回顧②
俺が目を覚ましたのは、事件からひと月経ってからだった。
シュゼットが使った魔法薬”星の雫”のおかげで、俺の身体は数日で完全回復していたものの、魔力器官がボロボロで魔力が再生されず眠り続けていたらしい。
もう魔法使いとしては役に立たない。
そう判断した医師がほとんどで、それでも俺を治療したいと言ったのはマルリカだけだった。
──私のハイリスクな手術を受けてみない?せっかくだから。
おかしな女だと思った。
俺が元に戻ると思っているらしい。
傷ついた魔力器官を繋ぎ合わせるのは、死んだ方がマシだと思うくらいの苦痛が伴うと言う。その上、治る確率は極めて低い。
魔法使いとしてしか生きてこなかった自分が、魔法を失ったらどうなるのか?
ぼんやりと考えるも、まったく想像がつかなかった。
ただ、ふと思ったのはシュゼットのこと。
俺が元通りに治ったら、彼女は喜ぶだろうか。
会いに行くと、勝手に決めた。だからそのときには、完全に元通りになっていたい。
彼女に無様なところは見せられない。
俺はマルリカの実験台になることを決めた。
*****
「久しぶりだね、グランジェーク」
調合室のすぐ向かい側にある薬師長室で、俺はルウェスト薬師長と対面していた。
あの日から一年が経過し、この間「魔法師団長は特別な任務で不在」ということになっている。
地獄のようなリハビリに耐えどうにか魔力を取り戻せたものの、ルウェスト薬師長の作る特殊な回復薬を一年は飲み続けることが必要で、今日はその経過観察で訪れていた。
「頭痛はどう?睡眠薬が必要ならそれも混ぜるけれど」
マルリカ同様、彼もまた俺の治療を面白がっている。
いかにも興味津々といった目で尋ねられるのにも慣れた。
「痛みはさほどありません」
「そうか。順調に回復しているね」
「順調?三カ月も毎日のように吐き続け、割れるような頭痛を乗り越えたと思ったら今度は全身が石のように重く感じ、その後は高熱で生死の境を彷徨って、ようやくひと月前に歩けるようになったのだが?」
「順調だよ!二年は起き上がれないと予測してたんだから」
顔を引き攣らせる俺を見ても、ルウェスト薬師長はずっと楽しそうだった。
俺は気を取り直し、彼に尋ねる。
「シュゼット・クラークがこちらにいると聞いたのですが……。貴重な薬を使ってもらいました。礼が言いたいんです」
「う~ん」
俺がそう告げると、ルウェスト薬師長は困った顔になる。
「グランジェークが精神崩壊状態になったのは軍事機密扱いだから。シュゼットには、あれは魔法使いの見習いだったって伝えてあるんだ。黒焦げだったし、誰もあれが君だって思わないからね」
つまり、直接礼を言うことはできない。
もっともな理由だったが、俺は食い下がった。
「部下を助けてもらった礼を言いたい、というのはダメでしょうか?」
「う~ん」
「プロポーズの前に、まずは礼を言わなくてはと」
「え?なんでそうなったの?」
珍しく困惑するルウェスト薬師に、俺は自分の想いを伝えた。
「彼女は俺の生きる希望です。彼女以外はあり得なくて、どうしても欲しいんです」
「一目惚れしたってことかな?」
「いいえ、そんな安いものではなく……。こう、俺の全部を持っていかれたような」
「一目惚れだね」
「とにかく会いたくて堪らないのでここまで来ました」
「必死過ぎて怖いよ。そもそもシュゼットは、君を助けたわけじゃないよ?患者を助けたんだ」
ルウェスト薬師長から、ものすごくまともな言葉が出た。
俺はどうやらそれくらいにおかしなことを言っているらしい。
自覚はある。
だが、引くことはできなかった。
「無理強いはしないと約束します。だから会わせてください……!」
俺の懇願に、ついには向こうが折れた。
抱き着かない、襲わないと約束させられたが、そもそもそんな無体なマネをするつもりはなかった。
「シュゼットは、大人の落ち着いた男が好きだって言ってたなぁ」
「全力で演じます」
俺は誓った。
シュゼットに好きになってもらえるよう、理想の男性像を演じると。
生まれてこの方、恋愛どころか他人と深く接してこなかったせいで、人間関係の構築というものがまるでわからない。
でも、なりふり構ってなどいられなかった。
どうしてもシュゼットに近づきたかったのだ。
数分後、師に呼ばれた彼女は俺の目の前に現れた。
薬草ドリンクを持ってきてくれと言われ、ドス黒い液体の入ったボトルを持った彼女はやってきた。
ルウェスト薬師長と一緒にいた俺を見て、シュゼットはかすかに目を瞠る。
俺は今すぐ抱き着きたい衝動をどうにか抑え、大人の落ち着いた男を気取って笑顔を浮かべた。
「こんにちは」
「グランジェーク様……!お久しぶりです」
嬉しそうなシュゼットを見て、俺はホッとする。
そして次の瞬間、彼女をじっと見つめたまま、心の中が大荒れになる。
シュゼットがいる、シュゼットがいる、シュゼットがいる、シュゼットがいる、シュゼットがいる、シュゼットがいる、シュゼットがいる、シュゼットがいる、シュゼットがいる、シュゼットがいる、シュゼットがいる、シュゼットがいる……!
