMapsのランク開示を控え、極力目立たないようにと指示をかけていた。

 リーダーは深夜子さんですけどね!


「いえ。あれはチーム構成で朝日様が注目されることが無いようにとのお願いで、今回の件に対しては結果論ですわ」

「んー。相手が油断するのはラッキー」

「ですわね。でも、情けない話ですが、(わたくし)では万里さんに対抗できませんの。今回はお二人に危険な役割を押しつけてしまい……申し訳ありませんわ」


 五月としては心苦しい。

 普通に考えれば、相手は三十人近い大人数。さらにその内一名は元SランクMaps。

 忍者の末裔と噂される流石寺姉妹も、調べたところAランクMapsに匹敵する戦闘能力の持ち主であることは明白。

 そんな連中にたった一人で拉致された上、闘いを挑むなど正気の沙汰とは思えない。


「無問題、あたし肉体労働派。ぶっちゃけ余裕」

「ま、そう言うこった。俺か深夜子をわざわざアジトまで案内してくれたあげくに正当防衛成立だろ。もうサービス満点じゃねーかよ? 最高だな、おい。へへへっ」


 ところが、当の本人たちはこの反応。

 まるでピクニックに行くのと大差ない。そう言わんばかりのご機嫌ぶり。

 いや、確かに先日本部の矢地に相談したところ――。

『それは一向に構わん。深夜子(アホ)でも(ばか)でもお釣がくる。ただし! (相手側に)死人は出すなよ。絶対にだ。いいな!』

 ――信じがたい回答が返ってきた。

 援護要請のつもりで事情説明したはずだったのだが……。


「あっ、ええ……そう、でしたわね……。それではお二人にお任せをしますわ。朝日様の為にも、しっかりと一網打尽(いちもうだじん)にしてくださいませ」


 なんだかなー。


◇◆◇


 そして、場面は激突寸前の料亭駐車場へと戻る。


 ちょうど梅はタクティクスの制服に身を包んだ体格の良い女性四人に囲まれていた。

 その中でリーダー格と思われる者が、ニヤニヤとした表情で話しかけてくる。


「いよう、オチビちゃん。久しぶりだなあ。悪いんだけど、あたしたちといっしょに来てもらうぜ」


 傍目(はため)には、成人女性四人が少女を取り囲んでいる状況にしか見えない。

 すぐ横には、梅を連れ去るためのワンボックスカーが到着。後部座席の扉を全開にして準備万端。


「おらおら、痛い目見たくなけりゃ大人しくしときな!」


 四人の余裕ぶった態度に多少イラッとしてしまう梅。

 無論、その気になればこの四人程度は瞬殺で返り討ち可能だ。

 しかし、こちらにも五月が立案した作戦がある。

 とても不本意だが、上手く相手に捕らえられなければ(・・・・・・・・・)ならない場面。

 囲まれて、じりじりと追い詰められて、頭の中で五月の指示を思い出す。

 それから――梅はそれっぽい雰囲気を出して、相手を(にら)みつけた。


「おっ、おまえらあー、これはいったいー、なんのつもりだあー」

 

 棒読み!! 梅、演技は苦手であった。


 それを合図に続いては深夜子の番。

 朝日の警護を優先せざるを得ないため、相手を牽制しつつ、梅を気遣いながら運転席へと急ぐ(設定の)場面だ。


「グッ、ルベディアンディナディヲスドゥ!? ディボ、アザァビィグンヲバボラベバ(くっ、梅ちゃんに何をする!? でも、朝日君を護らねば)」


 論外!! 圧倒的論外!!


 車のウィンドウからゴンッと音がした。

 大根どころですまない役者二人の醜態に、五月が頭をぶつけて悶絶している。

 その一方で、作戦の詳細を知らされていない朝日。

 ウィンドウ越しに囲まれている梅を見て、顔から血の気が引いていく。


「う、梅ちゃん……?」

「あつつ……みっ、深夜子さん! 朝日様の安全確保が最優先ですわっ、車を出して下さいませっ!」

「らじゃ」

「えっ!?」


 五月の呼びかけで、運転席に深夜子が乗り込み、流れる様にエンジンを始動させた。

 そのまま一気にアクセルを踏み込み、急発進をかける。

 ホイールスピンによる白煙を撒き散らし、アスファルトとの摩擦音を響かせ、猛スピードで駐車場を後にする。


 ――加速する車のウィンドウ越しに見えるのは、数人に痛めつけられ、乱暴にワンボックスカーに詰め込まれる梅。


「うわあああああああっ! う、梅ちゃん? 梅ちゃんが……やだ、やだよ。やめてよっ!! ねえ、五月さん! 深夜子さん! 梅ちゃんを、梅ちゃんを助けてよ。どうして? 車を止めてっ、はやく戻して! ねえ――――」


