護衛に囲まれる妻
窓から差し込む穏やかな光。
医局の東塔は日当たりがよく、いつもより早く目が覚めた。
シャツにスカート、宮廷薬師のローブに着替えて朝食をとると、もうこれが日常なんじゃないかって思ってしまいそうに……なることはなかった。
「落ち着かない……!」
ロイヤルミルクティーはおいしい。
焼き立てのパンはふかふかで、サラダのルッコラも新鮮でトマトもおいしい。
じゃがいもの冷製スープもおいしい。
でも、とにかく落ち着かない。
「あの、せめて食事のときはそう見ないでいただけません?」
少し離れた場所に、ずらりと並ぶ五人の魔法使い。いずれも女性で、グランジェーク様と似たローブを着て真面目に私を見つめている。
「警備中ですので」
「目を離すなと命令なので」
「すみません」
「空気と思ってください」
「これも仕事ですから~」
口々にそう言われ、私はがっくりとうなだれる。
グランジェーク様が突然いなくなり、もう三日が経過した。
居場所はわかっている。ルウェスト薬師長のところだ。護衛の魔法使いの人から通信で連絡を受けたから、彼が私のために一角獣のツノを取りにいったのはわかっている。
だとしても、自分が不在の間に私に危険がないようにって、五人も部下を配置していくのはやりすぎじゃないかしら!?
だいたい、もうフィオリーは捕まって白の塔にいる。そこにも当然見張りはいて、彼女が私にこれ以上何かできることはない。
私を襲ってくる人なんていないのだ。
ただの宮廷薬師に五人の護衛。彼女たちに申し訳ない気持ちと、グランジェーク様の過保護さに呆れる気持ちが入り混じり、私は居心地の悪い状態でこの三日間を過ごしている。
調合室にいるときだけは護衛から解放されるので(部屋の外にいるのはいるんだけれど)、私はこれほど早く仕事に行きたいと思ったことはない。
「おはようございます、シュゼット嬢」
「おはよう、元気にしてる?」
ノックの音と共に扉が開き、入って来たのはリンクスさんとマルリカさんだった。
私はちょうど食べ終わったところで、ナプキンで口元を拭うと、応接セットの方へと移動する。
「おはようございます。毎日すみません」
二人が登場すると、五人の魔法使いは無言で部屋を出て行った。
診察中は、会話が聞こえないように全員外へ出てくれる。申し訳ないけれど、護衛の姿が見えなくなるとホッとした。
私はソファーに座り、マルリカさんから診察を受ける。
フィオリーに魔法薬を飲まされたことは思い出したものの、あれ以来頭痛もないし記憶も戻っていなかった。
私の診察データを見ながら、マルリカさんが少し眉根を寄せる。
「魔力が少ないわね。最初に倒れてからずっと」
元々少ない魔力が、ずっと減った状態で推移している。
「昨日、魔力回復薬を飲んだ直後は増えていましたよね?」
魔力が減った状態が続けば、体に負担がかかる。だから即効性のある魔力回復薬を飲んだのだけれど、増えたのは一瞬だけで、今朝はまた低い数値に戻ってしまったらしい。
「魔法薬の影響がまだ強いのね。ずっと魔力を使ってる、つまり記憶は封じられているだけで消えたわけではないと思うの」
グランジェーク様との思い出が、消えてなくなったわけじゃない。
マルリカさんはそう判断した。
「よかった……。なくなったわけじゃなくて」
ときおり断片的に思い出すから、記憶が消えたわけじゃないってわかってはいたものの、マルリカさんからきちんと診断されると安堵がこみ上げる。
「ただし、気を失うのは防御反応よ。普通の状態とは言い難いんだから、もうこれ以上は脳を刺激するようなことはしてほしくないわ」
「それは、フィオリーと話はできないってことですよね」
「ええ。もしもあの子が落ち着いてきたとしても、もう会わない方がいい」
私は仕方なく了承する。
まだ聞きたいことはあったし、話ができなくても様子を見るだけでもって思う気持ちはあった。でも、それはあくまで私の希望であり、やらなきゃいけないことではない。
「あとはグランジェークが素材を一日でも早く狩ってきて、薬ができればいいわね」
「そうですね」
今日の診察はここまでで、リンクスさんは結果をグランジェーク様に報告しておくと言う。グランジェーク様が私と離れた場所にいすぎるせいで、今はさすがに腕輪の機能がすべて作動しておらず、会話が向こうに聞こえないんだとか。
「グラン様のこと、捨てないでくださいね?あの人シュゼット嬢がいないと生きていけないので」
「えっと……」
そんなご冗談を、とすぐに否定できないのが悲しいところだ。
愛が重いのはわかっていたけれど、薄々そんな気がしていたのだ。私に何かあったら、グランジェーク様は後を追うのではないかって。
「グランジェーク様って情熱的ですよね……」
私が何気なくそう言うと、リンクスさんは視線を外して「そうでもないんですけどね」と呟く。
「昔はもっと淡々としていましたよ?それこそ、ロボットといい勝負でした」
「そうなんですか?」
「ええ、愛想笑いはずっとお上手ですが、その目は何も見てないといいますか。ただ目の前の職務をこなすだけで、人間味なんて一切ありませんでしたよ?」
私が知っている「魔法師団長様」のことを思い出す。
言われてみれば、とても素敵な人ではあるけれど表面的な愛想笑いだと言われると納得できる。
「お父様が亡くなられた直後なんて、いつ死んでもいいみたいな戦い方をしていて……。心の置き所がないような感じでした。仕事はしっかりするんで、周囲は何も聞けず仕舞いでしたね」
「お父様が……?」
前カーライル侯爵は、当主なのに魔法使いというめずらしい方だったと有名だ。グランジェーク様ほど強い魔法使いではなく、階級も真ん中くらいだったと聞く。
「五年前に亡くなられたんですよね」
「ええ、そうです」
今の私が知っている情報はそれくらいだ。
恋人だったなら、もっと何か深く聞いているかもしれないけれど……。
リンクスさんは、あははと明るく笑って言った。
「シュゼット嬢に出会って、グラン様は明らかに変わりました。私たちは安心したんですよ。劫火殺戮ロボットが人の心を知った~って」
「上官になんてこと言うんですか!?」
ぎょっと目を見開く私。
リンクスさんは悪びれなく話を続ける。
「まぁ、そんなわけなんで。グラン様を失うわけにはいかない我々にとって、シュゼット嬢は絶対に守らなきゃいけない存在なんです。しばらく窮屈な生活が続くと思いますが、生け贄……じゃなかった、魔法師団長夫人として耐えてください」
彼はそう言うと、颯爽と歩いて部屋から出て行った。
私は彼の背を見送り、ぽつりと呟く。
「生け贄」
そんなにひどい扱いは受けていませんが?
「私が可哀そうみたいに……」
その解釈は不満だった。
不服そうな顔をする私を見て、マルリカさんは笑う。
「あなたが納得してるなら大丈夫よ。これから先どうなるかは別として」
「不吉なことおっしゃらないでください」
未来のことは誰にもわからないけれど、今の私は私なりにグランジェーク様のことが好きなのだから大丈夫でしょう?
多分。多分、大丈夫なはず……。
気を取り直して、私は言った。
「そろそろ調合室に向かいます。今日も働かなきゃ」
ルウェスト薬師長が不在だから、私が直接薬を渡さなきゃいけない患者さんもいるのだ。
のんびりしている時間はない。
私はマルリカさんに見送られながら、ずらずらと護衛を引き連れて医局を出た。