「あの、どうかしました?」
あまりに見つめすぎて、彼女が不思議そうに尋ねた。
ルウェスト薬師長は、俺を見て呆れている。
いけない。
礼を言わねば。
俺は立ち上がると、彼女の正面に立つ。
「遠征では、部下を助けてくれてありがとう。彼は、君のおかげで完治した」
本当は、俺自身の感謝の気持ちを告げたかった。でもそれはできず、これが今伝えられる最大限の感謝の言葉だった。
「本当にありがとう……!」
シュゼットは少し驚いていたが、すぐに笑顔を見せてくれた。
「治ったならよかったです。心配していたので、安心しました。こちらこそありがとうございます」
かわいい。
連れて帰りたい。
ちらりと薬師長を見ると、呆れて笑っていた。
ところが次の瞬間、シュゼットが小声でつぶやく。
「それ……」
「ん?」
彼女の目線が、俺の胸元にあった。父の遺したブローチがどうかしたんだろうか。
気づかないうちに欠けてしまって、そのまま修繕もせずにつけているからみっともなかった?
「どうかした?」
「いえ、あの、えっと……」
シュゼットは何か言いたげに、そして言いにくそうなそぶりをする。
「「…………」」
無言で見つめ合うこと数秒。
彼女は諦めたように、「何でもありません」と言った。
そして、俺を気遣う言葉を口にする。
「お忙しいと思いますが、どうかお体にお気をつけて」
一瞬、心臓がドクンと大きく鳴った。
まさか気づかれた?
いや、でも彼女は何も知らされていないはず。
できることなら、直接礼を言いたいと思っているのは本当だ。
けれど、自分があのときの男だと言うことはそれは精神崩壊を起こしましたと白状することであり、彼女に「不安定な頼りない男」と思われるのはつらい。
いや、事実としてそうなんだが、果たして真実を告げてもシュゼットは俺を恋愛対象として見てくれるだろうか……?
「ありがとう。俺は大丈夫だよ」
見栄を張ってしまった。
彼女の前では、大人の落ち着いた男でありたい。
シュゼットはにこりと微笑み、薬草ドリンクのボトルをテーブルに置くとすぐに退出していった。
「では、失礼いたします」
ぱたんと閉まる扉の音が寂しい。
再会はほんの少し会話を交わしただけで終わってしまった。
今の今まで手が届く距離にいたのに、シュゼットがいなくなってしまった喪失感に襲われる。
「会いたい」
「え、今会ったばかりなのに」
ルウェスト薬師長が呆れた目を向ける。
だが、そんなことはどうでもよかった。大切なのは、シュゼットからの評価なのだから。
彼女に嫌われたくない。
絶対に失敗できない。
どうにかして、さりげなく近づかなくては……!
「まぁ、のんびりがんばりなよ。応援はしないけれど邪魔もしないから」
ルウェスト薬師長は、そう言いながらも同情の目を向けてくる。
俺はそれから毎日のように、どうやってシュゼットに好きになってもらおうかと考え続けた。