 悪夢のような光景に、朝日は頭の中が真っ白になった。

 梅を助けて欲しいと懇願するが、五月も深夜子も固まっている。

 なぜ? どうして!? 混乱は加速する。


「朝日様っ、落ち着いてくださいませっ!」

 

 まさか朝日がここまでの反応をすると思っていなかった五月たち、一瞬固まってしまったが、落ち着かせるために抱きしめる。


「大丈夫ですわっ! これは、作戦ですから、大丈夫なので落ち着いてくださいませ」

「そう。朝日君、わざとだよ」

「――そんな、僕のせいだ。梅ちゃんが……梅ちゃんが……連れてかれちゃう……あ、ああっ、ひぐっ……ううっ、誰か……誰か助け……作戦? ええっ?」


 そこから約三十分。

 作戦を教えて貰えなかったことにヘソを曲げた朝日を、ひたすら(なだ)め続ける五月たちであった。


 ――そうこうしている間に、次の目的地へ到着する。


◇◆◇


 ここは春日湊にあるMaps駐在所。

 作戦続行のため、急ぎ通信準備を整える。

 梅にはGPS通信のピアス型インカムを装着させていた。会話のみならず、居場所の検出もバッチリである。


 ヘッドセットを装着した五月がノートパソコンを操作する。

 深夜子は横でメインインカムをつけてナビ担当。

 ――梅からの通信を待つこと数分。


「ん! 梅ちゃんから信号入った」

「了解しましたわ!」

 五月がすぐさま所在検索をかける。

「……場所は武蔵区の倉庫街。建物は……海土路造船倉庫F号倉庫ですわね」

「もしもーし、梅ちゃん。大丈夫?」

『あん? 別にどーってことねえよ。とりあえず落ちた振りをしてやってたからな。今、倉庫の隅に転がされてんぜ』

「らじゃ」


 深夜子は心配そうに見つめる朝日に状況を教える。

 代わって五月が状況確認にはいった。


「大和さん。拘束されて問題はありませんの?」

『ん? ああ、脚縛ってんのは普通のビニールロープだし、腕は……こりゃ、ただのスチール手錠だな。問題になんねえよ。つーか、こいつらこれで俺を拘束したつもりとか舐めてやがんな』

「それを問題ないと言えるのが問題ですわよっ!」

「梅ちゃんを拘束するならスチールワイヤー推奨」

「それもう人間相手の基準じゃありませんわっ!」

 本当にこの二人はどうかしている。


『しっかし肩透かしだぜ。雑魚しかいやしねえ』

 何やら梅がガッカリと言った口調になった。

「ん? ハズレ?」

『あー、ざっと雑魚が十人位だったか? デカ蛇女たちは、お前らを呼び出してから来るんだとよ。んで、そっちに脅迫掛けんのに、俺を痛めつけるビデオを先に撮るだのなんだのつって準備してやがるな』

「痛め――っ!? う、梅ちゃん。その時は『やめて! 俺に乱暴する気でしょう? エロ同人みたいに! エロ同人みたいに!』って言うのが礼儀」

 何故かここで深夜子のテンションがあがる。嬉しそうですね。

『知るかっ!? 言うかっ!! はぁ……てかよ。黙ってやられんのも腹立つし、もうやっちまっていいか?』

「ええ、すでに位置情報から拉致現場の映像まで本部へ転送済みですわ。万一の時には応援申請も出しますので……大和さん、御武運を――」


 と、ここで深夜子がポンと手をたたく。


「あっ、そうだ。ところで、梅ちゃんテンション低い。もしや、やる気イマイチっぽい?」

『まあな、最初(はな)からデカ蛇女たちとやる気だったかんよ。雑魚が相手じゃ、ちっとばかしテンション上がんねえな。ま、それでも準備運動くらいにゃなんだろ?』

「らじゃ。じゃあこれでテンション上げる」


 深夜子はポケットからごそごそとスマホを取り出す。

 何をするのか? と五月と朝日が見守る中、それをインカムに近づけると録音再生のアプリを起動した。


【うわあああああああっ! う、梅ちゃん? 梅ちゃんが……やだ、やだよ。やめてよっ!! ねえ、五月さん! 深夜子さん! 梅ちゃんを、梅ちゃんを助けてよ。どうして? 車を止めてっ、はやく戻して! ねえ――――】

