舞踏会へ
吹き抜けの天井には、赤や青の宝石を贅沢に使った煌めくシャンデリア。さすが王城の舞踏会。私は豪華絢爛なホールに圧倒されていた。
「わぁ……」
ブラウンを基調とした落ち着きのあるホールでは、着飾った貴族たちが楽しげに集っている。
きっと、グランジェーク様と結婚しなければ一生こんなところには来なかっただろうな。
「シュゼ、緊張してる?」
「あはははは、はい……、少し」
嘘です。少しどころではありません。
どんな宝石にも絵画にも劣らぬ美貌のグランジェーク様は、煌びやかなこの雰囲気にもごく自然になじんでいるけれど、慣れないドレスに高いヒールを履いた私は緊張で喉がカラカラだ。
光り輝くジュエリーも、体を包むには心もとない繊細なレース仕立ての紫色のドレスも、すべてが緊張に繋がっている。
今日は、グランジェーク様お手製のネックレスとブレスレットは着けていない。さすがにドレス姿に合わせるには地味過ぎるということで、グランジェーク様は「なぜ俺はもっと何パターンも作っておかなかったんだ」と悔やんでいたが、今日はもう仕方がないと諦めた。
「とてもきれいだ」
「グランジェーク様こそ、とてつもなくお美しいです」
「それは『ありがとう』って返すので合ってる?俺はシュゼの添え物みたいなものなんだけれど」
「いいえ、そんなことはございません!」
慣れない場所に慣れないドレス、私は大混乱中である。
グランジェーク様は結婚式以来の盛装で、いつもより少しだけしっかりと髪を整え、大人の色気が駄々洩れだ。
本当に芸術的な美しさだわ……!
そんな彼に見惚れる女性たちの視線など気にも留めず、彼は私だけを見つめて優雅にエスコートしてくれている。
何でこんな人が私の夫に?
今、この世界中で一番私が疑問に思っている。
「緊張しなくても大丈夫だよ。王族への挨拶なんてすぐに終わるから」
そんなバカな。軽く「ごきげんよう」で済むわけがないはずなのに、グランジェーク様はまるでちょっとしたことのようにそう言った。
今宵開かれているのは、隣国の大使や外交官を招いた舞踏会。私は魔法師団長様の妻として参加している。
記憶がないという不安はあるけれど、グランジェーク様によれば私たちは社交という社交はしていなかったそうなので、人の顔と名前が一致しないのは平常通りらしい。
王城に来てからというもの、すでに多くの貴族から挨拶を受けている。魔法師団長様はそれをさらりと躱し、向こうも「これは無理だ」とすぐに理解して強引な誘いをしてくる人はいない。
魔法師団長様はお姿を見るだけでありがたい存在であって、遠巻きに見ているのが一番いい。グランジェーク様のことを見てきゃあきゃあ言っているご令嬢方を見ると、私もあそこの位置のはずなんだけれど、と思わずにはいられなかった。
私たちが入場してまもなく、王弟殿下のシュタイン公爵が姿を現し、それからすぐに国王陛下と王妃様、王太子殿下と王女様が登場した。
王族の威厳に圧倒された私は、緊張で胃が痛くなってきた。
いくらグランジェーク様と一緒でも、王族の方々に挨拶なんて……!
