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16 おでかけ(後編)



 ひとつだけ、はっきりわかっていることがあります。



 わたしは、しんだらじごくにおちます。



 いえ、もしかしたら、いきたまま……。




 それどころか、もうとっくに――。



 お出かけのとき一番愉しみなのは、おうちに帰った瞬間です。


 いつも私がはなれに帰ると、時子お姉さまは


 鏡の置かれた戸棚の下で、悪あがきをしているものでした。



 戸棚にすがるように、しがみつくように


 跳べもせぬのに、ぴょこん、ぴょこん、と


 ――気持ちだけは、ぴょこん、ぴょこん、と


 跳びあがろうと棚のふもとで、もぞもぞ必死にもがいているものなのです。



 もぞもぞ、もぞもぞ

 ――気持ちだけは、ぴょこん、ぴょこん



 そんなおすがたを私は、入り口の障子をちょっとだけ開け


 お姉さまに気づかれぬよう、こそっと覗くのが


 なによりの愉しみであったのです。



 あの、うつくしく、りりしく、ほこりたかいお姉さまが


 ぴょこんぴょこん、もぞもぞもぞもぞ。



 私の背丈ほどもない低めの戸棚の下で、

 ひっしになって


 ぴょこん、もぞもぞ

 ぴょこん、もぞもぞ



 それはもう

 世界でいちばん、あいくるしい光景なのです。



 こんなときの時子お姉さまは、失礼ながら


『アア、兵隊で手足を失くしてよかったな』


 と思うほど、かわいらしく、いとおしいのです。



 ……おっと。

 これは、さすがに言いすぎでした。


 みなさま、ないしょでお願いします。



 でも、つい三日前などは――


 ぴょこんもぞもぞを繰り返しつづけたあげくに、疲れ果て


 泣きながら、戸棚にすがったまま

 お眠りなってしまったのです!!



「ふみぃふみぃ」と寝息とも泣き声ともつかぬ音で

 私の名を呼ぶお姿は、その……



 背中がぞくぞくしすぎて、膝から崩れそうなほどでした。



 小一時間は、障子の陰から眺めつづけていたのですが、

 そのあいだ、ずっと笑っていたと思います。


 きっと、ひどく醜いニヤニヤ顔だったに違いありません。



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 この日も、私はそうでした。



 もと とりまき(・・・・) の先輩がたとカフェーで会ったあと私は、


 いつものように、こころおどる気持ちでおうちに帰りました。



 時子お姉さまのかわいらしいお姿を見るために。


 また、あの「ぴょこんもぞもぞ」を眺めるために。



 ですが――。



(……アラ? 今日はお声が聞こえないわ?)



 はなれの障子戸の前に立った私は、そのことに気がついたのです。


 いつもなら「ふみぃ、ふみぃ」というお声が聞こえるはずですし、


 必死になって戸棚にすがる、がたん、ばたばた、という音が聞こえるものでしたのに。



 ちなみに「がたん」は戸棚が揺れる音、

 ばたばたは、畳の上でお姉さまがあがく音です。



 ともあれ音が聞こえず、私は不思議に思いました。


(ははあ、さてはまた泣き寝入ってしまっているのね)



 うんと耳をすませば、障子紙の向こうから




「ふみ……ふみ……」




 と、やたら小さく、よわよわしく、私を呼ぶ声が聞こえていました。



 やはり、また泣き疲れて、眠っていらっしゃるに違いない。


 そう思い、私はそっと入り口を開けたのです。



 きっと、また、かわいらしいお姉さまが見れるはず。


 あのお奇麗なお顔をくしゃくしゃにして泣いたまま、くやしそうに眠っている――


 そんな、お姿を目にすることができるはず。



 そう思い、ゆっくり障子戸を開けたのです。

 ですが



 ですが…………






「ふみぃいいいいいイイイイイイイいいいいいいいいいいいいいいッ!!!!」






 戸が開いたのに気づいたお姉さまは、しめころされる鶏みたいに叫びました。




 そのとき私が見たものは








 血だらけの、おねえさま





 お顔を血だらけにした、おねえさま









 棚から落ちてきた手鏡で、お顔を血だらけにした

 ときこおねえさま












 おかおを おおけが なさった おねえさま



 へいたいで てあしをうしなって さいごにゆいいつのこされた


 きれいな おかおを おおけが なさった



 ときこおねえさま の おすがたで あったのです






 おねえさま おねえさま














 おねさえま



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 ふみは つみぶかいおんなです



 じごくにおちます


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