17 続・躍る一寸法師(前編)
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい
わたしは、してはならないことをしました。
へいたいで手足をなくし、声もなくし、からだじゅうも傷だらけという
世界いちかわいそうな時子お姉さまの、
唯一残された、おうつくしい部分――
おきれいだったお顔を、傷つけてしまったのです。
アア……
われた鏡のかけらで、ざっくりと。
これで、もうなにもない。
時子さまには、なにもなくなってしまったのです。
ほんとうのいもむし。
でも、けっして、ぜったいに、ちょうちょになることはない。
なんて、あわれ。
なんて、おきのどく。
なんて……。
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あれから半月。
時子さまは、ずっと動きません。
死んでしまったかのように、ぴくりともせず
「…………」
と、ただ無言のまま、なにもせず。
目は開いていても、なにも見ないまま、
昼も夜も、ずっと、ぐったりとしたまますごしているのです。
お医者さまに縫われた傷が痛くて、うごけないのか。
それとも逆に、痛み止めのモルヒネが効きすぎているのか。
「お姉さま、お食事ですよ」
わたしが声をかけても、
「…………」
と、やはりだまったきり。
なにも返事をしてくださいません。
あの『ふみぃ』というお声を、あの日からずっと聞いていませんでした。
やはり痛みのためか、モルヒネのせいか――
……いいえ、そんな理由のはずがありません。
本当は、わかっています。
この|女{ひと}のこころは、もう消え去ってしまっているのです。
「ごめんなさい、お姉さま。わたしのせいで」
「…………」
「わたしのことは恨んでいいから、おかゆをどうか食べてちょうだい。このままでは死んでしまうわ」
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
やはり、返事はないままでした。
ああ、せめておこっていてくれれば気が楽なのに。
『フミめ、ぜったいにゆるさない。しかえしに、やつの手足をもいで顔をはいでやる』
とでも思っていてくだされば……。
わたしは、いつものようにお姉さまの、ちからなく半開きになった唇に、
むりやり、さめたおかゆを流しこみます。
いやがらないので、それほどむつかしくありません。
いやがることさえしないのです。
「じゃあ、わたしは夕方までお出かけします」
ほんとうは、お出かけする用事なんてありません。
いっしょにいるのがいやなだけです。
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道をいっぽ歩くたび、
(つらい、くるしい……つらい、くるしい……)
足音に合わせて、弱音がはてしなく口からもれます。
つらい、くるしい、つらい、くるしい。
もはや息のかわりです。
わたしは最低だと、自分でも思います。
お姉さまといっしょにいるのが嫌だから、最近はお湯あみも歯みがきもいいかげんになって、
用事もないのに、こうして毎日のように外出をしているのです。
かといって、べつに行く先もないので――
「はなさん、いらっしゃる?」
あの、だいきらいな明智はなさんのおうちをたずねるのです。
「はは。また君か。いいかげんにしたまえよ」
はなさんは、虚弱の妹さんをひざに抱きながらお行儀悪くあぐらをかき、
パイプでたばこをふかしていました。
洋物なのか、煙はみょうに甘いにおいがします。
「手みやげも持たず、毎日毎日あそびにくるもんじゃないよ」
「マア、それは悪かったわね。
でも、これはあなたのせいなのよ。
あなたがわたしに、よくないことを吹きこむから。
それで、時子さまはあんなことになってしまったのだから」
「なんでもかんでも、ぼくのせいにされては困る」
ええ、そうでしょうとも。
今のはうその理屈です。
本当はわたしだけが悪いのですし、
明智はなさんは人のこころを持たない人物で、
深刻な相談相手にはおよそ向いていないひとでしたが、
わたしには、ともだちも、たよれる人もいないので、
この女のところにくるのはしかたのないことだったのです。
「で、フミくん、どうせいつもとおんなじ話をする気なんだろう?
時子さまが返事をしてくれないだのどうのと」
「悪いかしら?」
「まあ、よくはないさ。いつもおなじことばかり聞かされて飽きている。
なので――たまには、ぼくの意見を聞くといい」
明智はなさんの膝の上で、妹のみどりさんが煙でけほけほ咳きこんでいましたが、
はなさんは、それを楽しんでいるらしく、顔をそむけられないよう頭を押さえつけながら、ぷかぷかとパイプをくゆらせるのです。
言おうとしている意見とやらは、どうせ昨日と同じものでしょう。
「時子さまをさ、ぶったり蹴ったりしたまえよ」
ほら、やっぱり。
「そのほうが、時子さまもうれしいはずさ。
ひとによっては、いためつけられることにこそ、よろこびを感じられるんだから」