緊張して口から心臓が飛び出そうだ。
国王陛下から開会のお言葉を頂戴し、隣国の大使の紹介が終われば舞踏会は賑わいを増す。
色とりどりのドレスが花のように咲き、どこもかしこも華やかに見えた。
「シュゼ、行こうか」
「は、はい……!」
グランジェーク様の腕にそっと自分の手を添えると、緊張で震えているのがわかった。それを見たらさらに緊張してきて、何の段差もないところで転んだらどうしようと心配になってくる。
「国王陛下、しばらくぶりでございます」
王族が座る席の前で、グランジェーク様はそう言って軽く礼をする。
私は顔が引き攣るのを必死で堪え、ドレスの裾を少しだけつまんで頭を下げた。
震えているのはどう見てもバレているが、誰もそこには触れてくれないのでとてもありがたい。
「グランジェーク、久しぶりだな。結婚したそうだが、隣にいるのが噂の薬師の妻か?」
「ええ、妻のシュゼット・クラークです。どうかお見知りおきを」
私はグランジェーク様に紹介され、どうにか笑みを浮かべる。
国王陛下は柔らかなそうな金髪に茶色の目をした方で、どっしりと構えた王族らしい堂々たる威厳が私には威圧感に思えてしまう。
これまでも式典などでそのお姿を目にすることはあったが、こんなに近づいたことはなかった。
明らかに緊張した面持ちの私を見て、国王陛下は笑って言った。
「ははっ、何とも可愛らしい伴侶だ。どうか楽にしてくれ。グランジェークとはそれなりに親しい関係なのだよ、私たちは」
「?」
隣のグランジェーク様が「親しい?」と顔に疑問を浮かべている。
それを見た国王陛下は、豪快にはははと笑った。
「相変わらずだな、グランジェーク!ぜひ今度の狩猟大会には参加してくれ。親交を深めよう」
「……ありがたきお言葉です」
うん、断る気ですね?
グランジェーク様は早々に礼をして、挨拶を終えた。
こんな感じでいいのかしら?
私がちらりと王族の方々の反応を窺えば、たまたま王女殿下と目が合い、彼女はにこりと笑ってくれた。
この方は、来春隣国に嫁ぐ予定のステシア第三王女殿下だ。
波打つ柔らかなブラウンの髪に、銀色のティアラがよく映えている。透き通るような肌に青い瞳、高い鼻梁という美しい顔立ちは、その控えめな気性をそのままに表していると評判の姫君だった。
園遊会などで、何度か言葉を交わしたことはある。
当然、私は「その他大勢」としてだけれど。
私は王女殿下に目礼をし、グランジェーク様と一緒にその場から離れる。
優雅なワルツの曲が流れるホールでは、ちょうど次の曲に切り替わるところだった。
「シュゼ、手を」
「はい。よろしくお願いします」
病弱でもない限り、舞踏会で踊らないのはマナー違反になる。
私は差し出された手を取り、ロボットメイドと練習したダンスに挑むことに。
大丈夫。もう王族への挨拶という難関は突破した。練習通り、踊るだけよ。
そう思っていたけれど、甘かった。
手を重ね、グランジェーク様と向かい合うと予想以上の密着状態にドキドキと胸が鳴りだした。
腰に手を回され、抱き締められるくらいの距離でステップを踏むなんて頭が真っ白になってしまう。
ロボットメイドの無機質な胴体とは違い、温度のある人間が相手なのだ。
少し目線を上げればその麗しい笑みがあり、息を呑んだまま卒倒しそうになってしまった。
「シュゼ、落ち着いて。大丈夫、うまく踊れているよ」
踊れているというか、グランジェーク様に動かしてもらっている状態だ。力が入らない私を、彼はうまくリードしてくれていた。
ドレスの裾に隠れて見えないが、自分の足は何度ももつれている。
「あっ」
カツンと靴先が当たる感覚があった。
グランジェーク様の靴を蹴ってしまったらしい。
「すみません」
あわあわと狼狽えると、彼は私の耳元に顔を寄せ、優しい声音で言った。
「いいよ。慣れていない方が、俺以外の男と踊っていない証拠だと思って安心できる」
「そんな」
「ダンスなんて楽しむものなんだから、間違ってもいいんだよ」
くすりと笑った彼は、流れるように私の腕を引いてくるっと回った。
「グランジェーク様は楽しめていますか?」
私が相手で、ダンスを楽しいと思えるだろうか?ほかの人と踊った方が、とそこまで考えて何だかもやもやして口にするのはやめた。
「俺はシュゼがいれば何をしていても楽しいよ」
どこの王子様か、というきらきらした微笑みでそう言われ、私は顔が真っ赤になるのを感じた。グランジェーク様は、今日も容赦なく追い込んでくる。
ようやく曲が終わったときには、私は全力疾走したくらいに疲労を感じていた。