 まさかの朝日パニック音声であった。いったいあの最中でどうやって録音したのか?

【――そんな、僕のせいだ。梅ちゃんが……梅ちゃんが……連れてかれちゃう……あ、ああっ、ひぐっ……ううっ、誰か……誰か助け……】


 もちろん朝日は血相を変えて深夜子に飛びつく。


「ちょっとおおおあっ!? 深夜子さんなんてもの録音してるのっ? ヤッ、ヤメテェーーっ!!」

「ふっ、朝日君マイスターとしてこれは当然の(たしな)み」

 深夜子がサムズアップして、キラリーンと歯を輝かせる。とてもウザい。

「こ、これの何が当然なのさーっ!?」

 するりぬるりと朝日をかわしつつ、深夜子は梅と通信を続ける。

「で、梅ちゃん。少しはやる気でた――え? ぶっ殺す? 梅ちゃん、相手殺しちゃダメだよ? って、あれ? おーい…………通信切れた。んー、…………これは()る気スイッチ入ちゃったかも」

「「ええええええっ!?」」


◇◆◇


 海土路造船倉庫F号倉庫。

 ここは港近くの倉庫街にある海土路造船所有の鉄筋コンクリート造りの平屋建て倉庫。

 日頃コンテナトラックなどが通る部分は電動シャッターで閉鎖されており、作業員が出入(ではい)りする為の大型引き戸の出入口のみ機能している状態となっている。

 また、倉庫内のあちこちにコンテナが積まれていて防音は充分、拉致監禁には持ってこいの場所と言えよう。


 現在、通信の途絶えた梅がいる倉庫内、タクティクスの中でも腕に覚えのあるメンバーたちが待機していた。

 総勢十二名。今は五月たちに向けた脅迫用ビデオの撮影準備真っ最中である。


 しかし――。


 突然、倉庫内に音が響く。

 太いゴムが切れたかの音、続けて金属が弾ける音。

 出所は、先ほど彼女たちが捉えてきた獲物を転がしているコンテナの影からだ。


 何事か? と雑談していた者、タバコを吸っていた者、カメラの準備をしていた者。

 全員が手を止めて、その方向に注目する。


 すると、コンテナの物陰からふらりと小さい影が現れた。

 パーカートレーナーのポケットに両手を入れ、フードを下ろしているので表情は見えない。

 だのに、その姿を見た途端、全員が不思議と背中に悪寒を覚える。

 突然のことに誰もが困惑していると、小柄な姿相応の可愛らしい声が、冷たく静かに倉庫内に響き渡った。


「ふん……ひいふうみい……ここの雑魚(・・)はお前ら十二人で全部か?」

「「「「「雑魚ぉ!?」」」」」


 雑魚の二文字。武闘派警護官として、歴戦の猛者も少なくないタクティクスメンバーに看過できない言葉だった。

 数名はすでに額や眉間に血管を浮かべ、世紀末の無法者もかくやの表情で梅を睨みつけている。


「まあまあ、皆さん落ち着いて」


 そこにメンバーの後方から野太い声が響いた。

 彼女らをかき分けるように、一際大きな体格の女性が姿をあらわし、ゆっくりと梅の前に進みでる。

 彼女の名は『丸大(まるだい)公子(きみこ)』、タクティクス古参メンバーの一人。身長203センチ、体重に至っては梅の四倍以上はあろうかと言う女傑だ。


「ふおっほっほっほ。どうやって縄と手錠をはずして来たかは知りませんが、逃げずに堂々と出てくるとは面白い冗談です。それに、少しばかりお行儀の悪いオチビちゃんですね~。言葉遣いは大切ですよ?」


