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18 続・躍る一寸法師(中編)

 わたしは逃げるように、はなさんの家をあとにすると


 どこにも立ち寄らず、まっすぐに時子さまとのはなれへと帰ることにしました。


 途中のことはおぼえていません。

 ただ、



『時子さまをさ、ぶったり蹴ったりしたまえよ。

 そのほうが、時子さまもうれしいはずさ。

 ひとによっては、いためつけられることこそ幸せなんだから』



 はなさんの言葉が、頭蓋骨の裏に染みついたみたいに、ずっと脳髄でひびき続けていました。



(まさか、お姉さまをぶつだなんて……)



 はなれに帰ると、いつものように時子お姉さまはぴくりとも動かずにうずくまっていました。


「ただいま、お姉さま。予定より早く帰ってきました」


「…………」


 やはり、いつものように何も返事はありません。

 ただ、よく見ると――


「まあ、お姉さまってば、おしめにおもらしをしておられるのね。困ったものだわ」


 しかも、ついさっきのことであったのでしょう。

 うずくまったままの時子さまのお尻から、ほかほかと湯気があがっていました。


 それに、においもです。


「ちょっと待っていてくださいな。今、取り換えてさしあげますので」


 不思議なものです。

 ごはんをろくに食べないくせに、おしっこやうんちは(さすがに少しずつですが)毎日するのです。


 しかも、以前のように動いていてくだされば、おまるにしてもらって

『中身』は、おもての厠に捨てればいいだけでしたが、


 おしめの中にされると、お尻を拭いたり、おしめを洗ったりと、

 いっそう手間がかかるのです。



(ああ、めんどうくさい。やっぱりお姉さまは、うごいてくれていた方が、わたしはいろいろありがたいのに)


 はずかしがるお顔も可愛らしいものでしたし、なにより世話が楽でしたので。


 ――もちろん、お姉さまが動かなくなったのはわたしのせいですので、


 このような不平をもらすわたしは、とんでもない人でなしであったのでしょう。



 ともあれ、わたしはよそいきの着物を脱ぐと、汚れてもいいように裸のまま


「それじゃあ、おしめ取りかえますね」


 と、お姉さまを表に連れ出し、おしめを外して丸裸にし、


 水で濡らした雑巾で、お姉さまのお尻を拭くのです。



 はだかんぼうの女がふたり。



 肌寒く、水も冷たいはずですが、お姉さまはあいかわらず、ぴくりとも動きません。


 むしろ、わたしの手が冷たくてたいへんです。



 アア、わたしはこれほど苦労しているというのに、お姉さまはお礼のひとことも言わず、にこりともせず、


 それどころか、かわいらしく鳴いたり、照れて赤くなることすらない……。


 次第にわたしの脳髄で、



『時子さまをさ、ぶったり蹴ったりしたまえよ。

 そのほうが、時子さまもうれしいはずさ。

 ひとによっては、いためつけられることこそ幸せなんだから』



 また例の悪魔のささやきがひびきわたるのでした。


(いいえ、そんなの駄目に決まっているわ。

 これ以上、お姉さまを苦しめないで)


 今、ずっとうずくまったまま動かないのも、わたしが意地悪をしたからではありませんか。


 悪魔明智はなにそそのかされて意地の悪いことをしたから、それでお顔が傷つき、心を閉ざしてしまったのです。

 あのあやまちを、また繰り返してはなりません。


 あんな女の言葉に耳を貸しては――


 ・


 ・


 ・


 ・


 ・


 おしめを交換しているとき、お姉さまのお尻にまだ汚いものがついていたようです。


 わたしの鼻を、ぷうん、と臭いにおいが刺激しました。

 そのため……


 それだけの理由で、

 ほかにも今までもっといろいろあったのに、

 気に食わないことはそれだけではないというのに

 今はただ、臭かったというだけで、

 ただそれだけで


 それだけで、それだけというのに……




 ――ぱあんっ




 わたしは、叩いていました。


 お姉さまのほっぺたを。



 さほどの力ではないはずですが、手足のもげた大怪我人をひっぱたくには、痛すぎる力でもあったはずです。



 わたしは初めて、お姉さまをぶった――


 いえ、それだけじゃありません。


 わたしは生まれて初めて、他人に暴力をふるったのです。




 お姉さまは、びくっ、と一瞬、震えました。


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