 丸々としたお腹をポンポンと軽く叩きつつ、スキンヘッドながら、人のよさそうな笑顔で余裕たっぷりに梅に話しかける。


「ああん? チャーシューはチャーシューらしく、ラーメンの上にでも乗ってろ」

「ちゃっ!? ちゃっ、ちゃちゃ、チャーシュー!?」


 ピキピキっと、丸大公子の顔が一気に赤くなる。

 こめかみには数本の血管が浮かび上がり、人のよさそうなえびす顔は般若の如く、怒りの表情へと変わっていく。


「おいおい、あのチビ死んだわ。丸大さんを挑発するとか馬鹿なの?」

「いや、そもそもどうして逃げないわけ?」

「にしても、冗談抜きで殺されるわよ……いったい何考えてんの?」


 この状況に全く理解が追い付かない面々が戸惑いの言葉を口にする。

 対して、怒り浸透かと思われた丸大公子だったが、一呼吸してからひきつった笑顔を作って梅の真正面に立つ。

 そこで、ゆっくり右拳を振り上げると――。


「ふっ……ふ、ふおっほっほっほっ……どうやら、礼儀知らずのオチビちゃんには(しつけ)が必要な様ですねえっ! ふうんっ!!」


 打ち下ろしの右(チョッピングライト)

 218キロの全体重を乗せた、丸大公子必殺の拳が梅の頭上から襲い掛かった!


「けっ!」


 迫る拳を見て、梅はニヤリと口元を歪めて鼻で笑う。

 その一瞬。梅が取った行動はわずか二つ(・・・・・)

 左足を数センチ後ろにずらし(かかと)を上げ、脅威の動体視力をもってして丸大公子の拳が自分の額に当たるように合わせる。たったそれだけ。


 ぐしゃり!! 肉と骨がぶつかり合う嫌な音が周囲に響き、誰もが梅が潰されたと確信した。

 ところが――――。

「ぎゃああああっ! いっ、いてぇよぉ~~~っ!!」

 そこにあったのは、丸大公子が激痛にのた打ち回る姿!


 豪快な右拳はみる影もなく。数本の指からは所々折れた骨が飛び出し、手首はあり得ない方向に曲がっていた。

 涙とよだれを撒き散らしながら、転がり、悶絶している。


「「「「「えっ?」」」」」


 その異様な光景に他の者たちは呆然と立ちすくむ。

 そして梅は丸大公子に目もくれない。

 つかつかと、この倉庫にあるたった一つの出入口へと向かう。


 拳を受けた衝撃か、途中でぱさりとフードが取れて顔が現れる。

 その赤みがかった茶髪は、まるで燃えるように揺らめいて見えた。

 猫科を思わす可愛らしい瞳は瞳孔が収縮し、まるで獲物を狙う獰猛な獣のそれを想像させた。

 チャームポイントのはずの可愛い八重歯は、正に肉食獣の牙になったかのようだ。


 いったい何者? ただならぬ雰囲気に、ごくりと唾を飲み込み、声が出ないタクティクスメンバーたち。

 すると、梅はゆらりと大型引き戸の前に立つ。

 スチールでできた扉の(かんぬき)を留め金に通すと、その小さな手で留め金部分を(かんぬき)ごと握った。


「許せねえ……許せねえよなあ」

 メキメキっと、留め金から音が響きはじめる。

「朝日はよ……いっつもニコニコ笑ってんだ。優しくってよう、お人好しでよう。それを……それをてめえらっ……よくも! よくも朝日を泣かせやがったな(・・・・・・・・)!!」

 ゴギンッ! スチール製の(かんぬき)と留め金が、飴のようにねじ曲がる!

 嫌な金属音とともに、扉は内側から封印された。


「ひいいいいいっ!?」

「てっ、てて、鉄の留め金を素手で曲げた……嘘でしょ!?」

 場に緊張と動揺が走る。

「てめえら…………だ」

「え?」

「な、なんだ。なんて言ってんだ、アイツ」


 何かを呟いたらしいが、その声は届かない。

 しかし、次は呟きではなかった!


「ひき肉だ!!」


「「「「「はああっ!?」」」」」

「てめえら全員! 一人残らずひき肉(・・・)にしてやるっつってんだああああああああああっ!!」


 SランクMaps大和(やまと)(うめ)――それは猫では無い。虎の咆哮が倉庫内に響き渡った。

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